ありがとうございます。拙稿まで恐縮でございます。
無駄という問いに対して正面からのお答えになるかというところはありますけれども、災害時も、また新型コロナなどその感染症の危機の際にも、極めて資源が制約されている中で無駄があってはならないというのは御指摘のとおりだろうというふうに思います。
そこで、その感染症の方に限ってお話をさせていただきますと、感染症とあと新型インフルエンザ特措法においては、改正前においてはしばしば指摘されるところですけれども、保健所設置市と都道府県との間の、指定都市などの保健所設置市の方からの情報が厚労省に上がってこないという、そういうところでの政策形成への影響ということが弊害として指摘をされて、データでもってどちらにも、どちらからの情報も行くようにという、そういう改正がなされたということもあります。そういう情報の流れの目詰まりといいますか、きちんと届いていないというところ、そこは無駄という言葉かどうかは分かりませんけれども、限られた資源を効果的に公正に使うためのネックになっていたというところはあろうかと思います。
また、組織面でも、国の担当部署が内閣官房と厚労省というふうに分かれていたというところで、自治体が様々な、もう毎日のような事務連絡、通知を受ける際に、二つ窓口があって、それぞれから毎日、もちろんその状況に応じて変化をしなければならないというところはありますけれども、状況の、内容の変わるものが次々と届くと。それに、それをきちんと読み込んで対応すること自体が非常に難しい状況があったということもございますので、そういう組織面でのネックというものもあったかと思います。それが無駄という言葉で片付けられるものではないとは思いますけれども、そういった様々なネックが感染症対応においても現に現れたということはあったと思います。
取りあえず、以上でございます。
49西西出順郎明治大学公共政策大学院教授
じゃ、短くお話しさせてもらいますと、まずEBPMとコスト計算書につきましては、もう少しEBPMが軌道に乗ってから考えた方がいいと思います。
それから、コスト計算書の話については、どこまでいわゆる行政の文脈の中で活用できるかと、この辺を深く精査した上で進めていくとより良くなっていくと思います。やはり民間と行政では財産の管理の仕方等々違うところがございますので、その辺を精査していく必要はあるのかなと思います。
以上でございます。
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50
里見隆治(公明)
どうもありがとうございました。
以上で終わります。
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51
石井苗子(維新)
日本維新の会の石井苗子です。
参考人の皆様、細かいところまでの御示唆をいただきありがとうございます。
私は、国と地方の行政の役割分担に関する件について、国と地方自治体との間で無駄を感じるときはどのようなときかという質問を三名の方々それぞれにお聞きしたいと思います。
BバイCの確保という面も含めまして、まず飯島淳子参考人には、「権限の集中と分散」という論文を拝読させていただきました。中で、コロナの対応、国と地方の関係について書かれていらっしゃいますが、コロナの非常事態と自然災害のときの非常事態は異なる環境ではあります。しかしながら、国と自治体との間の…
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- (上の発言)
52飯飯島淳子慶應義塾大学大学院法務研究科教授
ありがとうございます。拙稿まで恐縮でございます。
無駄という問いに対して正面からのお答えになるかというところはありますけれども、災害時も、また新型コロナなどその感染症の危機の際にも、極めて資源が制約されている中で無駄があってはならないというのは御指摘のとおりだろうというふうに思います。
そこで、その感染症の方に限ってお話をさせていただきますと、感染症とあと新型インフルエンザ特措法においては、改正前においてはしばしば指摘されるところですけれども、保健所設置市と都道府県との間の、指定都市などの保健所設置市の方からの情報が厚労省に上がってこないという、そういうところでの政策形成への影響ということが弊害として指摘をされて、データでもってどちらにも、どちらからの情報も行くようにという、そういう改正がなされたということもあります。そういう情報の流れの目詰まりといいますか、きちんと届いていないというところ、そこは無駄という言葉かどうかは分かりませんけれども、限られた資源を効果的に公正に使うためのネックになっていたというところはあろうかと思います。
また、組織面でも、国の担当部署が内閣官房と厚労省というふうに分かれていたというところで、自治体が様々な、もう毎日のような事務連絡、通知を受ける際に、二つ窓口があって、それぞれから毎日、もちろんその状況に応じて変化をしなければならないというところはありますけれども、状況の、内容の変わるものが次々と届くと。それに、それをきちんと読み込んで対応すること自体が非常に難しい状況があったということもございますので、そういう組織面でのネックというものもあったかと思います。それが無駄という言葉で片付けられるものではないとは思いますけれども、そういった様々なネックが感染症対応においても現に現れたということはあったと思います。
取りあえず、以上でございます。
53西西出順郎明治大学公共政策大学院教授
御質問ありがとうございます。
これも非常に重要な問題で、まず二つ、ちょっと簡単な言葉を説明させてもらいます。
EBPMという言葉をやゆして、一つこういう言葉があります。PBEMです。ポリシー・ベースド・エビデンス・メーキング、これは私の言葉じゃなくて、有名な欧米の行政学者が時々使う、皮肉めいて使う言葉です。要は、先ほどの話の延長線上にあります。自分の都合のいいエビデンスをつくるということですね。ポリシー・ベースド・エビデンス・メーキングじゃなくて、エビデンス・ベースド・ポリシー・メーキング。まあ、でも、これが実態です。
もう一つ申し上げると、なぜ我…
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石井苗子(維新)
今のところなんですが、生物統計学を専攻したんですけれども、やっぱりそこの中で、さっきも質問したんですが、EBPMを行う必要があるかどうかという点が整理されていないと不必要な政策評価を行ってしまうのではないかと、それがその無駄を生み出す可能性があるんじゃないかというふうに、ここはどのようにお考えでしょうか。EBPMを行う必要があるかどうかという点が整理される必要があると先生はお考えでしょうか。
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55西西出順郎明治大学公共政策大学院教授
この件については私としては同意します。要は、政策の中でも全てを、EBPMといいますか評価といいますか、客観的な、科学的な根拠で価値判断ができることはあり得ません。いろんな価値判断があります。
教育の世界、例えば考えましょう。大学があります、大学の価値、大学の効果はあるんですかといったら、それは就職なのか、個々人の論理的な思考を伸ばすためなのか、それとも個人のプレゼンテーション能力を伸ばすためなのか、いろんな価値判断があります。そういうのを一つの物差しだけで測ることはできません。しかしながら、評価をしようとすると、物差しの数を限定しなければなりません。そ…
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