おはようございます。弁護士の鴨志田祐美と申します。
意見を申し述べる前に、二つ申し上げたいことがあります。
一つは、今日配付しているレジュメなんですけれども、緊張の余り、前の肩書を書いてしまいまして、レジュメの方には再審法改正実現本部本部長代行という一つ前の肩書が掲載されています。今日、気づきました。本当に申し訳ありません。私の今の肩書は、こちらの紙の方に書いてある日弁連再審法改正推進室長でございます。おわびして訂正をいたします。
もう一つは、今日、配付資料としてこちらのパンフレットをお手元に置かせていただいています。これは、様々な再審事件の経緯であったり、証拠開示の経緯や抗告の実情であったり、その再審事件がどのような経緯をたどったのかという、生きた立法事実です。今日は、私は、時間の関係でこのような立法事実を全てつまびらかにお話しすることができませんので、是非こちらのパンフレットを後ほどお読みいただきたいということをお願いしたいと思います。
それでは、本題に入らせていただきます。
まず何よりも、本日は大変貴重な機会を賜り、厚く御礼申し上げます。
私は、二〇〇二年十一月に司法試験に合格し、二〇〇四年に鹿児島県弁護士会に登録、現在は京都弁護士会に所属しております。司法修習生として配属された事務所が鹿児島の著名再審事件である大崎事件の当時の弁護団長の事務所だったという御縁で、弁護士登録の直後から現在に至るまで、約二十二年間にわたり大崎事件の再審弁護活動を行っております。
再審法改正ということについても、その事件の弁護をやる中で様々な問題を知るに至ったことが契機です。特に、静岡地裁で袴田巌さんに再審開始決定がされたことがきっかけとなって二〇一四年に日弁連に設置された、再審における証拠開示に関する特別部会の座長となったのをきっかけに、このレジュメにあるような役職を経て現在に至っております。
また、昨年四月から今年二月まで設置されていた法制審議会刑事法(再審関係)部会で、池田先生とともに委員も務めさせていただきました。
法制審の再審部会には日弁連推薦の委員、幹事が四名おりましたけれども、実は、本格的な再審弁護の経験があるのは私一人だけでした。すなわち、この再審部会、メンバーは二十五人いたわけですけれども、再審弁護人は私だけだったということです。
そのような次第ですので、本日も、私は再審弁護人という立場からお話をさせていただきたいと思います。
まず、大崎事件が示す現行再審制度の問題点についてです。
大崎事件が第二次再審を申し立てた二〇一〇年の頃から、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、袴田事件など、証拠開示によって再審開始に至る事件が相次ぎました。そこで、大崎事件も、弁護団は繰り返し証拠開示請求を行いました。しかし、検察官は、第一次再審で任意開示した証拠以外は存在しない見込み、警察は、存在したとしても全て検察に送致したと回答し、鹿児島地裁の当時の裁判長は、その言葉をうのみにして何らの訴訟指揮もしないまま、再審請求を棄却しました。
即時抗告審の福岡高裁宮崎支部には、袴田事件のあの五点の衣類のカラー写真などの証拠開示を実現させた当時の裁判長が静岡地裁から異動してきていました。私たちは再びこの証拠開示を強く求めたところ、弁護人の請求する証拠の存否を調査し、リストを作って弁護人に開示せよという趣旨の、書面による証拠開示勧告を出してくれました。しかし、検察官はこれに激しく抵抗し、リストの開示にはかたくなに応じませんでしたが、個別に二百十三点の証拠を開示しました。その中には、全て検察官に送致したと回答していた鹿児島県警から見つかった証拠も三十点以上含まれていました。
この中で、証拠の標目の一点として、四十六本のネガフィルムというものがありました。検察官は、このとき、ネガの現物は開示せず、フィルムケースの中で腐食が進んで写真がプリントできないものがあったとして、ネガからプリントできた写真を五百枚程度提出してきました。そして、これらの開示の後、検察官は、大崎事件に関する証拠はもはや存在しない、不見当ではなく不存在であると公言しました。
