是非そのような形で配慮をお願いしたいと思います。
続きまして、教職調整額と残業についてお伺いしたいと思いますが、教育公務員特例法の中で、教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければ、努めねばならないとある。私は、ここが民間の企業で働く皆さんとは違うところではないかというふうに思っています。この基となるのが、教育基本法からこれが出ているというふうに思っておりますが、ここの部分を、私は教職調整額というところで、中学校で三十年間勤務してきたときに私は守っていただいたなというふうに改めて思っているんですが。
どういうことかというと、若い先生が、この教職調整額なかったとしたら、ないとして、残業を管理職に言って認めてもらうかどうかというところで、その若い先生は自分が今からやろうと思っている残業が、それは管理職の目指していく学校経営上の中にあってそれが残業として認められるかどうかというようなことに関しては自信がないんです、それが、自分がやろうと思っていることがですね。だから、それをちょっと残業というのはおこがましいとか、これは残業に値しないんじゃないかとか、でもやりたい、そういう気持ちでいる。私はそうでしたから。だから、それを残業というふうには、認めてもらうにはちょっとどうかなというのが若い先生たちの中にはあると思います。だから、それを教職調整額というような形で私は守ってきていただいたんではないかなというふうに思っておりますが。
その中で、やはり教育基本法の中で、その使命と職責の重要性に鑑み、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならないというところだろうと私は認識しておりました。だから、教師になって五年、五、六年ぐらい、十年ぐらいはそんなにいい授業はできていなかったなと、今もって反省、何か赤くなるような気持ちがあります、いい授業はちょっと難しかったな。
だけども、今のこの教育基本法にあるように、使命と職責の重要性に鑑みて、その身分は尊重される、そして待遇の適正が期せられるというようなことがこの教育基本法の中できちんとやっぱり保障されているというようなことが、私は教師が教育公務員として存在するその価値ではなかったかというふうに思っております。
そういった意味で、若い先生にとって、自分の今からやろうとする、例えばですね、例えばこういうことなんですよ、中学校でいえば、完全下校が終わって、帰ってしまわないとできないんですよ。例えば、マット運動の研究、水泳の、プールでの研究。常に研究と修養に努めなければならない。だけども、生徒がいる間は、生徒のやっぱり命を預かっているわけですから、自分のことを先に優先してするわけにはいかないんですよ。だから、生徒が帰ってしまわないとできなかった。だから、生徒が帰ってしまうとなると、当然、その労基法的な考え方になると、残業の時間に値するわけですね。だけども、それはやっぱり、教師、教職という職責の中において、夢と希望を持って教育に従事しようとする、使命を果たしていこうとする教師がいるんだということなんですね。だから、だけども、自信がない、これは残業に値するかどうかということ、やってみないと分からないというところがあって、それでも挑戦をしたい。
だから、そういったところを全体的にその教職調整額が、勤務時間の内外を包括的に評価する仕組みである教職調整額があることが有り難かったなというふうに思っておりますが、これがやはり五十年ぶりに少しずつ改正をされていくということは私は有り難いことではないかなと思っておりますが、大臣の見解を伺いたいと思います。
72
斎藤嘉隆(立憲)
ありがとうございます。
これ五十分で、これを子供たちは一日六時間やっていますので。
終わります。
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下野六太(公明)
公明党の下野六太でございます。本日も質問の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
早速質問の方に入らせていただきます。
今、斎藤先生の方が質問された主務教諭のこの続きから、私の認識と、お願い的なところもあります。
主務教諭の役職が開始されることにおいては、私は、頑張っている人が正当な評価を受けるというような視点でいけば、私はいいことではないかと。チーム学校を進めるイメージで主務教諭の皆さんには力を発揮していただければいいなと思っていますが、しかし一方で、教師はチームで闘っていますから、やっぱり若い中堅ぐらいの先生方の中に分断を生むような…
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74望望月禎文部科学省初等中等教育局長
下野委員御指摘のとおり、主務教諭になった、なる、命下される者がどういう学校内の状況が違う中で役割を果たしていくかということにつきましては、具体的には、任命権者から職として任命された後は、具体的なその校務分掌の在り方、担当の名称、例えば生徒会担当とか児童会担当とか、そういうのもあると思います。その各学校の実態に応じて決められるものだというふうに考えています。そこは機動的に考えていただければよろしいかと思います。
そのときに、新たな職務をどんどん主務教諭に付加して、そういう趣旨ではないということもしっかりこちらとしても御説明をしたいと思っておりますし、また…
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- (上の発言)
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下野六太(公明)
是非そのような形で配慮をお願いしたいと思います。
