戦史室の創設以来、一九七〇年代までに在籍した戦史編さん官の人数と、そのうち旧軍関係者の人数、お示しください。
山添拓 (日本共産党)
2025年4月24日・第217回国会 参議院 外交防衛委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 133 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 166 発言)
前後のやりとり
繰り返しになりますけれども、御指摘の公文書の公開審査実施計画が作成されたのは約四十年前でありまして、個別の記述や、それが公開、非公開の判断にどのように適用されたかについて確たることを申し上げるのは困難であります。 先ほど申し上げましたとおり、これらの内規は平成二年に定められた図書館史料庫の立入り等に関する内規によって廃止されております。また、平成十三年には、戦史史資料の閲覧利用規則が定められまして、戦史史料の利用の制限が情報公開法に準拠することが明文化されました。さらに、平成二十三年以降は、公文書管理法施行令等に基づきまして、個人や法人等に関する情報で…
四十年以上前だといって、昔のことだと言いたいようなんですが、戦史史料室ですからね。歴史を扱ってきているわけですよ。昔のものだから確認できないと言い出したら何のための史料室かということになってしまいます。
これらの規定に基づいて、摘出とされた史料を調査して報告するように求めたいと思います。
後刻理事会で協議いたします。
- (上の発言)
戦史室の創設以来、一九七〇年代までに在籍した戦史編さん官の人数と、そのうち旧軍関係者の人数、お示しください。
お答えいたします。
昭和四十八年五月に防衛研修所戦史室により作成された「戦史編纂沿革・履歴・索引」によれば、戦史室に在籍した戦史編さん官等の人数は百二十一人でありまして、その全員が旧軍関係者であったと記されております。
資料二のき弾射撃の史料について、人を使用して行った試験の成績であり、得難い貴重なものと所見を記した辻秀雄氏も元陸軍少佐で旧軍人です。 ここに史料管理上の最高責任者とある西浦進戦史室長の終戦直前の地位はシナ派遣軍参謀とあります。日米開戦直前、東条内閣が誕生した一九四一年十月からは陸軍大臣秘書官、翌年四月からは陸軍軍務局軍事課長を務めた元大佐で、当時陸軍大臣は東条英機が総理大臣と兼任をしておりました。したがって、西浦氏は、文字どおり旧陸軍の中枢にいた人物です。今お話あったように、戦史の編さんというのは全て旧軍関係者が扱ってきたわけです。 大臣は冒頭、旧日…
今御質問にありました西浦進氏でありますけれども、先ほど申し上げた「戦史編纂沿革・履歴・索引」によれば、大正十一年に陸軍士官学校を卒業した後、昭和十七年に陸軍省軍務局軍事課長を務め、昭和三十一年に防衛研修所戦史室長となったことが記されております。
防衛研究所は、自衛隊の管理及び運営に関する基本的な調査研究を行う機関であります。戦史叢書は戦史研究センターの前身である戦史室が自衛隊の教育又は研究の資とすることを目的として刊行したものでありまして、他の防衛研究所の刊行物と同様に防衛省や防衛研究所としての見解を示したものではありません。