第三次再審において、弁護団は、第二次再審では現物の開示を受けられなかった四十六本のネガフィルムの現物の開示を求めたところ、鹿児島地裁は検察官にネガの提出を勧告し、提出されたネガの現物を直ちに弁護人に貸し出しました。弁護団が写真店にプリントを依頼したところ、ネガの全てから千二百四十三枚の写真を印画することができました。
また、開示されたネガフィルムが入っていたフィルムケースに通し番号が振ってあったんですけれども、二十一番というのが欠けていました。これを契機として裁判所が更に証拠開示勧告を行ったところ、十八本のネガフィルムが新たに警察から開示されました。第二次再審で検察官が裁判所の勧告に従いリストを開示していれば、また、当初からネガの現物を弁護人に直接開示していれば、このような漏れはなかったのではないでしょうか。
しかも、確定判決の事実認定と明らかに矛盾する関係者の現場再現写真のネガフィルムが、事件から三十七年の時を経て、このときに、第三次再審で初めて開示されたのです。これがもし第一次再審段階で開示されていたら、第一次再審の開始決定は即時抗告審で覆ることはなかったかもしれません。
証拠が開示されない場合はもとより、証拠が五月雨式に開示され、長い期間を要することで、弁護人が適切な主張を組み立てられない、ひいては冤罪被害の救済が困難になってしまうという現実があるということです。
また、大崎事件では、これまで地裁、高裁で合わせて三度、再審開始の判断がされています。しかし、その全てに検察官が抗告を申し立て、上級審で再審開始が取り消されました。最初の再審開始決定が出たのは二十四年前の二〇〇二年の三月、私が司法試験に合格するより前でした。事件当時五十二歳だった大崎事件の元被告人、原口アヤ子さんは、この六月で九十九歳になります。現在、第五次再審請求審が鹿児島地裁に係属しています。
私は、ここで、アヤ子さんは無罪だというアピールをしたいのではありません。再審開始決定は無罪判決ではありません。確定した有罪判決に合理的な疑いが生じているから裁判をやり直すべきだという決定なのです。これまでに三つの裁判体の合計九人の裁判官が、もとい、第四次再審では最高裁で再審開始すべきという反対意見を書いた宇賀克也裁判官がおりましたので、十人の裁判官が裁判をやり直すべきという判断をしたのに、一度も自白せず、満期服役し、間もなく九十九歳になろうとする原口さんを再審公判の法廷に立たせないままでよいのかということが言いたいのです。
大崎事件は、証拠開示のルールがないことにより、裁判官ごとの再審格差が生じ、再審開始決定が出ても検察官の抗告が可能だという、まさに現行再審制度に翻弄された事件と言うことができます。
そこで、この再審制度の目的や立法事実を踏まえた法改正の必要性について述べたいと思います。
私は、冤罪被害者に寄り添う再審弁護人という立場からですので、今回提出された閣法では、冤罪被害者を再審手続によって迅速かつ確実に救済することは難しいと考えています。
では、どのような法案とすべきかということですが、まず、証拠開示については、閣法には、これまでも参考人の方々がおっしゃったように、証拠の提出命令制度というのが設けられました。一定の場合には裁判所の検察官に対する証拠提出命令が義務づけられたわけですが、その範囲は再審請求理由との関連性、必要性、相当性といったものに限定されており、再審請求人が証拠提出命令を請求する場合には、これらを疎明しなければなりません。
しかし、実際の事件において、請求人、弁護人は、捜査機関にどのような証拠が眠っているかを把握することはできません。手探りで個別の証拠の存否を模索し、膨大な時間と労力をかけて証拠開示を実現させてきました。
布川事件では、第二次再審だけで合計二十一回もの証拠開示請求を行って、四年以上かけて五月雨式に個別の証拠の開示を実現させました。
東京電力女性社員殺害事件では、度重なる証拠開示請求の結果、五月雨式に開示された証拠が蓄積され、申立てから四年半以上経過してようやく裁判所が三者協議を開き、再審開始決定までに七年以上がかかりました。
福井女子中学生事件でも、第一次再審でも九十五点の証拠が開示されていましたが、第二次再審で新たに二百八十七点の証拠が裁判所の訴訟指揮によって開示され、その無罪を言い渡すべき明らかな証拠と認定されたのは、全て第二次再審で初めて開示された証拠でした。もしこれが第一次再審の段階で開示されていれば、この事件は第一次再審の段階で解決していたのではないでしょうか。