続きまして、教職調整額と残業についてお伺いしたいと思いますが、教育公務員特例法の中で、教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければ、努めねばならないとある。私は、ここが民間の企業で働く皆さんとは違うところではないかというふうに思っています。この基となるのが、教育基本法からこれが出ているというふうに思っておりますが、ここの部分を、私は教職調整額というところで、中学校で三十年間勤務してきたときに私は守っていただいたなというふうに改めて思っているんですが。
どういうことかというと、若い先生が、この教職調整額なかったとしたら、ないとして、残業を管理職に言って認めてもらうかどうかというところで、その若い先生は自分が今からやろうと思っている残業が、それは管理職の目指していく学校経営上の中にあってそれが残業として認められるかどうかというようなことに関しては自信がないんです、それが、自分がやろうと思っていることがですね。だから、それをちょっと残業というのはおこがましいとか、これは残業に値しないんじゃないかとか、でもやりたい、そういう気持ちでいる。私はそうでしたから。だから、それを残業というふうには、認めてもらうにはちょっとどうかなというのが若い先生たちの中にはあると思います。だから、それを教職調整額というような形で私は守ってきていただいたんではないかなというふうに思っておりますが。
その中で、やはり教育基本法の中で、その使命と職責の重要性に鑑み、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならないというところだろうと私は認識しておりました。だから、教師になって五年、五、六年ぐらい、十年ぐらいはそんなにいい授業はできていなかったなと、今もって反省、何か赤くなるような気持ちがあります、いい授業はちょっと難しかったな。
だけども、今のこの教育基本法にあるように、使命と職責の重要性に鑑みて、その身分は尊重される、そして待遇の適正が期せられるというようなことがこの教育基本法の中できちんとやっぱり保障されているというようなことが、私は教師が教育公務員として存在するその価値ではなかったかというふうに思っております。
そういった意味で、若い先生にとって、自分の今からやろうとする、例えばですね、例えばこういうことなんですよ、中学校でいえば、完全下校が終わって、帰ってしまわないとできないんですよ。例えば、マット運動の研究、水泳の、プールでの研究。常に研究と修養に努めなければならない。だけども、生徒がいる間は、生徒のやっぱり命を預かっているわけですから、自分のことを先に優先してするわけにはいかないんですよ。だから、生徒が帰ってしまわないとできなかった。だから、生徒が帰ってしまうとなると、当然、その労基法的な考え方になると、残業の時間に値するわけですね。だけども、それはやっぱり、教師、教職という職責の中において、夢と希望を持って教育に従事しようとする、使命を果たしていこうとする教師がいるんだということなんですね。だから、だけども、自信がない、これは残業に値するかどうかということ、やってみないと分からないというところがあって、それでも挑戦をしたい。
だから、そういったところを全体的にその教職調整額が、勤務時間の内外を包括的に評価する仕組みである教職調整額があることが有り難かったなというふうに思っておりますが、これがやはり五十年ぶりに少しずつ改正をされていくということは私は有り難いことではないかなと思っておりますが、大臣の見解を伺いたいと思います。
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あべ俊子(自民)文部科学大臣
委員にお答えします。
教師におきましては、教師の自主的で自律的な判断、この基づく業務と、また、この校長等の管理職の指揮命令に基づく業務が日常的に本当に混然一体となって行われているこの職務の特殊性がございます。
そうした中で、給特法におきましては、時間外勤務手当ではなく、勤務の内外を包括的に評価していくというものとして教職調整額を支給することにしているところでございます。
教師の行うこの授業の準備、教材研究、ある意味終わりはないものでございまして、そうした中で、文部科学省といたしましては、管理職がその必要性を判断して、どこまでが時間外勤務手当の対象で…
この発言のページ
77
下野六太(公明)
ありがとうございます。
そのような中で、では、参考人の皆さんとの、意見陳述等の中であった聖職ですね、聖職と専門性についてどういうふうに私は考えてきたかというと、私は教職を聖職と自分で考えてきたことは余りない、私は、極めて専門性が必要となる専門職的な意味合いで私は捉えてきました。その中にあって、やはり先ほども申し上げたように、夢とか希望とかを持って挑む、そしてその夢と希望を実現をしていく、そこに教職の大きな、大いなる魅力があるのではなかろうかというふうに思ってきました。企業でいえば歯車的なところで、だから、教師には、授業の手だて、学級経営も任せていただい…
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あべ俊子(自民)文部科学大臣
下野委員にお答えします。
下野委員のお話を聞いて、本当に感動いたしました。やはり、教師が専門性を持って、子供たちに学ぶことのこの達成感、私は、多分、下野先生が教えてくれた子供たちは、クロール、バタフライ、それができるだけじゃなくて、自分の達成感が自分を信じる力になり、その子たちの一生の生きる力になってきたんだろうなというふうに思います。先生がそうして本当に専門性をしっかりと自分で確立をしてくださりながら、子供たちをしっかりと教師として見てくださったこと、私、本当に尊敬申し上げる次第でございます。
そうした中で、教師は、子供たちの人生に対して本当に大き…
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