お答え申し上げます。
重なりますが、第一五旅団のホームページを作成しているのは一五旅団そのものでございますけれども、そちらの方で、地元の皆様に身近な存在だと感じていただくという趣旨でこういうようなリニューアルを行ったというふうに聞いてございます。
その上で、こうしたホームページの記載内容を含めまして、部隊の情報発信の在り方につきましては、日頃から地元の方々と身近に接して地域の実情に通じておる各部隊において、しかるべく判断し、対応すべきものというふうに考えておるところでございます。
2025年4月18日・第217回国会 衆議院 安全保障委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 34 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 66 発言)
お答え申し上げます。
重なりますが、第一五旅団のホームページを作成しているのは一五旅団そのものでございますけれども、そちらの方で、地元の皆様に身近な存在だと感じていただくという趣旨でこういうようなリニューアルを行ったというふうに聞いてございます。
その上で、こうしたホームページの記載内容を含めまして、部隊の情報発信の在り方につきましては、日頃から地元の方々と身近に接して地域の実情に通じておる各部隊において、しかるべく判断し、対応すべきものというふうに考えておるところでございます。
否定されないわけですが、台湾有事に備えた戦争準備を進めることは、私たちは絶対に認めることはできません。ましてや、住民の命と安全に関わる問題を秘密裏に進めるということなど到底許されないと思います。 一方で、こうした前線への戦争準備を進めながら、この戦争準備との関係で見過ごすことができないのは、陸上自衛隊の第一五旅団、これが、沖縄戦当時の旧日本軍第三二軍の牛島司令官の辞世の句をホームページに再掲載した問題であります。昨年六月に地元紙が報道し、旧軍の精神を受け継いでいるのではないかという批判の声が上がりました。一五旅団は、十月に一旦削除しましたが、戦後八十年…
お答え申し上げます。 お尋ねのホームページにつきましては、陸上自衛隊第一五旅団が作成しているものでございまして、昨年の十月から検討しておりまして、本年一月にリニューアルされたもの、先生御言及のとおりでございます。これにつきましては、同旅団の前身として沖縄県の本土復帰直後に沖縄に配備された臨時第一混成群を含め、これまでの部隊の歩みを正確かつ丁寧に説明することが、地元の皆様に第一五旅団を身近な存在と感じていただくためには不可欠と考えまして、かかる観点から、各部隊の新編などの節目ごとにおける部隊長の訓示等をホームページに掲載することとしたと承知してございます…
事前に報告があったということです。
それに対して、本省としてどういう対応をしたんですか。そのまま認めたということですか。
お答え申し上げます。
重なりますが、第一五旅団のホームページを作成しているのは一五旅団そのものでございますけれども、そちらの方で、地元の皆様に身近な存在だと感じていただくという趣旨でこういうようなリニューアルを行ったというふうに聞いてございます。
その上で、こうしたホームページの記載内容を含めまして、部隊の情報発信の在り方につきましては、日頃から地元の方々と身近に接して地域の実情に通じておる各部隊において、しかるべく判断し、対応すべきものというふうに考えておるところでございます。
先ほどの答弁でも、本省のお墨つきの下で掲載されたということであります。 防衛大臣に伺いますが、当時の日本軍は、軍官民共生共死一体化、軍も官も民も、共に生き、共に死ぬ、一体化するという方針の下に、住民を戦争に動員し、捕虜になることを許さず、最後は自決することを強要しました。 牛島司令官は、摩文仁の丘で、米軍に包囲され、万策尽きた六月十八日、最後の命令を下しました。司令官自身が自決に追い込まれる状況にあっても、投降を許さず、最後まで戦い続けるよう指示するものでありました。鉄血勤皇隊に動員された少年たちは、斬り込み攻撃や北部の国頭に脱出して再起を図るよう迫…
沖縄戦におきましては、私も防衛大臣として県民の追悼式に参列をさせていただいておりますけれども、やはり、さきの大戦の末期、県民を巻き込んだ凄惨な地上戦が行われて、軍民合わせて二十万人という貴い命が失われた。特に、本島の南部の地域においては、多くの住民の方々が犠牲になったものだと認識をいたしております。まさに沖縄の方々の筆舌に尽くし難い困難と、癒えることのない悲しみ、苦しみ、これは私自身も胸に刻みながらでありますが、日本全体の国民においても、こういったことをしっかり受け止めて、戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないというふうに考えております。 この牛島司令…
牛島司令官の沖縄戦における役割の評価は定まっていますよ。定まっていないと思っていますか。結局、三二軍の司令官として、沖縄県民を戦場に巻き込んで、そして、この辞世の句は平和を願っている歌と言いましたが、誰が読んでも、とにかく最後の一人まで戦え、自分の命が長らえることは考えるな、死んで皇国に尽くせという歌ですよ、これは。平和の歌じゃないですよ。しかも、評価は決まっていますよ。住民を犠牲にした、こんな戦争なんてないじゃないですか。
大臣もそのことをよく分かっておられる。それでも、この辞世の句は掲載をやめない、大臣、そうおっしゃるんですか。