皆さん、こんにちは。割田伊織と申します。
今日は、このような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます。
本日は、ここにいる妻、武井七海とともに、選択的夫婦別姓の実現を望む当事者として、香川県の瀬戸大橋のたもとから参りました。ふだんは会社員として働いており、このような場所に来るのは初めてですので、大変緊張しております。どうぞよろしくお願いいたします。
私たちは、先月結婚式を挙げたばかりの事実婚の夫婦です。妻とは大学生のときに出会いました。
なぜ私たちが事実婚を選んだかについてお話しします。
私たちは、二〇二三年から一緒に暮らしています。自然と、この人と一緒に生きていくんだろうなと感じるようになりました。しばらくすると、結婚の話題も増えてきました。名字の話にもなりました。
妻からは、武井七海という氏名を変えたくないと言われました。私は、当初、自分が名字を変えてもいいと思っていました。なぜなら、身近に、結婚して名字を変えた男性もいたからです。小学生の頃には、社会の授業で先生から、将来結婚して名字を変えてもいいと思う人と聞かれ、手を挙げたことも、おぼろげながら記憶しています。
このように、私は、以前から、将来結婚して自分の名字が変わるかもしれない、そう思って生きてきました。ですから、名字の話になったとき、私は、僕が変えてもいいよと答えられるはずでした。
でも、そうは答えられませんでした。妻と同じように、自分も名字を変えたくないかもしれないと気づいたからです。私は、名字で呼ばれることも多く、割田という珍しい名字を気に入っていました。名字は、自分を自分たらしめる大事な一部分でした。
自分の名字を変えたくない気持ちに気づいた私は、しばらく結婚の話を避けるようになってしまいました。
そんな中、妻から、どっちの名字にするか、じゃんけんで決めると言われました。はっとしました。じゃんけんで決めるということは、じゃんけんで負けたら変えなければならないということです。私は、そのとき、やはり自分は絶対に名字を変えたくない、そう確信しました。
かつては変えてもいいと思っていたはずの自分が、いざ現実に変えるかもしれないという状況に立たされたとき、はっきりと、名字を変えたくない、そう思ってしまったのです。もしかしたら、心のどこかで、妻が名字を変えてくれるかもしれないと思っていたのかもしれません。
しかし、自分が嫌だと思うことを妻にさせるのは違うと思いました。そして、私たちは結婚を一旦保留にしました。
そんな中、妻から、二〇二四年三月に、香川県内全ての自治体の議会で選択的夫婦別姓についての意見書が可決されたというニュースを聞きました。
それまで選択的夫婦別姓という言葉は聞いたことはあったものの、そういうものを求めている人もいるんだなと人ごとのように受け止めていました。それが、突然、自分自身の問題になったのです。まさか自分が今日ここでこのような話をするとは夢にも思っていませんでした。
私と妻は、選択的夫婦別姓が実現したら婚姻届を提出しよう、それまでの間は事実婚という形を取ろう、そう話し合いました。そして、婚姻届それ自体は出せないけれども、その代わりになるような、何か結婚のあかしのようなものが欲しいと思い、インターネットで知った公正証書というものを作成することにしました。
当初、公正証書を作成すれば、事実婚でも法律婚と同じように扱われると思っていました。しかし、作っていく過程で、それが二人だけの約束にすぎないことを知りました。弁護士に相談した際にも、そう言われました。
実際、公正証書を作った後も、会社の慶弔休暇は取得できませんでしたし、社宅にも入れませんでした。自治体の新婚世帯向けの補助も受けられませんでした。結婚資金の贈与を受ける際の非課税制度も利用できませんでした。
また、お互いの入院や手術など万が一のときに、事実婚では病院から夫婦として扱われないことがあるなど、様々な場面で法律婚と異なる扱いを受けるという話を聞き、ますます不安になっています。
公正証書を作った約半年後の今年四月、一般社団法人「あすには」の事実婚当事者の意識調査が発表されました。
調査によれば、二十代から五十代で事実婚をしている人のうち、選択的夫婦別姓が実現したら婚姻届を提出するという、いわゆる結婚待機人数が全国で五十八・七万人いると推計されるとのことでした。私たちの考えが特殊なわけではなく、全国に同じような思いを抱いているカップルが大勢いると知って、とても勇気づけられました。
また、調査には、過去に事実婚をしていて現在法律婚に移行した人への、事実婚時代の困り事についての質問もありました。事実婚では子供を持つことにちゅうちょがあるという回答の割合が最も高く、二十代、三十代を見るとその傾向は顕著でした。
