藤田文武 (日本維新の会)

2025年6月11日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第22号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 67 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 282 発言)

お答え申し上げます。

便利、不便利、又は不具合とか不利益とかという言葉は、私が編み出したわけではなくて、一般的に使われているので、それを踏襲したり引用したりして使わせていただいているわけでありますが、まず前提として、氏を改めることによってアイデンティティーの喪失を感じる方がおられるということについては、維新案の提出者としても十分理解しているところでございます。その点、維新案が施行されれば、婚姻により氏を改めた方が、あらゆる公的書類における氏の記載はもちろんのこと、職業生活や社会生活のあらゆる場面で旧氏を使用できるということが想定されるために、一定、その喪失感はある程度まで解消されるのではないかというふうに考えています。

ただし、私もいろいろな方にヒアリングをしたりして、昨日の参考人の中からもありましたが、小さな不便の積み重ねがアイデンティティーを一つ一つ毀損するという、つまりそういう実務的な話とアイデンティティーはリンクしているよというお話もあります。そのとおりだと思います。ですから、逆に言うと、そういう不便が全て解消されるわけですから、一定緩和されるのは、これは当然だと思うんですね。

ただし、やはり、理想を求めておられる方、又はそれでも納得ができない方というのは一定おられるというのは、それは承知しています。それは、制度は、全ての制度に一〇〇%がないゆえに、しようがない宿痾だと考えています。ただし、あのとき私申し上げましたが、全ての個人の御希望や御要望を社会全体の制度として取り入れるかということについては、一つ一つやはり合意形成が必要なわけでありまして、それは世論調査を参考にもするし、そして、それを、二択、三択問題もありましたけれども、より解像度の高い形で酌み取った上で、こうして国会の場で議論をし合意形成をしていくというのが本来の姿でありまして、個人の御希望というのをかなえたいという思いは、私は一にしていると思いますが、それが社会全体の制度として取り入れられるかということについては、総合的な合意形成、こういう思いでおります。

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