伊勢崎賢治 (れいわ新選組)

2025年12月16日・第219回国会 参議院 内閣委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 102 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 117 発言)

人事院勧告制度は、GHQの占領時に生まれました。発端は、マッカーサー元帥が、一九四八年七月二十二日、芦田首相に宛てた書簡です。この書簡で、日本政府に対し、公務員の争議権及び団体交渉権を法律で禁止できるよう、するよう指令を出しました。これを受けて、日本政府は翌年、政令を出してこの指令を実行したわけであります。

配付資料二、お願いします。

これは面白い資料でして、その一か月後に、当時、GHQの政治顧問が本国の国務長官に宛てた公電であります。マーカー一の部分、これ、マッカーサーが公務員と民間労働者に同一の原則を適用しようと試みたが、二回のゼネストが起きたこと、これが公務員の労働基本権を制限する理由になったことがここに記されております。それで、マッカーサーのこの指令に対して、極東委員会の他の構成国から異論が出たことが報告されています。それがマーカー二と三の部分です。

何が言いたいのか。この公電から見えるのは、マッカーサーは国家公務員に民間労働者と同様の労働基本権を保障する必要性を認識していたんです。それを一旦は実現しようとした。しかし、当時は軍事占領という特殊な状況でございますから、労働運動の過激化を心配していたということですね、特にこのときは東西冷戦の黎明期でございますから。これ一言で申しますと、マッカーサー、つまり占領軍のジレンマであります。そのジレンマの代償として導入されたのが人事院勧告制度であります。

私の事務所が調べた限り、同様の独立機関がある国は存在いたします。ILOにこれだけの勧告を受け、代償措置の実効性が問われる国は、先進国の中では日本しかありません。

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