妻も同じように感じていたそうです。将来子供を育てたいという気持ちはあったものの、このまま事実婚の状態で子供を育てていいのか、何かあったときに子供を守ってあげられるのだろうかなどと考えてしまい、無意識のうちに子供の話を避けていたことに気づいたそうです。事実婚という状態が、家族の将来を考えることへのハードルになっていたのだと思います。
事実婚であることを周りに伝えると、割田という名字をビジネスネームにすればいいんじゃないと言われたこともあります。しかし、私にとって、割田伊織という一つの氏名が私自身を表す唯一のものであり、この割田伊織という氏名を変えたくないと思っています。
たとえ旧姓に法的な根拠が与えられ、様々な場面で使えるようになったとしても、私は戸籍名を変えることはしたくありません。使えればいい、周りから呼んでもらえればいいというわけではないのです。なぜなら、戸籍名こそが私の本当の名前だと思うからです。
妻も、私と同じように、武井七海という氏名を大切にしています。だからこそ、選択的夫婦別姓が実現しなければ、私たちは結婚することができないのです。
どうか、一日も早く選択的夫婦別姓を実現してください。よろしくお願いいたします。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
5
西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、井田参考人にお願いいたします。
この発言のページ
6井井田奈穂一般社団法人あすには代表理事
この六年間、法改正を求めてきた当事者団体として、法案提出してくださった各党の皆様、二十八年ぶりに審議をしてくださっている衆院法務委員会の皆様に、心より感謝を申し上げます。
全国、そして海外に暮らす千人を超えるメンバーと支援者を代表して、当事者の声を届けさせていただきます。
まず初めにお伝えしたいのは、この度の委員会審議の中で、改姓に伴うアイデンティティー喪失を軽視するような発言、困っている人はいない、いたとしても極めて少数であるなどの発言がなされていることです。大変残念に感じておりますし、多くの当事者が傷ついております。
私のことをお話しします。
…
この発言のページ
7
西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、割田参考人にお願いいたします。
この発言のページ
- (上の発言)
8割割田伊織事実婚当事者
皆さん、こんにちは。割田伊織と申します。
今日は、このような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます。
本日は、ここにいる妻、武井七海とともに、選択的夫婦別姓の実現を望む当事者として、香川県の瀬戸大橋のたもとから参りました。ふだんは会社員として働いており、このような場所に来るのは初めてですので、大変緊張しております。どうぞよろしくお願いいたします。
私たちは、先月結婚式を挙げたばかりの事実婚の夫婦です。妻とは大学生のときに出会いました。
なぜ私たちが事実婚を選んだかについてお話しします。
私たちは、二〇二三年から一緒に暮らしています。自然と、この人と一緒に生きていくんだろうなと感じるようになりました。しばらくすると、結婚の話題も増えてきました。名字の話にもなりました。
妻からは、武井七海という氏名を変えたくないと言われました。私は、当初、自分が名字を変えてもいいと思っていました。なぜなら、身近に、結婚して名字を変えた男性もいたからです。小学生の頃には、社会の授業で先生から、将来結婚して名字を変えてもいいと思う人と聞かれ、手を挙げたことも、おぼろげながら記憶しています。
このように、私は、以前から、将来結婚して自分の名字が変わるかもしれない、そう思って生きてきました。ですから、名字の話になったとき、私は、僕が変えてもいいよと答えられるはずでした。
でも、そうは答えられませんでした。妻と同じように、自分も名字を変えたくないかもしれないと気づいたからです。私は、名字で呼ばれることも多く、割田という珍しい名字を気に入っていました。名字は、自分を自分たらしめる大事な一部分でした。
自分の名字を変えたくない気持ちに気づいた私は、しばらく結婚の話を避けるようになってしまいました。
そんな中、妻から、どっちの名字にするか、じゃんけんで決めると言われました。はっとしました。じゃんけんで決めるということは、じゃんけんで負けたら変えなければならないということです。私は、そのとき、やはり自分は絶対に名字を変えたくない、そう確信しました。
かつては変えてもいいと思っていたはずの自分が、いざ現実に変えるかもしれないという状況に立たされたとき、はっきりと、名字を変えたくない、そう思ってしまったのです。もしかしたら、心のどこかで、妻が名字を変えてくれるかもしれないと思っていたのかもしれません。
しかし、自分が嫌だと思うことを妻にさせるのは違うと思いました。そして、私たちは結婚を一旦保留にしました。