また、日野町事件では、ほかの再審事件とは異なり、検察官の保管証拠について第一次再審段階で証拠のリストが作成されて、これは検察官が作成したんですけれども、裁判所に提示されていました。そういう意味ではこの事件は画期的だったわけですが、第二次再審で初めて開示されたのは、警察から検察に送られていない未送致証拠でした。これによって再審が動いたという経緯もあります。
証拠が一度に開示されなければ、請求人、弁護人は的確な再審請求理由を組み立てることができず、審理が長期化し、冤罪被害の救済の遅れを招きます。再審請求人に新証拠を提出するという重い負担を課している以上、まずは捜査機関にどのような証拠が保管されているのか、個々の証拠開示命令に先んじて、まずは証拠の全体像を把握できるリストを開示させることが不可欠です。通常審には刑訴法三百十六条の十四の規定により証拠の一覧表の交付が認められていますから、これに類する条項の追加が再審手続にも必要と考えます。
また、布川事件で開示された取調べの録音テープを請求人本人が直接聞いたことで初めて、そのテープには多数の編集痕があるということが明らかになったように、その証拠が持つ証拠価値は請求人本人が確認しなければ分からないということもあります。裁判所への提出だけでなく、請求人への直接開示命令を定める条項も必要です。
さらに、請求人のみならず、実は裁判所も捜査機関がどのような証拠を保有しているのかは分かりません。なので、裁判所の職権による提出命令に関連性といった要件の縛りをかけると、裁判所が必要な証拠を把握できず、開示漏れが生じるおそれもあります。実際の再審事件で再審開始、再審無罪につながった開示証拠は、請求人も裁判所も想定していなかったものであるということが多いのです。
これらのことから、閣法の証拠提出命令の条文に、裁判所の裁量により、検察官に対し、請求人への直接開示を命じる権限を与える規定も加えるということが不可欠だと思います。
二十七日、おとといの本委員会の質疑において、平口法務大臣は、裁判所による証拠の提出、勧告等の従来の実務運用を否定するものではなく、法制審の答申においては、そのことを前提として、従来の実務運用も引き続き適切に行われることを期する趣旨で附帯事項が盛り込まれた旨答弁されました。裁判所の広範な裁量による、また、請求人への直接開示を認める運用を否定しないという答弁なんですけれども、ということであれば、それを条文化すればよいということだと思います。明文規定がなければ、これまで同様、証拠開示は当たった裁判官次第という再審格差は解消されません。
時間の関係がございますので、目的外使用と調査手続については、後の議員の先生方からの質問にお答えする形にしたいと思います。
検察官の不服申立てについて、一言申し上げておきます。
検察官の抗告によって、初めて再審開始決定がされてから最終的に再審開始が確定するまでに、袴田事件は九年、福井事件は十三年、日野町事件は七年七か月、免田事件は二十四年四か月かかっています。検察官の抗告が冤罪被害者の迅速な救済を阻んだのは、紛れもない立法事実です。
自民党の事前審査の激しい議論において、再審の決定についての即時抗告ができる場合を定めた現行法四百五十条から第四百四十八条第一項を削除するという修正が、これは再審開始決定のことですけれども、検察官の即時抗告が制限されるということになった、これはすばらしい成果だと思っています。
しかし、一昨日、おとといの質疑において、法務省は、例外的に抗告ができる場合、新設条文の四百五十条の二の効力について、検察官に対する行為規範である旨の答弁をされました。
四百五十条で抗告が原則禁止となった以上、同条の二は新たに抗告できる場合を創設する規定ということになります。それが裁判規範ではなく検察官の自主規制に委ねるような行為規範であるとすれば、抗告禁止は全くの骨抜きになってしまいます。仮にこのような解釈を改めないのであれば、四百五十条の二を削除するとともに、抗告は全面禁止すべきだと思います。
