2025年4月11日・第217回国会 衆議院 経済産業委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 203 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 210 発言)

ありがとうございます。

少し話が戻るというか、廃炉の国への移管について、なかなか明確に答弁できないのは分かっていますので、また私自身の考え方、持論をお伝えしたいと思っているんですけれども。

さっき、福島原子力発電所事故については政府それから東電の共同責任だというふうに申し上げました。あのとき、深入りはしませんけれども、私自身は、原賠法三条ただし書がなぜ適用されないんだということも、当時、民主党政権でありましたけれども、相当叫び回りました。過去の裁判所の見解として、関東大震災の三倍ぐらいという一つの目安が出ていたわけですけれども、それが実は地震エネルギーでいいますと関東大震災の四十五倍ぐらいあったわけですね、東日本は。それが三条ただし書の免責対象にならないということについては私は疑問を持っておりました。

そして、さっき言いました国策民営であったし、例えば、あのプラントで、防潮堤をこの高さでいいですかと言って、許可したのも国です、経産省です。そして、非常電源を地下に置きます、これでいいですかと言って、許可したのも当時の当局です。それで、防潮堤を乗り越えてきました、浸水しました、非常電源が機能しなくなりました。許可って一体何なんでしょうか。許認可って一体何なんでしょうか。

そういう意味で、私はあのときに東電一人だけに責任を押しつけるということについて非常に疑問を持って、ただ、先ほども話がありました、当時、民主党政権でした。私は、そのことも大きな理由として、六十四人の仲間を集めて、当時、菅総理、即刻退陣せよという、私と、御党に行った長島昭久と二人がリーダーとなって、菅総理辞めろと。こんな誰かを敵にして対応していくということについて疑問を持つし、今言った、この事故というのは原賠法を見る限り本来は免責であるべきだし、そして、今言った許認可等々を含めて国と東電とで二人三脚でやってきたはずなので、それを一方的に東電に責任を押しつけ、ある意味、国側は裁判官側に回りましたよ、被告席には自分は座らずに。私はそういうことに対して物すごく本当に正直憤りを感じておりまして、それがゆえに、繰り返しますけれども、国と東電とは共同責任なんだ。当然、東電も責任を免れようがありません。けれども、国も同じくある。

ということであれば、繰り返しになりますけれども、さっきから言っている対米国益、エネルギー安全保障、そして電力安定供給等を考えたときに、日本の安定供給を担う東電の体力を回復させて、そのために、今言った廃炉については国の責任において実施していく。そして、さっきのロードマップが現実性がないというのであれば、国においてもう一回見直せばいいではないですか。

大臣の答えられる限界があるということは承知していますけれども、もう一度、今言った廃炉については国に移管すべきであるという私のこの意見に対する大臣の見解を求めたい。限界があるのは分かっています。

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