当然、直ちに変わるわけではありませんけれども、もちろん、この法律ができれば着目をして捜査をされるというふうに事前にはお伺いしました。
これは自民党の中でも異論が上がっていると聞いておりまして、六月十二日号の雑誌で、岩屋毅さんがインタビューに応じておられて、非常に私の気持ちとほぼ同じことをおっしゃっておられて、見識の深さを感じるわけでありますけれども、こういうことをおっしゃっているんですね、今回の国旗損壊法について。そもそも、立法の動機そのものが純粋な法益保護ではなく、一部の政治的主張や特定の支持層へのアピールから始まっていると言わざるを得ない、そこに大いなる憲法上の懸念を抱くと。
そして、もう一つおっしゃっておられるのは、かつてのように国民の思想統制の道具に、この国旗損壊罪がまかり間違えば悪用されるおそれすらあります。法益の曖昧な刑罰の新設は国家権力の肥大化につながり、近代立憲主義の理念に背反すると思います。最大の懸念は、内心の自由や表現の自由への深刻な萎縮効果です。どういう形状なら国旗と認定されるのか、どこからが損壊や汚損に該当するのか。アートや風刺における表現の境界線はどこか。本来なら国民が心配する必要のない細部に至るまで国家の視線を意識せざるを得なくなる。エスカレートしていくと、なぜあそこの家は国旗を掲げないのかという相互監視の同調圧力へと発展しかねません。国旗が自然な敬愛の対象から処罰の対象へと変容すれば、日本が戦後培ってきた自由主義、民主主義の土台が掘り崩されていく端緒になりかねないとおっしゃっておられるわけです。
こういう非常に心配の声が自民党の中からも、この方以外にも上がっていると聞いております。石破首相からも、六月六日の番組で、刑罰をもって臨むことなのか、法理論的に余り正しくない、保護法益が明確でないと。私も同感であります。
ちょっと配付資料をお配りしました。これは戦前の新聞記事の抜粋ですが、一九三八年から、国旗に対して相当神経質に国がなってきた。国家精神総動員ということで国がスローガンを掲げて、二ページ目を御覧いただきますと、これは対米戦争が始まる三年前の新聞であります、「白地に赤き純潔の“日の丸”を守れ! 国旗冒涜者が意外に多いと県が検閲標準を定む」。一ページ目を御覧いただくと、「「日の丸」を濫用するな カフエーやバーの宣伝マツチ 内務省断乎乗出す」「“尊厳を高めよ”」ということで、国旗の印をマッチのところに描いたりしてけしからぬ、尊厳を守れということが出てきました。三ページ目ですけれども、「“日の丸広告”にお灸 県でもキツイお達し」というようなことが出てまいりました。四ページ目は、「日章旗に文字を書き込んではいけません」ということで、こういう話が出てくると、皆さんは限定限定、客観的とおっしゃいますけれども、やはり萎縮効果が上がってくる、大きくなってくるんじゃないかなと私は心配するんですね。
かつての日本は、言うまでもないことですけれども、かなり空気がつくり上げられて、一旦一方的な空気がつくり上げられると、やはりそこに、ぎゅっと極端な方向に行ってしまう、非常に日本は同調圧力の強い国でありますので。そういうことも考えながら、声を上げやすい社会にしていく、異論を排すのではなくて、声を上げやすい社会にしていく、余りにも萎縮効果を高めるようなことは極力防いでいく、必要やむを得ないときは、明確に構成要件を決めて罰則をかけていくということが私は原則で、我が国が道を誤らない最も重要なことだというふうに思っているんです。
アメリカの話も先ほど出ましたけれども、米国も、調べてみますと、国旗損壊罪という、法律があるわけでありますが、これが違憲判決が出てしまったんですね。連邦最高裁が、逮捕についても、国旗損壊行為の処罰は表現の自由を規定する合衆国憲法に違反するとの判決を下して、確定している、国旗損壊行為を処罰する法律は、存在はしているけれども、実際には存在していないことと同じ状況になっているということです。
保守派の裁判官が、最高裁判事がこういうことをおっしゃっているということも紹介がありました。この方は、私は疑いなく愛国主義の保守派であり、国旗を燃やすことを嫌悪している、私が王だったら処罰する、しかし、政府、議会、裁判所、そして国家や国旗さえも侮辱する権利を保障しているのが憲法であるという言葉を残している、愛国主義の自身の立場よりも、米国は王でなく憲法が支配する国だという基本理念を優先させていた、こういうような紹介があるわけであります。
