国民民主党の足立康史です。
私は、昨年秋まで四期十二年にわたり衆議院議員として衆院憲法審査会の委員を務めてまいりましたが、今回、言論の府である参議院の憲法審査会委員を拝命し、改めて身の引き締まる思いであります。
その上で、両院の憲法審査会を経験する国会議員の一人として、一点だけ。
参議院では、いわゆる委員間のちょうちょうはっしの討論が少々抑制的であるのかなと感じております。衆議院では、個々の委員が一方的な意見表明だけを重ねていく言わば放談会に終始していては議論が深まらないとの観点から、六年前となる令和元年、二〇一九年十一月の審査会で、私が当時の山花郁夫委員に質問したことを皮切りに、自らの持ち時間の範囲内で他の委員に質問し回答を求めるという、文字どおりの自由討論を活発化し、自由討論が活発化し、今ではすっかり定着をいたしました。
審査会長、是非参議院でもそうした実のある討論が可能となるよう御検討いただきたいと存じますが、いかがでしょうか。
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長浜博行(立憲)
以上で各会派の意見表明は終了いたしました。
次に、委員間の意見交換を行います。
一回の発言時間は各三分以内でお述べいただきたいと存じます。
なお、発言が終わりましたら、氏名標を横にお戻しください。
出川桃子君。
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22出出川桃子(自民)
参議院自民党の出川桃子です。
鳥取・島根の合区選挙区を戦ってきた参議院議員として、合区問題について申し述べたいと思います。
昨日、いわゆる参院選一票の較差訴訟の高裁判決が出そろい、合憲五、違憲状態十一となりました。司法の判断は真摯に受け止めたいと思います。
しかし、その根拠とされる現行憲法が制定された昭和二十一年、人口最大の東京都の人口は約四百万人、最小の鳥取県は約五十五万人、人口比は七対一でありました。その後、東京圏への人口集中と地方の人口減少が進み、令和二年の国勢調査では人口比は二十五対一にまで拡大をしております。
私自身、東京で生まれ育ち、…
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長浜博行(立憲)
足立康史君。
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- (上の発言)
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足立康史(国民)
国民民主党の足立康史です。
私は、昨年秋まで四期十二年にわたり衆議院議員として衆院憲法審査会の委員を務めてまいりましたが、今回、言論の府である参議院の憲法審査会委員を拝命し、改めて身の引き締まる思いであります。
その上で、両院の憲法審査会を経験する国会議員の一人として、一点だけ。
参議院では、いわゆる委員間のちょうちょうはっしの討論が少々抑制的であるのかなと感じております。衆議院では、個々の委員が一方的な意見表明だけを重ねていく言わば放談会に終始していては議論が深まらないとの観点から、六年前となる令和元年、二〇一九年十一月の審査会で、私が当時の山花郁夫委員に質問したことを皮切りに、自らの持ち時間の範囲内で他の委員に質問し回答を求めるという、文字どおりの自由討論を活発化し、自由討論が活発化し、今ではすっかり定着をいたしました。
審査会長、是非参議院でもそうした実のある討論が可能となるよう御検討いただきたいと存じますが、いかがでしょうか。
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長浜博行(立憲)
ただいまの件につきましては、後刻幹事会で協議をいたします。
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足立康史(国民)
よろしくお願いいたします。
その上で、本日は、高市早苗内閣が発足して最初の参院憲法審ですから、自民党と日本維新の会とのいわゆる連立政権合意書について一言言及しておきたいと存じます。
内閣は、行政権の行使について、国会に対して連帯して責任を負うとの憲法六十六条三項の規定を持ち出すまでもなく、閣外にいる日本維新の会は憲法に規定する連帯責任を負っていないわけですから、そもそもいわゆる連立政権には該当しないものと私は考えていますが、それはさておき、大事なのはその合意書にある条文起草委員会についてであります。
合意書の三に、自民、維新両党の条文起草協議会の設…
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長浜博行(立憲)
柴田巧君。
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