いま一度、誰のための、何のための再審法改正かということを考えていただきたいと思います。
個人の尊厳を究極の価値に置く日本国憲法の下で、無実なのに処罰されていい人間など一人もいていいはずはないというのは当然のことです。刑事司法において、無実の人を迅速かつ確実に救済することは絶対的な正義であり、これに異を唱える者はいないでしょう。ですから、今回の法改正は、何よりもまず冤罪被害者のために、冤罪被害者を迅速、確実に救済するためのものでなければなりません。
しかし、再審法改正は、犯罪被害者や御遺族のためのものでもあります。犯罪被害者や御遺族と冤罪被害者は対立するものではなく、どちらもゆがんだ刑事司法の犠牲者と言うことができます。犯罪被害者や御遺族の憎しみや悲しみは、誤った裁判によって処罰された無実の人に対してではなく、真犯人に向けられているはずです。冤罪は、真に憎むべき真犯人を取り逃がしているという意味で二重の不正義であり、これを解消するには、真実発見のための証拠が開示され、裁判を見直す必要が生じたならば直ちに被害者も参加できる公開の法廷で再審公判を行い、迅速に決着をつけることが必要です。再審の長期化が、時効や真犯人の死亡により真犯人の適正な処罰を妨げることがないようにするためにも、再審法改正は必要なのです。
そして、冤罪は、いつ、誰の身に降りかかるか分かりません。自分や大切な人が冤罪に巻き込まれたとき、早く助けてほしいと誰もが思うでしょう。再審法改正は、全ての国民にとって、自分のために必要なものです。
さらに、我が国では一般市民が裁判員として刑事裁判に参加します。自分が裁判員として関わった刑事裁判で有罪判決を言い渡した被告人が、無実であると分かったのに救済されずに何十年も獄中で苦しめられているような事態は、善良な市民であればあるほど耐え難いことではないでしょうか。
再審法改正は、冤罪被害者を救うだけでなく、冤罪加害者になってしまうリスクを負う全ての国民にとっても福音となるものです。
最後に、国会の皆様方におかれましては、刑訴法施行から七十七年目にして初めて再審制度にメスが入るという歴史的な重みをかみしめながら、唯一の立法機関の構成員である誇りと矜持を持って、後の世で、あのときが日本の刑事司法の転換点だったと称賛されるような改正を実現していただくことを切に願っています。
再審法改正の議論は、再審請求手続において検察官が証拠を開示しないことにより、また、再審開始決定に対し検察官が抗告を行うことで、冤罪被害者の救済までに膨大な年月と労力を要することに対する深刻な懸念から始まったものです。そのような法改正を、いわば規制の対象となる検察官と一体となっている法務省の手に任せ切っていては、人権保障と三権分立を定めた日本国憲法の下でのあるべき刑事手続は構築できないのではないでしょうか。
今回の再審法改正が、この国の刑事司法を法務・検察から国民の手に、そして国民の代表である国会議員の手に取り戻すための歴史的な第一歩となることを心より期待しております。
ありがとうございました。(拍手)
5井井上英孝(維新)
ありがとうございました。
次に、上谷参考人にお願いいたします。
この発言のページ
6上上谷さくら桜みらい法律事務所弁護士
皆様、おはようございます。第一東京弁護士会所属、犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長の弁護士の上谷さくらと申します。
専門は犯罪被害者支援で、取扱事件の半分以上が性犯罪被害です。次に、殺人や交通死亡事故などの人が亡くなる事件を多く扱っています。また、犯罪を犯した人の更生にも関心を持っており、平成二十八年から保護司として活動しております。今年で十年になります。
令和二年六月から令和三年五月まで、性犯罪に関する刑事法検討会の委員を務め、令和五年刑事法改正に関わりました。また、現在は、こども家庭庁のこども性暴力防止法施行検討委員会の委員を務めております。…
この発言のページ
7井井上英孝(維新)
ありがとうございました。
次に、鴨志田参考人にお願いいたします。
この発言のページ
- (上の発言)
8鴨鴨志田祐美弁護士(日本弁護士連合会再審法改正推進室長)
おはようございます。弁護士の鴨志田祐美と申します。
