加藤孝明東京大学生産技術研究所教授/東京大学社会科学研究所特任教授

2025年5月9日・第217回国会 参議院 災害対策特別委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 42 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 89 発言)

徐々に進みつつあるかなというふうに思っています。

取り除くという点に関して言うと、例えば徳島県の美波町では、可住地域、ほぼ町の中心地は津波で流されてしまうと。で、いざ復興しようとしたときには応急仮設住宅用地がないがために、多分、残りたいと思った人も出ていかざるを得ない状況に恐らくなるんだろうと。

そうすると、取り除くべき障害というのは応急仮設住宅がないことであるということで、もう既に完成近づきつつありますけれども、事前に防災公園を山を切って造って、いざとなったときにはそこに応急仮設住宅団地を造るとか、場合によっては新しい市街地を造ると、そういった準備をしているところもあります。

復興が目指すべき将来像を考えるといったことについては、都市計画マスタープランの中に、通常の都市計画マスタープランというのは二十年後、二十五年後をこういう姿にしていくんだということを掲げるんですが、その中に被災した場合はこの姿を目指していくんだということを書き込んでいる自治体も既にあります。

加えて、地方の過疎地域、これまで大きく変わっていないようなところに関して言うと、なかなか未来の姿って描きづらいと思うんですね。ただ、時代とともにフェーズが変わってきていて、僕も過疎地域でいろいろ町づくりのお手伝い、伊豆市なんかでもさせていただいているんですけど、そろそろ地域の人たちも気付きつつあって、今のままだともうじり貧で駄目になると。これ、言葉悪いんですけど、座して死を待つか、今何かして変えるかという、その今究極の選択になっていて、活力のあるところに関しては何かやるという選択になってくると。

これ、復興像を考えるときも同じで、ビルド・バック・ベターという言葉がありますけど、あのベターという言葉の中には変化する、変わるということも含まれているんですね。なので、そういう議論を、これ被災した後だと全くできないので、被災する前にやっぱりきちんと積み上げていくと。

それはつまり、今の過疎地域というのはゆっくりとした災害に直面しているとも言えるわけですよね。ですから、そういう意味では、今考える、変化しながら未来を考えていくということと、被災して激変した後、未来を考えるというのは同じロジックで考えることができるので、究極的には、平時の地域づくりを地域挙げて真剣に考えていくことが被災後の将来にもつながっていくということだと思います。

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