ありがとうございます。
まさに学校の先生たちであるとか役所の皆さんであるとかが様々な配慮をしてくれたんだろうなと、当時子供でしたので詳しいことは分からなかったんですけれども、そのような配慮の中で私たちの活動が成り立っていたんだろうと思っております。今後についても、是非現場とともに歩んでいきたいなと思っております。
では、続いて、学校の再開について視点を移してまいりたいと思います。
避難所という非日常的な空間から徐々に元の学校へと変わっていくわけですけれども、私の当時の経験では、バスケコート二面ある体育館の中で、徐々に災害公営住宅に移られたりとか親戚のおうちに移られるということで、避難所、体育館の中にいる方が徐々に減っていって体育館半面ぐらいになったときに、私たちの中学校は半面は体育や部活動で使うことにしていて、でも逆に、半面には妊婦さんもいらっしゃったし、まだまだ避難所として使われている皆さんもいる中で、避難所の運営であったり学校への移行というものをさせていただいておりました。
このとき、妊婦さんもいたし御高齢の皆さんもたくさんいたので、私たちとしても、バスケ部だったので、そこでドンドンとバスケットボールを鳴らしていいのかというところも非常に悩ましい部分でありましたけれども、バスケ部です、今日も使わせてもらいますというふうに御挨拶すると、わざわざ椅子をネットの近くまで持ってきて私たちの部活を見てくれる地域の方々がたくさんおりました。私たちとともに地域の方々も歩んできたなというふうに思っております。
もちろん全ての避難所で同じようなことができるとは思いませんし、先生方であったり行政の判断であったり様々な事情があると思いますけれども、やはり、地域の皆さんと中学生、高校生、小学生たちがどうやって関わっていくかというところも非常に大きな問題だなと思っております。
避難所での生活から学校の再開へと移行していく時期の中で、子供たちにとっても被災者の皆様にとってもなるべく大きな負担にならないように移行していくこと、そして現場の先生方にも過度な負担がかからない形で再開を進めていくということは非常に重要だと思っております。
そこで、現在、防災庁の設置も議論されていく中で、こうした避難所、教育現場、自治体との連携をどのように整理をし、子供たち、地域の皆様への負担をどうやって小さくしながら学校の再開を進めていく体制を考えておられるのか、大臣のお考えをお聞かせください。
58
関芳弘(自民)
休憩前に引き続き会議を開きます。
質疑を続行いたします。佐々木真琴君。
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59佐佐々木真琴(国民)
国民民主党・無所属クラブの佐々木真琴です。
初めての質疑の機会でございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
まず、皆様からもありましたけれども、昨日、三月十一日、十五年目の震災命日を迎えました。牧野大臣におかれましては、岩手県の式典に参加いただいたということで、ありがとうございました。
私自身も、岩手県宮古市という三陸海岸のど真ん中にある町で震災を経験をいたしました。当時、中学二年生、十四歳のときでございまして、皆様の多大なる御支援のおかげで今ここに立っていると思っております。先ほど黒田委員の方からもありましたけれども、防災はイメージが大事だ…
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60
あかま二郎(自民)国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣(防災・海洋政策)
お答えいたします。
今委員御指摘のとおり、避難所における物資であるとかそういったものを含むハード面のみならずソフト面、また、ソフト面における児童生徒、子供たち、のみならず御高齢の方、また障害をお持ちの方、様々な方々がという部分だというふうに思っております。
その中にあって、子供の居場所について計画ではどう位置づけられているかというお話でございますけれども、避難所の運営については、避難所に関する指針であるとかガイドラインにおいて、避難者の代表であるとか施設の管理者等を中心に実施することというふうに記載をしており、もちろん、その中には、子供への配慮として…
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- (上の発言)
61佐佐々木真琴(国民)
ありがとうございます。
まさに学校の先生たちであるとか役所の皆さんであるとかが様々な配慮をしてくれたんだろうなと、当時子供でしたので詳しいことは分からなかったんですけれども、そのような配慮の中で私たちの活動が成り立っていたんだろうと思っております。今後についても、是非現場とともに歩んでいきたいなと思っております。