意見を申し述べる前に、二つ申し上げたいことがあります。
一つは、今日配付しているレジュメなんですけれども、緊張の余り、前の肩書を書いてしまいまして、レジュメの方には再審法改正実現本部本部長代行という一つ前の肩書が掲載されています。今日、気づきました。本当に申し訳ありません。私の今の肩書は、こちらの紙の方に書いてある日弁連再審法改正推進室長でございます。おわびして訂正をいたします。
もう一つは、今日、配付資料としてこちらのパンフレットをお手元に置かせていただいています。これは、様々な再審事件の経緯であったり、証拠開示の経緯や抗告の実情であったり、その再審事件がどのような経緯をたどったのかという、生きた立法事実です。今日は、私は、時間の関係でこのような立法事実を全てつまびらかにお話しすることができませんので、是非こちらのパンフレットを後ほどお読みいただきたいということをお願いしたいと思います。
それでは、本題に入らせていただきます。
まず何よりも、本日は大変貴重な機会を賜り、厚く御礼申し上げます。
私は、二〇〇二年十一月に司法試験に合格し、二〇〇四年に鹿児島県弁護士会に登録、現在は京都弁護士会に所属しております。司法修習生として配属された事務所が鹿児島の著名再審事件である大崎事件の当時の弁護団長の事務所だったという御縁で、弁護士登録の直後から現在に至るまで、約二十二年間にわたり大崎事件の再審弁護活動を行っております。
再審法改正ということについても、その事件の弁護をやる中で様々な問題を知るに至ったことが契機です。特に、静岡地裁で袴田巌さんに再審開始決定がされたことがきっかけとなって二〇一四年に日弁連に設置された、再審における証拠開示に関する特別部会の座長となったのをきっかけに、このレジュメにあるような役職を経て現在に至っております。
また、昨年四月から今年二月まで設置されていた法制審議会刑事法(再審関係)部会で、池田先生とともに委員も務めさせていただきました。
法制審の再審部会には日弁連推薦の委員、幹事が四名おりましたけれども、実は、本格的な再審弁護の経験があるのは私一人だけでした。すなわち、この再審部会、メンバーは二十五人いたわけですけれども、再審弁護人は私だけだったということです。
そのような次第ですので、本日も、私は再審弁護人という立場からお話をさせていただきたいと思います。
まず、大崎事件が示す現行再審制度の問題点についてです。
大崎事件が第二次再審を申し立てた二〇一〇年の頃から、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、袴田事件など、証拠開示によって再審開始に至る事件が相次ぎました。そこで、大崎事件も、弁護団は繰り返し証拠開示請求を行いました。しかし、検察官は、第一次再審で任意開示した証拠以外は存在しない見込み、警察は、存在したとしても全て検察に送致したと回答し、鹿児島地裁の当時の裁判長は、その言葉をうのみにして何らの訴訟指揮もしないまま、再審請求を棄却しました。
即時抗告審の福岡高裁宮崎支部には、袴田事件のあの五点の衣類のカラー写真などの証拠開示を実現させた当時の裁判長が静岡地裁から異動してきていました。私たちは再びこの証拠開示を強く求めたところ、弁護人の請求する証拠の存否を調査し、リストを作って弁護人に開示せよという趣旨の、書面による証拠開示勧告を出してくれました。しかし、検察官はこれに激しく抵抗し、リストの開示にはかたくなに応じませんでしたが、個別に二百十三点の証拠を開示しました。その中には、全て検察官に送致したと回答していた鹿児島県警から見つかった証拠も三十点以上含まれていました。
この中で、証拠の標目の一点として、四十六本のネガフィルムというものがありました。検察官は、このとき、ネガの現物は開示せず、フィルムケースの中で腐食が進んで写真がプリントできないものがあったとして、ネガからプリントできた写真を五百枚程度提出してきました。そして、これらの開示の後、検察官は、大崎事件に関する証拠はもはや存在しない、不見当ではなく不存在であると公言しました。