是非、国民の皆さんが萎縮しないように、きちっとした議論、明確な根拠、そして明確な立法事実、これを示していただくということが何よりも重要だというふうに考えております。
どうもありがとうございました。
149
勝目康(自民)
委員が御紹介された、保育園落ちた日本死ねというところからいろいろな動きがあったということは私も承知をしております。
繰り返しになって大変恐縮ですが、今回の法案は、表現の内容に立ち入って、それを構成要件として処罰するというものではありませんので、あくまで損壊のまさに外形的な行為、そこに着目をするものでございます。ですから、人に著しく不快、嫌悪の情を催させる方法で公然と損壊、除去、汚損するというのが構成要件でありますから、何が書かれているかという表現の内容は構成要件にはなっていないということ、これは重ねて申し上げたいと思います。
この発言のページ
150
長妻昭(中道)
そういう意味では、当然含まれるわけですよね、政治的なメッセージなどについても。
もう一つ、今日は警察も来ていただいておりますけれども、お尋ねしたいのは、今回の法案というのは、私もお話をお伺いしてみますと、例えば、自宅で国旗を損壊をしてそれを外に持ち出すという場合は処罰されないというふうに聞いておりますけれども、となると、損壊した場所というのが非常に重要になってくるわけですし、あるいは、まだ損壊されていない国旗でも、外でデモ隊などが持っている場合、それが損壊されるのかどうかということに着目した捜査とか監視というのが、この法案が仮に成立したら出てくるのでは…
この発言のページ
151千千代延晃平警察庁警備局長
お答えいたします。
まず、現在御審議中の議員立法についてのお尋ねでございますので、その内容を前提とした御質問にお答えすることは困難であることにつきまして御理解いただければと思います。
その上で、一般論として申し上げますと、警察としては、先ほどデモ等というお話がございましたけれども、デモ等に伴い、違法行為や事故が発生するおそれがあることなどから、それらを未然に防止するために、必要な警備措置を講じたり、必要な情報収集を行ったりする場合がございます。
こうした警察活動は、一般的には、特定の犯罪を念頭に置いているというより、その時々の情勢に応じて発生し得る…
この発言のページ
- (上の発言)
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長妻昭(中道)
当然、直ちに変わるわけではありませんけれども、もちろん、この法律ができれば着目をして捜査をされるというふうに事前にはお伺いしました。
これは自民党の中でも異論が上がっていると聞いておりまして、六月十二日号の雑誌で、岩屋毅さんがインタビューに応じておられて、非常に私の気持ちとほぼ同じことをおっしゃっておられて、見識の深さを感じるわけでありますけれども、こういうことをおっしゃっているんですね、今回の国旗損壊法について。そもそも、立法の動機そのものが純粋な法益保護ではなく、一部の政治的主張や特定の支持層へのアピールから始まっていると言わざるを得ない、そこに大いなる憲法上の懸念を抱くと。
そして、もう一つおっしゃっておられるのは、かつてのように国民の思想統制の道具に、この国旗損壊罪がまかり間違えば悪用されるおそれすらあります。法益の曖昧な刑罰の新設は国家権力の肥大化につながり、近代立憲主義の理念に背反すると思います。最大の懸念は、内心の自由や表現の自由への深刻な萎縮効果です。どういう形状なら国旗と認定されるのか、どこからが損壊や汚損に該当するのか。アートや風刺における表現の境界線はどこか。本来なら国民が心配する必要のない細部に至るまで国家の視線を意識せざるを得なくなる。エスカレートしていくと、なぜあそこの家は国旗を掲げないのかという相互監視の同調圧力へと発展しかねません。国旗が自然な敬愛の対象から処罰の対象へと変容すれば、日本が戦後培ってきた自由主義、民主主義の土台が掘り崩されていく端緒になりかねないとおっしゃっておられるわけです。
