有志の会の北神圭朗です。
以前も指摘したとおり、世界を見渡すと、各国軍隊の行動を法律で縛るものは、基本的に国際法だけです。それ以外は、自国を守るためであれば基本的に何でもできるというネガリスト方式が常識です。
ところが、自衛隊だけは、九条の必要最小限度という解釈により自衛権が制約され、警察法的な、やれることを限定列挙するポジリスト方式が採用されています。
そもそも、警察と軍隊の目的は全く違います。前者は、治安維持、犯罪防止が主たる任務です。そのためには、自国民に対し、必要に応じて実力を行使せざるを得ません。こうしたことから、警察法は、国民の権利を侵害し得る警察権に対して厳格な縛りをかけています。一方、軍隊は、外国の武力行使から国民を守るのが主たる任務です。また、戦場ははるかに流動的で、予測不可能であるため、極めて柔軟な現場対応が求められます。こうした理由から、各国の軍隊は、ネガリスト方式による緩い制約が課されています。
確かに、それでも戦後は平和を保つことができました。しかしこれは、自衛隊の行動が制約されていたからだというよりは、一つは、たまたま冷戦の主戦場が欧州にあったことと、二つ目は、何よりも、日米安保条約により米国の圧倒的な抑止力が利いていたからでしょう。
しかし、今や世界情勢も変わり、この二つの幸運な条件も変わりつつあります。
まず、中国が超大国として台頭してきました。しかも、尖閣諸島、東シナ海、南太平洋の海と空に向けてお得意の忍び足侵略を着々と進め、我が国の主権と国土はこれまでにない脅威にさらされています。
もう一つは、頼みの綱にしてきた米国は国力が低下し、国論が二分化されています。二分化といっても、世界の警察官はもう担えないという認識は双方に共有されつつあります。トランプ大統領のやや混乱した方針の背景には、こうした国民の共通した認識があるように思います。
このように、我々が戦後恵まれてきた二つの条件が、今や変更されつつあります。
さてそこで、私の言う中国の忍び足侵略というのは、難しい言葉で言えば、グレーゾーン事態と言います。平時と有事との中間にあって、武力攻撃には至らないぎりぎりの線で相手国の安全や主権を脅かす行為です。尖閣諸島を中心に、領空、領海に少しずつ、繰り返し繰り返し侵入することにより既成事実を積み重ねる。一体、このグレーゾーン戦法に対して、警察権的な性格の濃い自衛隊、ひいては憲法九条は耐え得るのか。これを検証すべきだと思います。
まず、領空警備については、航空自衛隊がいわゆるスクランブルを頻繁に行っています。ところが、自衛隊法には武器使用の明確な根拠規定は存在しません。解釈で対応したとしても、相手が実力で抵抗する場合や、まさに爆弾を落とそうとしている場合などに限定されます。
こうした中、十年以上前より、中国の戦闘機からミサイルの標的としてレーダー照射され、撃墜されかねない事態が繰り返されています。軍隊であれば相手にレーダー照射をし返すのが普通の慣行でありますが、自衛隊はひたすら逃げるしかないのです。一触即発の事態が継続する中で、このままで本当によいのか。
次に、尖閣諸島等の領海警備については、純粋な警察である海上保安庁が第一線に立っています。対峙する中国の海警局は軍隊化され、軍艦を改修した転用船を多数就役させ、多くは機関砲を積み込んでいます。
現時点では、政府は、海上自衛隊が出向くと中国を刺激するという方針です。しかし、今後、中国の準軍艦の数が増え、重装備化が進み、その行動がより大胆になれば、いずれ海上自衛隊の出動を検討せざるを得ないのではないでしょうか。
ただ、その場合、自衛隊であっても、今の憲法九条の下では警察権の行使しか許されないため、警察官職務執行法に準じる形でしか武器使用はできません。このように準軍艦を相手にわざわざ自らを不利な立場に置くという自虐的な対応をどう説明したらよいのか。
また、仮に中国海警から本格的な攻撃を受けた際はどうか。防衛出動の命令を待つのか。目の前で自衛隊員が撃たれる切迫した状況にもかかわらず、これは九条の範囲で許されるのかどうか、内閣法制局の解釈判断を仰ぐまで待つのか。より本質的には、その解釈に必要な情報が果たしてそろうのか。
大体、戦場には、クラウゼビッツの言う戦場の霧がかかっています。完全に正確な情報は存在しません。敵と味方、自然現象、地形等により、情報は非対称的であり、刻一刻変化します。その前提で指揮官は軍隊の動きを決める必要があり、現場から遠い政府は、柔軟に現場の判断に委ねることが求められます。だからこそ世界の軍隊は、法律に縛られず、ネガリスト方式を採用しているのです。