第三次再審において、弁護団は、第二次再審では現物の開示を受けられなかった四十六本のネガフィルムの現物の開示を求めたところ、鹿児島地裁は検察官にネガの提出を勧告し、提出されたネガの現物を直ちに弁護人に貸し出しました。弁護団が写真店にプリントを依頼したところ、ネガの全てから千二百四十三枚の写真を印画することができました。
また、開示されたネガフィルムが入っていたフィルムケースに通し番号が振ってあったんですけれども、二十一番というのが欠けていました。これを契機として裁判所が更に証拠開示勧告を行ったところ、十八本のネガフィルムが新たに警察から開示されました。第二次再審で検察官が裁判所の勧告に従いリストを開示していれば、また、当初からネガの現物を弁護人に直接開示していれば、このような漏れはなかったのではないでしょうか。
しかも、確定判決の事実認定と明らかに矛盾する関係者の現場再現写真のネガフィルムが、事件から三十七年の時を経て、このときに、第三次再審で初めて開示されたのです。これがもし第一次再審段階で開示されていたら、第一次再審の開始決定は即時抗告審で覆ることはなかったかもしれません。
証拠が開示されない場合はもとより、証拠が五月雨式に開示され、長い期間を要することで、弁護人が適切な主張を組み立てられない、ひいては冤罪被害の救済が困難になってしまうという現実があるということです。
また、大崎事件では、これまで地裁、高裁で合わせて三度、再審開始の判断がされています。しかし、その全てに検察官が抗告を申し立て、上級審で再審開始が取り消されました。最初の再審開始決定が出たのは二十四年前の二〇〇二年の三月、私が司法試験に合格するより前でした。事件当時五十二歳だった大崎事件の元被告人、原口アヤ子さんは、この六月で九十九歳になります。現在、第五次再審請求審が鹿児島地裁に係属しています。
私は、ここで、アヤ子さんは無罪だというアピールをしたいのではありません。再審開始決定は無罪判決ではありません。確定した有罪判決に合理的な疑いが生じているから裁判をやり直すべきだという決定なのです。これまでに三つの裁判体の合計九人の裁判官が、もとい、第四次再審では最高裁で再審開始すべきという反対意見を書いた宇賀克也裁判官がおりましたので、十人の裁判官が裁判をやり直すべきという判断をしたのに、一度も自白せず、満期服役し、間もなく九十九歳になろうとする原口さんを再審公判の法廷に立たせないままでよいのかということが言いたいのです。
大崎事件は、証拠開示のルールがないことにより、裁判官ごとの再審格差が生じ、再審開始決定が出ても検察官の抗告が可能だという、まさに現行再審制度に翻弄された事件と言うことができます。
そこで、この再審制度の目的や立法事実を踏まえた法改正の必要性について述べたいと思います。
私は、冤罪被害者に寄り添う再審弁護人という立場からですので、今回提出された閣法では、冤罪被害者を再審手続によって迅速かつ確実に救済することは難しいと考えています。
では、どのような法案とすべきかということですが、まず、証拠開示については、閣法には、これまでも参考人の方々がおっしゃったように、証拠の提出命令制度というのが設けられました。一定の場合には裁判所の検察官に対する証拠提出命令が義務づけられたわけですが、その範囲は再審請求理由との関連性、必要性、相当性といったものに限定されており、再審請求人が証拠提出命令を請求する場合には、これらを疎明しなければなりません。
しかし、実際の事件において、請求人、弁護人は、捜査機関にどのような証拠が眠っているかを把握することはできません。手探りで個別の証拠の存否を模索し、膨大な時間と労力をかけて証拠開示を実現させてきました。
布川事件では、第二次再審だけで合計二十一回もの証拠開示請求を行って、四年以上かけて五月雨式に個別の証拠の開示を実現させました。
東京電力女性社員殺害事件では、度重なる証拠開示請求の結果、五月雨式に開示された証拠が蓄積され、申立てから四年半以上経過してようやく裁判所が三者協議を開き、再審開始決定までに七年以上がかかりました。
福井女子中学生事件でも、第一次再審でも九十五点の証拠が開示されていましたが、第二次再審で新たに二百八十七点の証拠が裁判所の訴訟指揮によって開示され、その無罪を言い渡すべき明らかな証拠と認定されたのは、全て第二次再審で初めて開示された証拠でした。もしこれが第一次再審の段階で開示されていれば、この事件は第一次再審の段階で解決していたのではないでしょうか。
