林芳正 (自由民主党)内閣官房長官

2025年2月12日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 9 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 375 発言)

山先生、昭和五十四年お生まれということで、羨ましいぐらいお若いなと思って聞いておりました。五十四年は、私、大学に入った年でございましたので。一番記憶に残っておられるのは御巣鷹ということでございましたが。

今お話しいただいたように、昭和、これは、未曽有の激動と変革、苦難と復興の時代だと。その中でも、多くの人々が犠牲になったさきの大戦、これは極めて大きな出来事であるというふうに考えております。

亡くなった父が時々話しておったんですが、御案内のように、広島の後、小倉に原爆を落とすというプランがあった。もし小倉に落ちていたとしたら、私は下関ですので、おまえはいなかった、こういうふうに言われたのを、子供の頃、よく覚えております。小学校の同級生にも被爆二世というのがおられて、体調を非常に気遣われていたので、何だろうなと思って聞いたら、そういうことだったということもございました。

こういう個人的な体験もございますので、今後とも、平和を希求する歩み、これを続けていかなければならないと思っておりますし、歴史の教訓を次世代に継承していくということが大変大事であり必要であると思っております。

来年が、昭和元年である一九二六年から起算して百年ということでございまして、この昭和百年をきっかけとして、昭和の時代を顧みて将来に思いを致す、このことは大変意義深いことであると思っております。

この昭和百年が、いつの時代にあっても忘れてはならない平和の誓い、これを継承して、将来にわたって国際社会の安定と繁栄への貢献につなげていく機会にもなりますように、関係府省と連携して具体的な関連施策の検討を進めてまいりたいと考えております。

前後のやりとり

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