駿河台大学名誉教授の成田でございます。
令和の政治改革も、開始以来、一年以上が経過いたしました。是非、今国会におきまして実り多い改革が実現いたしますよう祈念いたしております。
冒頭では、平成の政治改革につきまして、特に、石破総理が昨年十二月五日の衆議院予算委員会で、「一九九四年の政党助成法成立時に、政党助成金を導入する代わりに企業・団体献金は廃止の方向となったというようなことは、そういう事実は実際にございません。」と発言された点に関わる事実関係を中心にお話しさせていただきます。
私は、政治改革の当初は国会図書館調査局の政治議会課長として、与野党の先生方に政治改革の課題や諸外国の実例などの調査サービスを御提供しつつ、与党、野党を問わず各党の政治改革案の取りまとめに関わらせていただきました。また、平成五年八月発足の細川内閣においては、細川総理の政務秘書官として、総理の手足となって政治改革に取り組ませていただきました。
本日は、これらの体験を基にお話しさせていただきます。
政党助成法案が初めて国会に提出されたのは、海部内閣の政治改革三法案の一つとしてです。この法案は廃案となり、その後、平成五年の通常国会では、社会党と公明党も政党交付金交付法案を含む政治改革法案を共同で提出しました。
四月十六日の衆議院の特別委員会の審議で、公明党の一年生議員の山口那津男議員が質疑に立ち、社会・公明党案で企業・団体献金を全面的に禁止していることと政党交付金導入との関係について尋ね、社会党の提出者が、政党が税金から公的助成をもらうためには、国民が批判している企業献金は廃止しないと納得を得られないと答弁されました。
山口議員は、一方の自民党案が、政党助成を導入しながら、逆に企業、団体の政党への寄附の限度枠を従来の二倍に拡大しているのは果たして納税者の理解を得られるかを尋ね、自民党の額賀福志郎議員が、我々の政治活動が透明性を持ってきちんと信頼される形をつくり上げていきたいということを考えて、政党助成ということを皆さん方にお願いいたしたということでございますと答弁されました。
このほか、民社党は独自の法案要綱を発表し、やはり政党への公費助成を前提に、企業・団体献金は廃止するという立場を取りました。
以上から、平成の政治改革では二つの考え方があったことが分かります。一つは、政党助成を導入し、代わりに企業・団体献金は禁止するという考え方、もう一つは、政党助成を導入するとともに、企業・団体献金の政党への限度額も増額し、政党中心の選挙制度の導入と併せて政党の財政基盤の強化を図ろうとする考え方です。石破総理の御発言は、当時、石破総理が自民党にいらしたかどうかは別としまして、この自民党の考え方によるものと言えるでしょう。
事実の経過を申し上げますと、この自民党の考え方の案は衆議院で廃案又は否決となり、その後、成立したのは、政党助成を導入する代わりに企業・団体献金は抑制するという当時の野党の考え方の案でした。
次に、細川内閣での経緯について申し上げます。
細川政権誕生の出発点となった平成五年七月二十三日の日本新党とさきがけによる政治改革政権の提唱、及び、それに賛同した八党派による七月二十九日の連立政権樹立に関する合意事項では、共に、政党助成の導入による企業・団体献金の廃止がうたわれていました。
また、八月二十三日の所信表明演説で、細川総理は、「企業・団体献金については、腐敗のおそれのない中立的な公費による助成を導入することなどにより廃止の方向に踏み切ることといたします。」と述べられました。
その後取りまとめられました細川内閣の政治改革法案では、政党助成を導入するとともに、本則では、企業・団体献金は政治家の政治団体に対しては禁止し、政党と政党の政治資金団体に対してのみ可能とし、附則第九条で、政党と政治資金団体に対する企業・団体献金も五年後に見直すとされました。
即時全面禁止とならなかったのは、新生党やさきがけなど自民党離党組が激変緩和の必要性を主張し、企業・団体献金禁止を強く主張していた社会党も、比例議席二百五十議席と比例の全国名簿を取ることを優先して、企業・団体献金禁止で譲歩したためです。
ただし、社会党内では、附則の五年後見直しは五年後廃止の意味だと説明されました。このことは、本日臨むに当たって、当時の社会党執行部関係者にも確認してまいりました。また、細川氏も、先週お会いして話を伺いましたが、五年後に即時廃止かはともかく廃止に踏み出すものと受け取っていたということでした。