また、日野町事件では、ほかの再審事件とは異なり、検察官の保管証拠について第一次再審段階で証拠のリストが作成されて、これは検察官が作成したんですけれども、裁判所に提示されていました。そういう意味ではこの事件は画期的だったわけですが、第二次再審で初めて開示されたのは、警察から検察に送られていない未送致証拠でした。これによって再審が動いたという経緯もあります。
証拠が一度に開示されなければ、請求人、弁護人は的確な再審請求理由を組み立てることができず、審理が長期化し、冤罪被害の救済の遅れを招きます。再審請求人に新証拠を提出するという重い負担を課している以上、まずは捜査機関にどのような証拠が保管されているのか、個々の証拠開示命令に先んじて、まずは証拠の全体像を把握できるリストを開示させることが不可欠です。通常審には刑訴法三百十六条の十四の規定により証拠の一覧表の交付が認められていますから、これに類する条項の追加が再審手続にも必要と考えます。
また、布川事件で開示された取調べの録音テープを請求人本人が直接聞いたことで初めて、そのテープには多数の編集痕があるということが明らかになったように、その証拠が持つ証拠価値は請求人本人が確認しなければ分からないということもあります。裁判所への提出だけでなく、請求人への直接開示命令を定める条項も必要です。
さらに、請求人のみならず、実は裁判所も捜査機関がどのような証拠を保有しているのかは分かりません。なので、裁判所の職権による提出命令に関連性といった要件の縛りをかけると、裁判所が必要な証拠を把握できず、開示漏れが生じるおそれもあります。実際の再審事件で再審開始、再審無罪につながった開示証拠は、請求人も裁判所も想定していなかったものであるということが多いのです。
これらのことから、閣法の証拠提出命令の条文に、裁判所の裁量により、検察官に対し、請求人への直接開示を命じる権限を与える規定も加えるということが不可欠だと思います。
二十七日、おとといの本委員会の質疑において、平口法務大臣は、裁判所による証拠の提出、勧告等の従来の実務運用を否定するものではなく、法制審の答申においては、そのことを前提として、従来の実務運用も引き続き適切に行われることを期する趣旨で附帯事項が盛り込まれた旨答弁されました。裁判所の広範な裁量による、また、請求人への直接開示を認める運用を否定しないという答弁なんですけれども、ということであれば、それを条文化すればよいということだと思います。明文規定がなければ、これまで同様、証拠開示は当たった裁判官次第という再審格差は解消されません。
時間の関係がございますので、目的外使用と調査手続については、後の議員の先生方からの質問にお答えする形にしたいと思います。
検察官の不服申立てについて、一言申し上げておきます。
検察官の抗告によって、初めて再審開始決定がされてから最終的に再審開始が確定するまでに、袴田事件は九年、福井事件は十三年、日野町事件は七年七か月、免田事件は二十四年四か月かかっています。検察官の抗告が冤罪被害者の迅速な救済を阻んだのは、紛れもない立法事実です。
自民党の事前審査の激しい議論において、再審の決定についての即時抗告ができる場合を定めた現行法四百五十条から第四百四十八条第一項を削除するという修正が、これは再審開始決定のことですけれども、検察官の即時抗告が制限されるということになった、これはすばらしい成果だと思っています。
しかし、一昨日、おとといの質疑において、法務省は、例外的に抗告ができる場合、新設条文の四百五十条の二の効力について、検察官に対する行為規範である旨の答弁をされました。
四百五十条で抗告が原則禁止となった以上、同条の二は新たに抗告できる場合を創設する規定ということになります。それが裁判規範ではなく検察官の自主規制に委ねるような行為規範であるとすれば、抗告禁止は全くの骨抜きになってしまいます。仮にこのような解釈を改めないのであれば、四百五十条の二を削除するとともに、抗告は全面禁止すべきだと思います。
いま一度、誰のための、何のための再審法改正かということを考えていただきたいと思います。
