岡野純子 (国民民主党)

2025年11月28日・第219回国会 衆議院 厚生労働委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 158 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 219 発言)

市町村の意向もいいんですけれども、現場です。何よりも現場で、やはり、分科会だとかヒアリングというところで声を上げることができる法人というのは大きな法人というか体力のある組織が多いのかなというふうに感じますけれども、本当に細々とだけれどもその地域にはなくてはならない事業所というのがたくさんある分野でありますから、どうかそういった我々の生活の底支えをしてくださっている方の声というものをちゃんと拾っていく努力というものを是非ともお願いしたいと思います。それをお願いいたしまして、次に進ませていただきます。

次は、障害者雇用の質について伺ってまいります。

本日、前者、立憲の小山先生からも、当事者の立場からの切実な声がございました。私がこれを取り上げるのは、以前、私は市議会議員をしていた時期が長かったんですけれども、かつて、当時の先輩議員が、障害のある人が十分に働けていないという趣旨の質問をしたときの答弁が、ちゃんと必要分の障害者雇用枠を確保しているというような、そういった趣旨の答弁を聞いたときに、健常者であれば世界にあまたある職業の中から夢を持って自分で選んでいけるのに、障害のある人はなぜこうした、やむない部分があるとはいえ、決められた枠の中でしか選べないのかなと。その構造というものを変えなければならないし、いつか変えたいなというような思いを持っていました。

障害のある人が自由に仕事を選べる社会なんて言うと、ややもすればお花畑なことを言っているんじゃないよと思われるかもしれませんけれども、私はこういう考えを持つようになってから、たくさんの当事者に会って、幾つもの事業所に視察に行きました。すると、そこには福祉としての職業がありました。

つまりは、機械化が本来できるような単純作業、例えば、紙の折り機に入れれば秒で終わるような仕事ですけれども、一枚ずつ手作業でコーヒーの空き缶の底を使って折っているような作業とか、一万個のボルトと一万個のナットを一個一個手作業で組み合わせる作業とか、そういった、つまりは障害のある人にとっての居場所をつくるための仕事というものがありました。みんながその場にいることが正しい姿なのかなというふうに思いました。

先ほど、小山先生の発言にもグラデーションという言葉がありました。もちろん、その仕事が、その方の意欲とか能力とか満足感とか、それと合致しているのであればそこに問題はないと思うんですけれども、もっとできるのにと感じながら、限定的に与えられた場所で働いている方もいらっしゃいます。今回は、そういった方の特性をもっと生かしていく方策はないかということについて伺いたいと考えています。

まず、厚労省は、法定雇用率によって雇用の量の把握はされていますが、雇用の質の方はいかがでしょうか。賃金や定着率、職務内容、キャリア形成、そういった雇用の質を測る指標を持たれているかどうか、伺います。

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