細川内閣の政治改革法案が参議院で否決となり、平成六年一月二十八日の細川総理と河野総裁のトップ会談となったことは御承知のとおりです。このときの合意書を配付させていただいておりますが、この「記」以下の合意内容は、総理と総裁の御意向を確認しつつ、その場で私が文章化したものです。前書きとワープロは自民党本部の職員が作業してくれました。このトップ会談で総理と総裁が協議したのは、第二項の、政治家個人の政治団体に対する企業・団体献金の禁止を五年間猶予するということでした。附則第九条の五年後見直し規定は、トップ会談の対象とならず、自民党も賛成して成立しました。
この規定はその後の法改正で附則第十条となりましたが、五年後の一九九九年十二月に、この見直し規定を受けて、衆議院で、自民、自由、公明は企業・団体献金を存続させて附則第十条を削除する案を、民主党は個人献金中心に移行する過程として企業・団体献金の規制を強化して附則第十条は残す案を、共産党は企業・団体献金を全廃して附則第十条を削除する案を提出し、自自公案だけが委員会を通過しましたが、本会議にかけられず成立しませんでした。見直しがあったと言えるためには立法措置が講じられることが必要で、現在までそれがないのですから、見直しは行われていないことになります。
見直しが行われなかったときに見直し規定の効力はどうなるかについては、効力は失われないと考えるのが一般的のようです。ただし、見直し前の状態が長期間継続すれば、現状が肯定され、見直し規定の意義は失われるという考え方もあるようです。しかし、その後、国会で繰り返し企業・団体献金の廃止が議論され、野党の見直し法案も何度も提出されていますから、現状が肯定されていることはなく、見直し規定は現在も有効と考えられます。
そもそも、見直しの意味ですが、法令用語としては、単にもう一度考えるではなく、特に近年はサンセット条項の考え方の影響などもあり、より積極的に改めるとか、やめることを含意して用いられることが多くなっているようです。また、一九九九年の見直し論議の際、自民党は、この規定に「政治資金の個人による拠出の状況を踏まえ、」とあるが、個人の拠出が伸びていないのだから企業・団体献金を廃止しなくても問題はないと述べましたが、この規定では個人の拠出が伸びていることを見直しの前提としているわけではありません。例えば、個人による拠出を促進する税額控除制度とセットにすれば、「踏まえ、」に該当するでしょう。
以上、見直し規定が入った経緯も踏まえて考えるなら、結局のところ、細川氏と河野氏が口をそろえて企業・団体献金の全面禁止は三十年越しの宿題とおっしゃっておられるのは、極めて適切な発言ではないかと考えております。
以上でございます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
1
渡辺周(立憲)
これより会議を開きます。
第二百十六回国会、大串博志君外九名提出、政治資金規正法及び租税特別措置法の一部を改正する法律案、小泉進次郎君外五名提出、衆法第四号、政治資金規正法の一部を改正する法律案、小泉進次郎君外五名提出、衆法第五号、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び青柳仁士君外一名提出、衆法第一四号、政治資金規正法の一部を改正する法律案の各案を一括して議題といたします。
本日は、各案審査のため、参考人として中央大学法学部教授中北浩爾君、駿河台大学名誉教授成田憲彦君、慶應義塾大学名誉教授、弁護士小林節君及び東京大学教授谷口将紀君に御出席をいただい…
この発言のページ
2中中北浩爾中央大学法学部教授
中央大学法学部の中北と申します。
委員長、理事、委員の皆様におかれましては、発言する機会を賜りまして、心よりお礼申し上げます。
日本政治の歴史と現状を研究してきた立場から、意見を述べさせていただきます。
私が本日、最も強調させていただきたいのは、企業・団体献金について、拙速に決めるべきではないということでございます。確かに、昨年末の臨時国会で、企業・団体献金禁止法案については令和六年度末までに結論を得るという申合せが行われました。しかし、残り二週間で、禁止か存続か、これを決めるのは適切ではないと考えます。今後、第三者的な機関で議論を深める、こういう…
この発言のページ
3
渡辺周(立憲)
ありがとうございました。
