村山浩昭弁護士

2026年6月9日・第221回国会 衆議院 法務委員会 第18号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 33 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 69 発言)

お答えします。

私は、不服申立ては全面禁止すべきだというのが持論でございます。

まず、理屈の問題で、理屈をこねて申し訳ないんですけれども、検察官は再審請求審では当事者ではございません。ですから、当然、不服申立て権があるという議論は成立していません。また、再審開始決定は、有罪とか無罪とかいうのを判断する、そういう決定ではございません。つまり、やり直し裁判を命じるというだけでありまして、これは中間的な決定でございます。中間的な決定の場合に、それ自体に不服申立てをできるという制度はもちろんあるわけですけれども、基本的にはできない。当事者も基本的には不服申立てできない。

公益の代表者として不服申立てをするんだということなんですけれども、ほかの法制で、公益の代表者として関わっている検察官が、丸々の不服申立て権が認められているという法制は我が国にはありません。少年事件には、関与した場合には抗告受理申立てができる制度があるんですけれども、現行法のような不服申立て権を認めているという制度はないんです。つまり、極めて例外的なんです。まずそこを御認識いただきたい。

また、現実問題としては、この不服申立ての制度によって冤罪救済が著しく遅延しているという現実がございます。

例えて言うと、こういう言い方はすごくラフなんですけれども、検察官は六回チャレンジできるんです。つまり、検察官は、再審公判において、主張、立証ができるという三審制が保障されている、そういうときに、再審の請求審の方で即時抗告、特別抗告とやると、請求審も合わすと三回、合計六回できるんです。

ところが、請求人はどうかというと、次がないんです。開始決定が確定しない限り、再審公判には進まないんです。したがって、次のない請求人にとっては、あくまでも争わざるを得ません。しかも、請求人は、一回、実質的な理由を立てて争った場合、それで負けると、次に同じ理由では闘えないんです。ですから、闘わざるを得ない。

そこに大きな違いがあるので、こっちが認められるのにこっちが認められないのはおかしいのではないかということは、論理的に成立していません。

そういう意味で、検察官の不服申立てというのは、理屈の面では基本的には否定されるのが自然だと思います。もちろん、政策的に認めるということは十分あり得ますので、一切否定しているというつもりはありませんけれども、総合的に見た場合、私は全面禁止すべきだと思っています。

しかし、自民党の中でそういうような議論も経た上で、大激論の中で、現在の修正案として整理されているということも十分承知しているところでございます。

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