一般論としても、九条の下では、不確実で目まぐるしく変わる緊急事態に直面しても、内閣法制局の、これは何事態なのか、これ事態なのかという緻密な法律論が延々と展開されかねません。これでは総理や現場の指揮官の決断が遅れてしまいます。とりわけ、今申し上げたグレーゾーン事態を踏まえれば、余りにも憲法と現場の実態が乖離しているのではないでしょうか。
以上、こうした観点からも、憲法九条が我が国の安全保障の現実に耐え得るのかを検討すべきだということを申し上げて、私の意見といたします。
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枝野幸男(立憲)
ただいまの質問については、先ほどの阿部さんからの質問と併せて、一巡した後に、御発言をしていただくかどうか決めたいと思います。
次に、赤嶺政賢さん。
この発言のページ
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赤嶺政賢(共産)
日本共産党の赤嶺政賢です。
今年は、戦後八十年の年です。
かつて日本は、朝鮮半島や台湾を植民地化し、中国大陸を始めアジア太平洋諸国を侵略しました。国内では、国家総動員の方針の下、戦争に反対する人々を弾圧して、国民経済や国家予算、学術研究など、ありとあらゆるものを戦争遂行のために動員しました。日本の植民地支配と侵略戦争で、アジア太平洋地域で二千万人以上、日本国民三百十万人が犠牲となりました。
この反省から、日本国憲法は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、九条で、戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定めました。戦…
この発言のページ
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枝野幸男(立憲)
次に、北神圭朗さん。
この発言のページ
- (上の発言)
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北神圭朗政府参考人など
有志の会の北神圭朗です。
以前も指摘したとおり、世界を見渡すと、各国軍隊の行動を法律で縛るものは、基本的に国際法だけです。それ以外は、自国を守るためであれば基本的に何でもできるというネガリスト方式が常識です。
ところが、自衛隊だけは、九条の必要最小限度という解釈により自衛権が制約され、警察法的な、やれることを限定列挙するポジリスト方式が採用されています。
そもそも、警察と軍隊の目的は全く違います。前者は、治安維持、犯罪防止が主たる任務です。そのためには、自国民に対し、必要に応じて実力を行使せざるを得ません。こうしたことから、警察法は、国民の権利を侵害し得る警察権に対して厳格な縛りをかけています。一方、軍隊は、外国の武力行使から国民を守るのが主たる任務です。また、戦場ははるかに流動的で、予測不可能であるため、極めて柔軟な現場対応が求められます。こうした理由から、各国の軍隊は、ネガリスト方式による緩い制約が課されています。
確かに、それでも戦後は平和を保つことができました。しかしこれは、自衛隊の行動が制約されていたからだというよりは、一つは、たまたま冷戦の主戦場が欧州にあったことと、二つ目は、何よりも、日米安保条約により米国の圧倒的な抑止力が利いていたからでしょう。
しかし、今や世界情勢も変わり、この二つの幸運な条件も変わりつつあります。
まず、中国が超大国として台頭してきました。しかも、尖閣諸島、東シナ海、南太平洋の海と空に向けてお得意の忍び足侵略を着々と進め、我が国の主権と国土はこれまでにない脅威にさらされています。
もう一つは、頼みの綱にしてきた米国は国力が低下し、国論が二分化されています。二分化といっても、世界の警察官はもう担えないという認識は双方に共有されつつあります。トランプ大統領のやや混乱した方針の背景には、こうした国民の共通した認識があるように思います。
このように、我々が戦後恵まれてきた二つの条件が、今や変更されつつあります。
さてそこで、私の言う中国の忍び足侵略というのは、難しい言葉で言えば、グレーゾーン事態と言います。平時と有事との中間にあって、武力攻撃には至らないぎりぎりの線で相手国の安全や主権を脅かす行為です。尖閣諸島を中心に、領空、領海に少しずつ、繰り返し繰り返し侵入することにより既成事実を積み重ねる。一体、このグレーゾーン戦法に対して、警察権的な性格の濃い自衛隊、ひいては憲法九条は耐え得るのか。これを検証すべきだと思います。
まず、領空警備については、航空自衛隊がいわゆるスクランブルを頻繁に行っています。ところが、自衛隊法には武器使用の明確な根拠規定は存在しません。解釈で対応したとしても、相手が実力で抵抗する場合や、まさに爆弾を落とそうとしている場合などに限定されます。