次に、成田参考人にお願いいたします。
この発言のページ
- (上の発言)
4成成田憲彦駿河台大学名誉教授
駿河台大学名誉教授の成田でございます。
令和の政治改革も、開始以来、一年以上が経過いたしました。是非、今国会におきまして実り多い改革が実現いたしますよう祈念いたしております。
冒頭では、平成の政治改革につきまして、特に、石破総理が昨年十二月五日の衆議院予算委員会で、「一九九四年の政党助成法成立時に、政党助成金を導入する代わりに企業・団体献金は廃止の方向となったというようなことは、そういう事実は実際にございません。」と発言された点に関わる事実関係を中心にお話しさせていただきます。
私は、政治改革の当初は国会図書館調査局の政治議会課長として、与野党の先生方に政治改革の課題や諸外国の実例などの調査サービスを御提供しつつ、与党、野党を問わず各党の政治改革案の取りまとめに関わらせていただきました。また、平成五年八月発足の細川内閣においては、細川総理の政務秘書官として、総理の手足となって政治改革に取り組ませていただきました。
本日は、これらの体験を基にお話しさせていただきます。
政党助成法案が初めて国会に提出されたのは、海部内閣の政治改革三法案の一つとしてです。この法案は廃案となり、その後、平成五年の通常国会では、社会党と公明党も政党交付金交付法案を含む政治改革法案を共同で提出しました。
四月十六日の衆議院の特別委員会の審議で、公明党の一年生議員の山口那津男議員が質疑に立ち、社会・公明党案で企業・団体献金を全面的に禁止していることと政党交付金導入との関係について尋ね、社会党の提出者が、政党が税金から公的助成をもらうためには、国民が批判している企業献金は廃止しないと納得を得られないと答弁されました。
山口議員は、一方の自民党案が、政党助成を導入しながら、逆に企業、団体の政党への寄附の限度枠を従来の二倍に拡大しているのは果たして納税者の理解を得られるかを尋ね、自民党の額賀福志郎議員が、我々の政治活動が透明性を持ってきちんと信頼される形をつくり上げていきたいということを考えて、政党助成ということを皆さん方にお願いいたしたということでございますと答弁されました。
このほか、民社党は独自の法案要綱を発表し、やはり政党への公費助成を前提に、企業・団体献金は廃止するという立場を取りました。
以上から、平成の政治改革では二つの考え方があったことが分かります。一つは、政党助成を導入し、代わりに企業・団体献金は禁止するという考え方、もう一つは、政党助成を導入するとともに、企業・団体献金の政党への限度額も増額し、政党中心の選挙制度の導入と併せて政党の財政基盤の強化を図ろうとする考え方です。石破総理の御発言は、当時、石破総理が自民党にいらしたかどうかは別としまして、この自民党の考え方によるものと言えるでしょう。
事実の経過を申し上げますと、この自民党の考え方の案は衆議院で廃案又は否決となり、その後、成立したのは、政党助成を導入する代わりに企業・団体献金は抑制するという当時の野党の考え方の案でした。
次に、細川内閣での経緯について申し上げます。
細川政権誕生の出発点となった平成五年七月二十三日の日本新党とさきがけによる政治改革政権の提唱、及び、それに賛同した八党派による七月二十九日の連立政権樹立に関する合意事項では、共に、政党助成の導入による企業・団体献金の廃止がうたわれていました。
また、八月二十三日の所信表明演説で、細川総理は、「企業・団体献金については、腐敗のおそれのない中立的な公費による助成を導入することなどにより廃止の方向に踏み切ることといたします。」と述べられました。
その後取りまとめられました細川内閣の政治改革法案では、政党助成を導入するとともに、本則では、企業・団体献金は政治家の政治団体に対しては禁止し、政党と政党の政治資金団体に対してのみ可能とし、附則第九条で、政党と政治資金団体に対する企業・団体献金も五年後に見直すとされました。
即時全面禁止とならなかったのは、新生党やさきがけなど自民党離党組が激変緩和の必要性を主張し、企業・団体献金禁止を強く主張していた社会党も、比例議席二百五十議席と比例の全国名簿を取ることを優先して、企業・団体献金禁止で譲歩したためです。
ただし、社会党内では、附則の五年後見直しは五年後廃止の意味だと説明されました。このことは、本日臨むに当たって、当時の社会党執行部関係者にも確認してまいりました。また、細川氏も、先週お会いして話を伺いましたが、五年後に即時廃止かはともかく廃止に踏み出すものと受け取っていたということでした。
