徐々に進みつつあるかなというふうに思っています。
取り除くという点に関して言うと、例えば徳島県の美波町では、可住地域、ほぼ町の中心地は津波で流されてしまうと。で、いざ復興しようとしたときには応急仮設住宅用地がないがために、多分、残りたいと思った人も出ていかざるを得ない状況に恐らくなるんだろうと。
そうすると、取り除くべき障害というのは応急仮設住宅がないことであるということで、もう既に完成近づきつつありますけれども、事前に防災公園を山を切って造って、いざとなったときにはそこに応急仮設住宅団地を造るとか、場合によっては新しい市街地を造ると、そういった準備をしているところもあります。
復興が目指すべき将来像を考えるといったことについては、都市計画マスタープランの中に、通常の都市計画マスタープランというのは二十年後、二十五年後をこういう姿にしていくんだということを掲げるんですが、その中に被災した場合はこの姿を目指していくんだということを書き込んでいる自治体も既にあります。
加えて、地方の過疎地域、これまで大きく変わっていないようなところに関して言うと、なかなか未来の姿って描きづらいと思うんですね。ただ、時代とともにフェーズが変わってきていて、僕も過疎地域でいろいろ町づくりのお手伝い、伊豆市なんかでもさせていただいているんですけど、そろそろ地域の人たちも気付きつつあって、今のままだともうじり貧で駄目になると。これ、言葉悪いんですけど、座して死を待つか、今何かして変えるかという、その今究極の選択になっていて、活力のあるところに関しては何かやるという選択になってくると。
これ、復興像を考えるときも同じで、ビルド・バック・ベターという言葉がありますけど、あのベターという言葉の中には変化する、変わるということも含まれているんですね。なので、そういう議論を、これ被災した後だと全くできないので、被災する前にやっぱりきちんと積み上げていくと。
それはつまり、今の過疎地域というのはゆっくりとした災害に直面しているとも言えるわけですよね。ですから、そういう意味では、今考える、変化しながら未来を考えていくということと、被災して激変した後、未来を考えるというのは同じロジックで考えることができるので、究極的には、平時の地域づくりを地域挙げて真剣に考えていくことが被災後の将来にもつながっていくということだと思います。
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平木大作(公明)
もう一問、菅野参考人にお伺いしたいんですが、この餅は餅屋の災害対応ということで、本当に、ある意味プロの力もしっかり借りながら適材適所でやっていくということかというふうに受け止めたんですけれども、これ多分、国に言うと、結構もうできているんですよという話を多分したがるのかなとも一方でちょっとお伺いしながら感じていまして。
例えば、例で言っていただいた物流のところなんかでいくと、やっぱり割と最近のその大型の災害のときというのは、やっぱり経産省が割と出張って出てきていて、大丈夫ですって言うんですよね。いわゆるコンビニ物流に結構いろんなものが乗っかっているんです…
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40菅菅野拓大阪公立大学大学院文学研究科人間行動学専攻准教授
そうですね。多分、外から持っていく分には非常に頑張られているというのが実際なんですが、現場のニーズと合わない、マッチしないという。それはなぜなのかというと、ニーズの吸い上げが市町村、都道府県と上がっていくわけですね、そこを仕切っている方は物流なんかやったことない人、これに尽きるなというふうに思っています。
実際には、例えば、避難所に入られているDMATの方の方がよっぽどニーズをしっかり把握していて、ダイレクトにその物流の方々に頼めれば解消するなんということもあります。こういうところがまさに餅は餅屋という世界だと思いますね。でも、それをするには、自治体の…
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平木大作(公明)
ありがとうございます。
続いて、加藤参考人にお伺いをしていきたいんですが、お話の中でやはり度々出てきたのは、やっぱり事前の取組の重要性ということなんだろうと思っていまして、先ほどの私の菅野参考人に対する問いともやっぱり重なるところなんですけど、例えば復旧復興のこの障害を事前に取り除いておくですとか、事前にこの対応支援を整備しておく。割とこの辺は何か、どこからやろうかなということさえ見えてくれば取りかかれるような気がするんですが、やっぱり事前に適切な復興像をつくるみたいなところになると、急にハードルがやっぱりちょっと高いのかなという気がいたします。