こういう非常に心配の声が自民党の中からも、この方以外にも上がっていると聞いております。石破首相からも、六月六日の番組で、刑罰をもって臨むことなのか、法理論的に余り正しくない、保護法益が明確でないと。私も同感であります。
ちょっと配付資料をお配りしました。これは戦前の新聞記事の抜粋ですが、一九三八年から、国旗に対して相当神経質に国がなってきた。国家精神総動員ということで国がスローガンを掲げて、二ページ目を御覧いただきますと、これは対米戦争が始まる三年前の新聞であります、「白地に赤き純潔の“日の丸”を守れ! 国旗冒涜者が意外に多いと県が検閲標準を定む」。一ページ目を御覧いただくと、「「日の丸」を濫用するな カフエーやバーの宣伝マツチ 内務省断乎乗出す」「“尊厳を高めよ”」ということで、国旗の印をマッチのところに描いたりしてけしからぬ、尊厳を守れということが出てきました。三ページ目ですけれども、「“日の丸広告”にお灸 県でもキツイお達し」というようなことが出てまいりました。四ページ目は、「日章旗に文字を書き込んではいけません」ということで、こういう話が出てくると、皆さんは限定限定、客観的とおっしゃいますけれども、やはり萎縮効果が上がってくる、大きくなってくるんじゃないかなと私は心配するんですね。
かつての日本は、言うまでもないことですけれども、かなり空気がつくり上げられて、一旦一方的な空気がつくり上げられると、やはりそこに、ぎゅっと極端な方向に行ってしまう、非常に日本は同調圧力の強い国でありますので。そういうことも考えながら、声を上げやすい社会にしていく、異論を排すのではなくて、声を上げやすい社会にしていく、余りにも萎縮効果を高めるようなことは極力防いでいく、必要やむを得ないときは、明確に構成要件を決めて罰則をかけていくということが私は原則で、我が国が道を誤らない最も重要なことだというふうに思っているんです。
アメリカの話も先ほど出ましたけれども、米国も、調べてみますと、国旗損壊罪という、法律があるわけでありますが、これが違憲判決が出てしまったんですね。連邦最高裁が、逮捕についても、国旗損壊行為の処罰は表現の自由を規定する合衆国憲法に違反するとの判決を下して、確定している、国旗損壊行為を処罰する法律は、存在はしているけれども、実際には存在していないことと同じ状況になっているということです。
保守派の裁判官が、最高裁判事がこういうことをおっしゃっているということも紹介がありました。この方は、私は疑いなく愛国主義の保守派であり、国旗を燃やすことを嫌悪している、私が王だったら処罰する、しかし、政府、議会、裁判所、そして国家や国旗さえも侮辱する権利を保障しているのが憲法であるという言葉を残している、愛国主義の自身の立場よりも、米国は王でなく憲法が支配する国だという基本理念を優先させていた、こういうような紹介があるわけであります。
是非、国民の皆さんが萎縮しないように、きちっとした議論、明確な根拠、そして明確な立法事実、これを示していただくということが何よりも重要だというふうに考えております。
どうもありがとうございました。
153
山下貴司(自民)
次に、後藤祐一君。
この発言のページ
154
後藤祐一(中道)
中道改革連合の後藤祐一でございます。
基本的に、自民党の提出者に伺いたいと思います。
この法案は、表現の自由との衝突が生じ得る、つまり、表現の自由という、基本的人権の中でも最も尊重されるべき精神的自由が、国旗を大切に思う国民感情の保護という公共の福祉で制約できるのかという、いわゆる二重の基準論を踏まえた、合憲かどうかの説明責任を負っているということでよろしいでしょうか。
この発言のページ
155高高木啓(自民)
後藤委員の御質問にお答え申し上げます。
今回の法案でございますが、国旗の損壊等の行為は、通常、表現としての意味を持たないものの、そのような行為によって自己の意思、感情等を表出する象徴的表現行為として、憲法二十一条一項の「表現」に含まれる場合がございまして、そのような場合には、本法案が当該行為をした者に対して刑事罰を科すことは、表現の自由との関係が問われる場合があるものと承知をいたしております。
そして、そのような場合には、御指摘のとおり、それが公共の福祉による必要かつ合理的な制限として是認されるかどうかが問われることになるかと理解をいたしております。
この発言のページ