2025年3月24日・第217回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 146 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 170 発言)

私は、企業、団体からパーティー券も買ってもらったから何かあるわけではないとは胸を張って自分では実は言えないんですよ。こうやって舌鋒鋭く委員会で批判しますけれども、もらったら、ちょっとこの問題を質問するのはやめておこうかなと思っちゃうのが人間の気持ちであって。だって、そうしなきゃ人間同士の信頼関係なんて生まれないと思いますよ。だから、私はそれがまずいと思うからやはりある程度のけじめをつけたいと思っているんです。別に、小泉さんを批判したくて言っているんじゃないんですね。

あと、私、ヨーロッパにこの夏に行って思ったのは、ほとんどの国は、イギリスもドイツもお金集めは原則、党がやるんですね。個人がパーティーをやったり資金を集めたりというのはそんなにないんですよ。党員を集めて党費を取ることはあっても、お金を政治家が集めるなんというのは本来、政治家の仕事じゃないと私は思うんですね。

それはもう、平成の政治改革でも同じようなことをずっと言われてきたんですよ。金集めに政治家は終始するんじゃなくて政策をつくるのに時間を費やそうじゃないか、不毛な利益誘導政治による疲弊から政党と政治家を解放し、健全な政党間競争と政策選択によって政治のダイナミズムを蘇生する、これが政治改革の基本方針だと。私は何度もこれを言っていますけれども、民間政治臨調が言っているんですね。そうした思いの下でやっているんですよ。

たまたまこの委員会を見ると、後藤さんとか江田さんとか高井さんとか、何で我々はみんな野党でいるのか。別に、自民党で出られなかったから野党でいるわけじゃないですよ。僕らが平成の最初の頃に役所に入って、いろいろな政策をやろうとして圧力を受けたことが、先ほど高井さんからもそうした発言がありましたよね。電力、ガスの自由化とか構造改革特区とか、いろいろなことを私はやってきました。でも、やはり最後は自民党の部会を通すことを考えたらこうしなきゃならないとか、必ずそうやって思ったことをやれなかった歴史があったんですよ。

ここで私たちが議論しなきゃならないのは、企業・団体献金が善か悪かという哲学論争じゃないと思うんです。平成の三十年間、なぜこの国は停滞したのか。そのときに、企業・団体献金とかお金にまつわる問題で政治がねじ曲げられてとか、政策が曲げられていると言うとまた立憲民主党的に思われちゃうから。でも、本当にこれはね、この三十年間の平成の政治改革を眺めてきてそれでいいんですかと、そこから我々は議論するのがスタートなんじゃないですか。

聞いていると、平成の政治改革のときの証文の文章には企業・団体献金の廃止があるかないかとか、そうしたことばかりなんですよ。本質論が除かれている。我々は政治活動をやる以上はお金も必要だ、だから本音で、その両面から、両方の折り合いを見つける制度として何が必要かという議論を本当はやるべきだった。もう一週間以上過ぎて言うのは遅いんだけれども、それこそやるべきことだったと思うんですけれども、小泉さん、どう思われますか。

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