実…
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- (上の発言)
42加加藤孝明東京大学生産技術研究所教授/東京大学社会科学研究所特任教授
徐々に進みつつあるかなというふうに思っています。
取り除くという点に関して言うと、例えば徳島県の美波町では、可住地域、ほぼ町の中心地は津波で流されてしまうと。で、いざ復興しようとしたときには応急仮設住宅用地がないがために、多分、残りたいと思った人も出ていかざるを得ない状況に恐らくなるんだろうと。
そうすると、取り除くべき障害というのは応急仮設住宅がないことであるということで、もう既に完成近づきつつありますけれども、事前に防災公園を山を切って造って、いざとなったときにはそこに応急仮設住宅団地を造るとか、場合によっては新しい市街地を造ると、そういった準備をしているところもあります。
復興が目指すべき将来像を考えるといったことについては、都市計画マスタープランの中に、通常の都市計画マスタープランというのは二十年後、二十五年後をこういう姿にしていくんだということを掲げるんですが、その中に被災した場合はこの姿を目指していくんだということを書き込んでいる自治体も既にあります。
加えて、地方の過疎地域、これまで大きく変わっていないようなところに関して言うと、なかなか未来の姿って描きづらいと思うんですね。ただ、時代とともにフェーズが変わってきていて、僕も過疎地域でいろいろ町づくりのお手伝い、伊豆市なんかでもさせていただいているんですけど、そろそろ地域の人たちも気付きつつあって、今のままだともうじり貧で駄目になると。これ、言葉悪いんですけど、座して死を待つか、今何かして変えるかという、その今究極の選択になっていて、活力のあるところに関しては何かやるという選択になってくると。
これ、復興像を考えるときも同じで、ビルド・バック・ベターという言葉がありますけど、あのベターという言葉の中には変化する、変わるということも含まれているんですね。なので、そういう議論を、これ被災した後だと全くできないので、被災する前にやっぱりきちんと積み上げていくと。
それはつまり、今の過疎地域というのはゆっくりとした災害に直面しているとも言えるわけですよね。ですから、そういう意味では、今考える、変化しながら未来を考えていくということと、被災して激変した後、未来を考えるというのは同じロジックで考えることができるので、究極的には、平時の地域づくりを地域挙げて真剣に考えていくことが被災後の将来にもつながっていくということだと思います。
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平木大作(公明)
加藤参考人にもう一問お伺いしたいんですが、ちょっと今日のお話の中には実は言及なかったんですが、事前に読ませていただいた中で流域治水に関してちょっとあったので、関連してちょっとお伺いしてみたいと思います。
読ませていただいた中で、令和元年の十月豪雨の際のあの一宮川について御言及がありまして、私も実は発災直後に現地行っていろいろ歩いていて、書いていただいたものの中には、割と地域の皆さんの理解だったりだとか土地柄みたいなことを書いていただいたんですが、私の割と印象としては大分大混乱というか、なかなかシビアな現場だったなというふうにも一方で思っています。割とす…
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44加加藤孝明東京大学生産技術研究所教授/東京大学社会科学研究所特任教授
流域の特性によって多分それぞれだと思うんですね。
一宮川のその流域治水に関してお手伝いさせていただきながら僕自身が学んだこととしては、やっぱり公の力の限界というものを、市民全体とは言わないまでも、多くの市民がやっぱり理解をしているということが非常に重要だと思います。
これまでの議論の中でも、公のリソースが無限大にあれば何でもできるんですけど、やっぱりないわけですよね。だから、公のリソースが限られているという中で何を取捨選択していくのかという議論が根底に多分なきゃいけなくて、そのことをやっぱり市民が肌感覚で理解できるような状態になっているということが非…
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平木大作(公明)
済みません、鍵屋参考人、塩田参考人にも質問用意していたんですが、時間が参りましたので以上とさせていただきます。
ありがとうございました。
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