では、続いて、学校の再開について視点を移してまいりたいと思います。
避難所という非日常的な空間から徐々に元の学校へと変わっていくわけですけれども、私の当時の経験では、バスケコート二面ある体育館の中で、徐々に災害公営住宅に移られたりとか親戚のおうちに移られるということで、避難所、体育館の中にいる方が徐々に減っていって体育館半面ぐらいになったときに、私たちの中学校は半面は体育や部活動で使うことにしていて、でも逆に、半面には妊婦さんもいらっしゃったし、まだまだ避難所として使われている皆さんもいる中で、避難所の運営であったり学校への移行というものをさせていただいておりました。
このとき、妊婦さんもいたし御高齢の皆さんもたくさんいたので、私たちとしても、バスケ部だったので、そこでドンドンとバスケットボールを鳴らしていいのかというところも非常に悩ましい部分でありましたけれども、バスケ部です、今日も使わせてもらいますというふうに御挨拶すると、わざわざ椅子をネットの近くまで持ってきて私たちの部活を見てくれる地域の方々がたくさんおりました。私たちとともに地域の方々も歩んできたなというふうに思っております。
もちろん全ての避難所で同じようなことができるとは思いませんし、先生方であったり行政の判断であったり様々な事情があると思いますけれども、やはり、地域の皆さんと中学生、高校生、小学生たちがどうやって関わっていくかというところも非常に大きな問題だなと思っております。
避難所での生活から学校の再開へと移行していく時期の中で、子供たちにとっても被災者の皆様にとってもなるべく大きな負担にならないように移行していくこと、そして現場の先生方にも過度な負担がかからない形で再開を進めていくということは非常に重要だと思っております。
そこで、現在、防災庁の設置も議論されていく中で、こうした避難所、教育現場、自治体との連携をどのように整理をし、子供たち、地域の皆様への負担をどうやって小さくしながら学校の再開を進めていく体制を考えておられるのか、大臣のお考えをお聞かせください。
62
あかま二郎(自民)国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣(防災・海洋政策)
発災の後、いわゆる学校の再開は、先ほどの委員の御質問の中にありました、いわゆる居場所という意味でも、また教育の機会という意味でも、大事な視点だというふうに思っております。とりわけ、教育の機会という部分にあって、例えば、いわゆる受験を控えてなどという子供がいると、更にそういった部分はスムーズな学校の再開というものが求められる、若しくは学習スペースの確保というものが求められるんだろうと思っております。
とはいえ、委員御指摘のとおり、いわゆる災害時の避難所として、公民館であるとか行政庁舎、また学校の体育館、これらが利用されることが多い状況というのも事実でござ…
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63佐佐々木真琴(国民)
ありがとうございます。
では、一問通告していたのを飛ばさせていただいて、大船渡市の大規模山林火災のところに飛ばさせていただきます。
今回の大船渡での火災でありますけれども、平成以降最大規模の山林火災となりました。地域の森林のみならず、流域の環境であったり海にも及ぶ大きな影響を及ぼす災害であったと認識をいたしております。
まず一点目ですけれども、この災害に対する復旧措置については、激甚災害の指定に基づく対応を進められていると承知をいたしております。その期限が二〇二八年までとルール上されておりますけれども、地元の方からは、この大規模な焼失面積に対して計…
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あかま二郎(自民)国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣(防災・海洋政策)
お答えいたします。
大船渡市の林野火災についてでございますけれども、令和七年三月二十八日にいわゆる激甚災害指定がなされました。これによって、大船渡市が実施する森林災害復旧事業の経費について国庫補助が手厚く講じられたというふうに理解をしております。
この森林災害復旧事業の実施期間についてでございますけれども、委員が御指摘のとおり、激甚災害法施行令において、被害木の伐採、さらにはその搬出であるとかは災害発生年度を含めて四か年度以内、跡地の造林、これについては災害発生年度を含めて五か年度以内、こういうふうにされております。
岩手県から令和八年の一月に提出…
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