そんな中、妻から、二〇二四年三月に、香川県内全ての自治体の議会で選択的夫婦別姓についての意見書が可決されたというニュースを聞きました。
それまで選択的夫婦別姓という言葉は聞いたことはあったものの、そういうものを求めている人もいるんだなと人ごとのように受け止めていました。それが、突然、自分自身の問題になったのです。まさか自分が今日ここでこのような話をするとは夢にも思っていませんでした。
私と妻は、選択的夫婦別姓が実現したら婚姻届を提出しよう、それまでの間は事実婚という形を取ろう、そう話し合いました。そして、婚姻届それ自体は出せないけれども、その代わりになるような、何か結婚のあかしのようなものが欲しいと思い、インターネットで知った公正証書というものを作成することにしました。
当初、公正証書を作成すれば、事実婚でも法律婚と同じように扱われると思っていました。しかし、作っていく過程で、それが二人だけの約束にすぎないことを知りました。弁護士に相談した際にも、そう言われました。
実際、公正証書を作った後も、会社の慶弔休暇は取得できませんでしたし、社宅にも入れませんでした。自治体の新婚世帯向けの補助も受けられませんでした。結婚資金の贈与を受ける際の非課税制度も利用できませんでした。
また、お互いの入院や手術など万が一のときに、事実婚では病院から夫婦として扱われないことがあるなど、様々な場面で法律婚と異なる扱いを受けるという話を聞き、ますます不安になっています。
公正証書を作った約半年後の今年四月、一般社団法人「あすには」の事実婚当事者の意識調査が発表されました。
調査によれば、二十代から五十代で事実婚をしている人のうち、選択的夫婦別姓が実現したら婚姻届を提出するという、いわゆる結婚待機人数が全国で五十八・七万人いると推計されるとのことでした。私たちの考えが特殊なわけではなく、全国に同じような思いを抱いているカップルが大勢いると知って、とても勇気づけられました。
また、調査には、過去に事実婚をしていて現在法律婚に移行した人への、事実婚時代の困り事についての質問もありました。事実婚では子供を持つことにちゅうちょがあるという回答の割合が最も高く、二十代、三十代を見るとその傾向は顕著でした。
妻も同じように感じていたそうです。将来子供を育てたいという気持ちはあったものの、このまま事実婚の状態で子供を育てていいのか、何かあったときに子供を守ってあげられるのだろうかなどと考えてしまい、無意識のうちに子供の話を避けていたことに気づいたそうです。事実婚という状態が、家族の将来を考えることへのハードルになっていたのだと思います。
事実婚であることを周りに伝えると、割田という名字をビジネスネームにすればいいんじゃないと言われたこともあります。しかし、私にとって、割田伊織という一つの氏名が私自身を表す唯一のものであり、この割田伊織という氏名を変えたくないと思っています。
たとえ旧姓に法的な根拠が与えられ、様々な場面で使えるようになったとしても、私は戸籍名を変えることはしたくありません。使えればいい、周りから呼んでもらえればいいというわけではないのです。なぜなら、戸籍名こそが私の本当の名前だと思うからです。
妻も、私と同じように、武井七海という氏名を大切にしています。だからこそ、選択的夫婦別姓が実現しなければ、私たちは結婚することができないのです。
どうか、一日も早く選択的夫婦別姓を実現してください。よろしくお願いいたします。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
9
西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、寺原参考人にお願いいたします。
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10寺寺原真希子第三次選択的夫婦別姓訴訟弁護団長
弁護士の寺原と申します。
本日は、発言の機会をありがとうございます。また、今回法案を提出くださった三党の皆様には、その御尽力に心から感謝申し上げます。
私からは、最高裁判決の位置づけ、婚姻の本質と戸籍の根幹、それから旧姓の法制化では解決しないことの三点について、いずれも感情論ではなく、法的な立場から整理して申し上げたいと思います。
まず第一に、夫婦同氏制度に係る最高裁判決の位置づけですが、お手元の資料一ページにて抜粋しておりますとおり、最高裁は、選択的夫婦別氏制度の合理性を否定したものではなく、むしろ、改姓によるアイデンティティーの喪失感、男女間の…
この発言のページ
11
西村智奈美(立憲)
ありがとうございました。
次に、志牟田参考人にお願いいたします。
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