赤嶺政賢 (日本共産党)

2025年4月18日・第217回国会 衆議院 安全保障委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 35 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 66 発言)

先ほどの答弁でも、本省のお墨つきの下で掲載されたということであります。

防衛大臣に伺いますが、当時の日本軍は、軍官民共生共死一体化、軍も官も民も、共に生き、共に死ぬ、一体化するという方針の下に、住民を戦争に動員し、捕虜になることを許さず、最後は自決することを強要しました。

牛島司令官は、摩文仁の丘で、米軍に包囲され、万策尽きた六月十八日、最後の命令を下しました。司令官自身が自決に追い込まれる状況にあっても、投降を許さず、最後まで戦い続けるよう指示するものでありました。鉄血勤皇隊に動員された少年たちは、斬り込み攻撃や北部の国頭に脱出して再起を図るよう迫られました。看護学徒隊に動員された少女たちも、戦場に放り出され、次々と命を落としていきました。

こうした下で、翌十九日、上級部隊への決別文に記したのが、辞世の句です。辞世の句の中身は、秋が来るのを待たずして戦場に散っていったとしても、皇国でよみがえる、だから最後まで戦えという辞世の句であります。

防衛大臣は、今月十日の安保委員会で、私の質問に、沖縄戦は、軍隊が住民を盾にし、共に移動することで住民の被害が大きくなったが、今回は、武力攻撃に先立って住民に安全なところに避難してもらうと強調しておりました。

自衛隊が旧軍とは違うというのであれば、この辞世の句を再掲載するようなことを認めてはならないと思います。大臣の責任で削除を指示すべきだと思いますが、いかがですか。

前後のやりとり

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