山先生、昭和五十四年お生まれということで、羨ましいぐらいお若いなと思って聞いておりました。五十四年は、私、大学に入った年でございましたので。一番記憶に残っておられるのは御巣鷹ということでございましたが。
今お話しいただいたように、昭和、これは、未曽有の激動と変革、苦難と復興の時代だと。その中でも、多くの人々が犠牲になったさきの大戦、これは極めて大きな出来事であるというふうに考えております。
亡くなった父が時々話しておったんですが、御案内のように、広島の後、小倉に原爆を落とすというプランがあった。もし小倉に落ちていたとしたら、私は下関ですので、おまえはいなかった、こういうふうに言われたのを、子供の頃、よく覚えております。小学校の同級生にも被爆二世というのがおられて、体調を非常に気遣われていたので、何だろうなと思って聞いたら、そういうことだったということもございました。
こういう個人的な体験もございますので、今後とも、平和を希求する歩み、これを続けていかなければならないと思っておりますし、歴史の教訓を次世代に継承していくということが大変大事であり必要であると思っております。
来年が、昭和元年である一九二六年から起算して百年ということでございまして、この昭和百年をきっかけとして、昭和の時代を顧みて将来に思いを致す、このことは大変意義深いことであると思っております。
この昭和百年が、いつの時代にあっても忘れてはならない平和の誓い、これを継承して、将来にわたって国際社会の安定と繁栄への貢献につなげていく機会にもなりますように、関係府省と連携して具体的な関連施策の検討を進めてまいりたいと考えております。
6山山登志浩(立憲)
基本的に、指針だとかハンドブックとかがあって形は整っているけれども、まだ一部の金融機関、一部の支店などの取組に限定をされていると思うんです。三井住友銀行などのメガバンクよりも、やはり、地方の住民にとって身近なのは、ゆうちょ銀行でありますとか地方銀行、あるいは信用金庫です。そういったところに住民の方が出かけていって、様々な用を足しているわけであります。
そこで、三原大臣にお尋ねしたいと思いますが、所信表明で、障害者に対する偏見や差別のない共生社会の実現に政府一丸となって取り組むと述べられました。
三原大臣がリーダーシップを発揮していただいて代読、代筆サ…
この発言のページ
7
三原じゅん子(自民)内閣府特命担当大臣(こども政策・少子化対策・若者活躍・男女共同参画・共生・共助)
障害のある方が生活の中で感じる社会的障壁を取り除くというのは社会の責務であるという考えの下、令和六年四月から、障害者差別解消法に基づき、合理的配慮の提供を民間事業者に義務づけており、金融機関も義務づけの対象となっています。
全国の事業者においても合理的配慮の提供等を徹底していただけるよう、事業所管ごとに担当大臣が対応指針を策定しており、現場で本法の趣旨が徹底されることが重要であると考えております。
先ほど金融庁から答弁がありましたとおり、金融業における合理的配慮の提供等の徹底に向け、金融庁においても御努力をいただいているものと承知しておりますが、生活…
この発言のページ
8山山登志浩(立憲)
大臣、ありがとうございます。
今御答弁いただいたとおり、一応形は整っているんですけれども、まだまだサービスが浸透していないわけですので、金融機関の従業員、職員にきちっと検証をするよう促したり、あるいは、こういうサービスを提供していますよというのを、ポスターを貼っていただいたりとかプレートを置いていただいたりとか、そういったきめ細かな対応を心からお願いしたいと思います。
三原大臣、どうもありがとうございました。どうぞ退室なさってください。ありがとうございます。
続きまして、二点目に、林官房長官にお尋ねしたいと思います。
所信表明の中で、「昭和百年」…
この発言のページ
- (上の発言)
9
林芳正(自民)内閣官房長官
山先生、昭和五十四年お生まれということで、羨ましいぐらいお若いなと思って聞いておりました。五十四年は、私、大学に入った年でございましたので。一番記憶に残っておられるのは御巣鷹ということでございましたが。
今お話しいただいたように、昭和、これは、未曽有の激動と変革、苦難と復興の時代だと。その中でも、多くの人々が犠牲になったさきの大戦、これは極めて大きな出来事であるというふうに考えております。
亡くなった父が時々話しておったんですが、御案内のように、広島の後、小倉に原爆を落とすというプランがあった。もし小倉に落ちていたとしたら、私は下関ですので、おまえはいなかった、こういうふうに言われたのを、子供の頃、よく覚えております。小学校の同級生にも被爆二世というのがおられて、体調を非常に気遣われていたので、何だろうなと思って聞いたら、そういうことだったということもございました。
こういう個人的な体験もございますので、今後とも、平和を希求する歩み、これを続けていかなければならないと思っておりますし、歴史の教訓を次世代に継承していくということが大変大事であり必要であると思っております。
来年が、昭和元年である一九二六年から起算して百年ということでございまして、この昭和百年をきっかけとして、昭和の時代を顧みて将来に思いを致す、このことは大変意義深いことであると思っております。
この昭和百年が、いつの時代にあっても忘れてはならない平和の誓い、これを継承して、将来にわたって国際社会の安定と繁栄への貢献につなげていく機会にもなりますように、関係府省と連携して具体的な関連施策の検討を進めてまいりたいと考えております。
10山山登志浩(立憲)
どうも御答弁ありがとうございます。
やはり、戦争と平和の問題こそ、この「昭和百年」関連施策で最も重要なテーマというふうに位置づけていただけるというふうに理解をしました。
続けて質問をさせていただきますが、先日、広島市の市長と長崎市の市長が虎ノ門にありますアメリカ大使館を訪れまして、是非被爆地を、米国の、アメリカの大統領に訪れてほしいという要請をされました。一月二十八日であります。
先日の代表質問でもありましたが、核兵器禁止条約の締約国会議へオブザーバー参加してほしいというような思いもありますが、そういったこともしかりですけれども、やはり、アメリカの…
この発言のページ
11
林芳正(自民)内閣官房長官
我が国としては、唯一の戦争被爆国でございますので、核兵器による広島、長崎の惨禍は決して繰り返してはならない、こうした信念の下で、核兵器のない世界の実現に向けて、米国とも協力しながら、現実的かつ実践的な取組を積み重ねていくということが重要であると考えております。
外務大臣として広島サミットにも、当時の岸田総理に同席いたしまして、資料館、首脳を始め皆様に見ていただきましたので、こういうことの重要さは承知をしているつもりでございます。
今お話があったことも含めて、しっかり総理と共有したいと思っております。
この発言のページ
12山山登志浩(立憲)
大臣は様々な知見をお持ちで、政治家として、また大臣としての経験も豊富ですので、是非、平和行政、地方の平和行政を後押ししていってください。よろしくお願いします。
続きまして、先日、石破首相が日本国際問題研究所というところのシンポジウムに出席をし、これは報道ベースですけれども、今年は敗戦八十年、あえて敗戦後と言うが、終戦という言い方では事の本質を間違える、今を逃して戦争の検証はできないというふうに発言をされております。また、戦争体験者が非常に高齢化していることを踏まえて、残された時間はそんなに長くないという認識を持っていると発言されました。もっともなことだ…
この発言のページ