細川内閣の政治改革法案が参議院で否決となり、平成六年一月二十八日の細川総理と河野総裁のトップ会談となったことは御承知のとおりです。このときの合意書を配付させていただいておりますが、この「記」以下の合意内容は、総理と総裁の御意向を確認しつつ、その場で私が文章化したものです。前書きとワープロは自民党本部の職員が作業してくれました。このトップ会談で総理と総裁が協議したのは、第二項の、政治家個人の政治団体に対する企業・団体献金の禁止を五年間猶予するということでした。附則第九条の五年後見直し規定は、トップ会談の対象とならず、自民党も賛成して成立しました。
この規定はその後の法改正で附則第十条となりましたが、五年後の一九九九年十二月に、この見直し規定を受けて、衆議院で、自民、自由、公明は企業・団体献金を存続させて附則第十条を削除する案を、民主党は個人献金中心に移行する過程として企業・団体献金の規制を強化して附則第十条は残す案を、共産党は企業・団体献金を全廃して附則第十条を削除する案を提出し、自自公案だけが委員会を通過しましたが、本会議にかけられず成立しませんでした。見直しがあったと言えるためには立法措置が講じられることが必要で、現在までそれがないのですから、見直しは行われていないことになります。
見直しが行われなかったときに見直し規定の効力はどうなるかについては、効力は失われないと考えるのが一般的のようです。ただし、見直し前の状態が長期間継続すれば、現状が肯定され、見直し規定の意義は失われるという考え方もあるようです。しかし、その後、国会で繰り返し企業・団体献金の廃止が議論され、野党の見直し法案も何度も提出されていますから、現状が肯定されていることはなく、見直し規定は現在も有効と考えられます。
そもそも、見直しの意味ですが、法令用語としては、単にもう一度考えるではなく、特に近年はサンセット条項の考え方の影響などもあり、より積極的に改めるとか、やめることを含意して用いられることが多くなっているようです。また、一九九九年の見直し論議の際、自民党は、この規定に「政治資金の個人による拠出の状況を踏まえ、」とあるが、個人の拠出が伸びていないのだから企業・団体献金を廃止しなくても問題はないと述べましたが、この規定では個人の拠出が伸びていることを見直しの前提としているわけではありません。例えば、個人による拠出を促進する税額控除制度とセットにすれば、「踏まえ、」に該当するでしょう。
以上、見直し規定が入った経緯も踏まえて考えるなら、結局のところ、細川氏と河野氏が口をそろえて企業・団体献金の全面禁止は三十年越しの宿題とおっしゃっておられるのは、極めて適切な発言ではないかと考えております。
以上でございます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
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渡辺周(立憲)
ありがとうございました。
次に、小林参考人にお願いいたします。
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6小小林節慶應義塾大学名誉教授/弁護士
私は憲法学者ですから、原理主義的なお話をさせていただきます。
まず、政治の定義から入らせていただきます。
政治というのは、目標は国民全体の利益の向上、最大多数の最大幸福でありますが、ただ、世の中が与えられる利益には限りがありまして、奪い合いの側面があります。と同時に、主権者たる国民全て、個性的で、自己中心的で、無限の欲望を持っております。ですから、この争いをうまく調整するのが権力を使った政治の業で、今ではそれが更に外国との調整まで加わる大変な仕事であります。
その中で、我々は歴史の結果として民主主義政治を採用して、それが正しい、代わるものをいまだ見…
この発言のページ
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渡辺周(立憲)
ありがとうございました。
次に、谷口参考人にお願いいたします。
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