こうした中、十年以上前より、中国の戦闘機からミサイルの標的としてレーダー照射され、撃墜されかねない事態が繰り返されています。軍隊であれば相手にレーダー照射をし返すのが普通の慣行でありますが、自衛隊はひたすら逃げるしかないのです。一触即発の事態が継続する中で、このままで本当によいのか。
次に、尖閣諸島等の領海警備については、純粋な警察である海上保安庁が第一線に立っています。対峙する中国の海警局は軍隊化され、軍艦を改修した転用船を多数就役させ、多くは機関砲を積み込んでいます。
現時点では、政府は、海上自衛隊が出向くと中国を刺激するという方針です。しかし、今後、中国の準軍艦の数が増え、重装備化が進み、その行動がより大胆になれば、いずれ海上自衛隊の出動を検討せざるを得ないのではないでしょうか。
ただ、その場合、自衛隊であっても、今の憲法九条の下では警察権の行使しか許されないため、警察官職務執行法に準じる形でしか武器使用はできません。このように準軍艦を相手にわざわざ自らを不利な立場に置くという自虐的な対応をどう説明したらよいのか。
また、仮に中国海警から本格的な攻撃を受けた際はどうか。防衛出動の命令を待つのか。目の前で自衛隊員が撃たれる切迫した状況にもかかわらず、これは九条の範囲で許されるのかどうか、内閣法制局の解釈判断を仰ぐまで待つのか。より本質的には、その解釈に必要な情報が果たしてそろうのか。
大体、戦場には、クラウゼビッツの言う戦場の霧がかかっています。完全に正確な情報は存在しません。敵と味方、自然現象、地形等により、情報は非対称的であり、刻一刻変化します。その前提で指揮官は軍隊の動きを決める必要があり、現場から遠い政府は、柔軟に現場の判断に委ねることが求められます。だからこそ世界の軍隊は、法律に縛られず、ネガリスト方式を採用しているのです。
一般論としても、九条の下では、不確実で目まぐるしく変わる緊急事態に直面しても、内閣法制局の、これは何事態なのか、これ事態なのかという緻密な法律論が延々と展開されかねません。これでは総理や現場の指揮官の決断が遅れてしまいます。とりわけ、今申し上げたグレーゾーン事態を踏まえれば、余りにも憲法と現場の実態が乖離しているのではないでしょうか。
以上、こうした観点からも、憲法九条が我が国の安全保障の現実に耐え得るのかを検討すべきだということを申し上げて、私の意見といたします。
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枝野幸男(立憲)
次に、委員各位による発言に入りますが、その前に、ただいま一巡目の御発言の中で、維新阿部議員から自由民主党に、れいわ大石委員から自由民主党と立憲民主党に質問がございました。
まず、申し上げます。
質問をされる場合は、できるだけ事前に紙で御提起をいただければ、答弁の方も御準備をいただいて実りある議論になるかなということで幹事会申合せをいたしておりますので、今後御留意をいただければと思います。
その上で、お答えになりますか。
この発言のページ
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船田元(自民)
まず、阿部委員に対しての質問にお答えしますが、阿部委員からは、自由民主党の二〇一二年における憲法改正草案、これは私、船田が過去において歴史的文書であるということを述べまして、それを復活したらどうか、そういう趣旨であると思いますが、二〇一二年憲法草案を歴史的文書とは言いましたけれども、決して否定したものではない、こういうふうに申し上げておきたいと思います。
その二〇一二年の草案を踏まえた上で、そして、二〇一八年に、より緊急に憲法改正をすべきと考える四項目、すなわち、九条、緊急事態、教育の充実、それから参議院の合区の解消、この四つの緊急なテーマを選ばせてい…
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武正公一(立憲)
御質問にお答えいたします。
今国会につきましては、御案内のように、落ち着いた環境の中、憲法審査会の議論を進めてまいりました。
その中で、前任期中の、特にこの憲法審査会で、四党一会派の皆さんから、緊急事態における国会議員の任期延長、これの議論が進められてきたことは承知をしております。
今国会では、こうした緊急事態における議員任期延長について、初めてテーマとして取り扱って議論を深めました。我が党からは、国会議員の議員任期延長は必要ない、立法事実はないと、東日本大震災と同じような状況下でも八割以上の選挙区で選挙が行えるということから申し上げたところでござ…
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