個人の尊厳を究極の価値に置く日本国憲法の下で、無実なのに処罰されていい人間など一人もいていいはずはないというのは当然のことです。刑事司法において、無実の人を迅速かつ確実に救済することは絶対的な正義であり、これに異を唱える者はいないでしょう。ですから、今回の法改正は、何よりもまず冤罪被害者のために、冤罪被害者を迅速、確実に救済するためのものでなければなりません。
しかし、再審法改正は、犯罪被害者や御遺族のためのものでもあります。犯罪被害者や御遺族と冤罪被害者は対立するものではなく、どちらもゆがんだ刑事司法の犠牲者と言うことができます。犯罪被害者や御遺族の憎しみや悲しみは、誤った裁判によって処罰された無実の人に対してではなく、真犯人に向けられているはずです。冤罪は、真に憎むべき真犯人を取り逃がしているという意味で二重の不正義であり、これを解消するには、真実発見のための証拠が開示され、裁判を見直す必要が生じたならば直ちに被害者も参加できる公開の法廷で再審公判を行い、迅速に決着をつけることが必要です。再審の長期化が、時効や真犯人の死亡により真犯人の適正な処罰を妨げることがないようにするためにも、再審法改正は必要なのです。
そして、冤罪は、いつ、誰の身に降りかかるか分かりません。自分や大切な人が冤罪に巻き込まれたとき、早く助けてほしいと誰もが思うでしょう。再審法改正は、全ての国民にとって、自分のために必要なものです。
さらに、我が国では一般市民が裁判員として刑事裁判に参加します。自分が裁判員として関わった刑事裁判で有罪判決を言い渡した被告人が、無実であると分かったのに救済されずに何十年も獄中で苦しめられているような事態は、善良な市民であればあるほど耐え難いことではないでしょうか。
再審法改正は、冤罪被害者を救うだけでなく、冤罪加害者になってしまうリスクを負う全ての国民にとっても福音となるものです。
最後に、国会の皆様方におかれましては、刑訴法施行から七十七年目にして初めて再審制度にメスが入るという歴史的な重みをかみしめながら、唯一の立法機関の構成員である誇りと矜持を持って、後の世で、あのときが日本の刑事司法の転換点だったと称賛されるような改正を実現していただくことを切に願っています。
再審法改正の議論は、再審請求手続において検察官が証拠を開示しないことにより、また、再審開始決定に対し検察官が抗告を行うことで、冤罪被害者の救済までに膨大な年月と労力を要することに対する深刻な懸念から始まったものです。そのような法改正を、いわば規制の対象となる検察官と一体となっている法務省の手に任せ切っていては、人権保障と三権分立を定めた日本国憲法の下でのあるべき刑事手続は構築できないのではないでしょうか。
今回の再審法改正が、この国の刑事司法を法務・検察から国民の手に、そして国民の代表である国会議員の手に取り戻すための歴史的な第一歩となることを心より期待しております。
ありがとうございました。(拍手)
9井井上英孝(維新)
ありがとうございました。
以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わりました。
―――――――――――――
この発言のページ
10井井上英孝(維新)
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。神田潤一君。
この発言のページ
11
神田潤一(自民)
自由民主党、青森二区選出の神田潤一です。
まずは、四人の参考人の皆さん、お忙しい中、朝早くからおいでをいただき、また、貴重な御意見を我々に御教示いただきまして、ありがとうございます。
私は、今回の刑事訴訟法の見直し、改正案につきましては、法律の構造論としても、運用実務としても、また、今御指摘のあったような、再審を請求する方のお気持ち、一方で被害者の皆さんのお気持ちなど、非常に様々な面で難しい側面があり、また、非常に難しい論点がまだ残っているというふうに感じています。
一方で、私は法律の専門家ではありませんが、十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰する…
この発言のページ