本村伸子 (日本共産党)

2024年12月18日・第216回国会 衆議院 法務委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 293 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 337 発言)

袴田さんが無罪になったということで、人権の回復や名誉の回復はまだできていないというふうに思っております。警察、検察、裁判官、そして政府、そして国会、この放置してきた問題が問われているというふうに思っております。

死刑が執行されていたら本当に取り返しのつかないことになっておりました。死刑というのは、そうした冤罪に関しても大変大きな問題があるというふうに思っております。

この重要な証拠が、事件から四十四年後、四十七年後、四十八年後、四十九年後に重要な証拠が次々と出てまいりました。警察、検察、長期にわたって重要な証拠を隠していたというふうに言わざるを得ません。

資料の六ページを見ていただきたいんですけれども、袴田さんの冤罪事件の第二次再審請求審からの経過を笹森学弁護士がまとめてくださった資料です。

事件は一九六六年に起きたわけですけれども、多くの証拠が開示されたのは第二次再審請求審からでした。

二〇〇八年四月二十五日、静岡地裁に袴田さん事件の第二次再審請求が行われました。そして二〇〇九年の三月二日、秀子さんが保佐人に選任をされ、第二次再審請求の請求人要件が整って、二〇一〇年五月二十八日、第一回の三者協議の際に、やっと裁判所が、できるだけ証拠開示をということを勧告いたしました。そして二〇一〇年九月十三日、三者協議で、検察側は弁護側が求めていた証拠の一部を開示いたしました、二十八点。

そして二〇一三年七月五日、静岡地裁は、静岡地検に証拠を開示するよう、また勧告をいたしました。そして二〇一三年七月二十六日、静岡地方検察庁は百三十点の証拠を開示いたしました。そして二〇一三年九月十三日、静岡地裁は、五点の衣類について証拠の開示を地検に勧告をいたしました。しかし、このとき静岡地検は、存在しないと開示を拒否いたしました。

二〇一四年三月二十七日、静岡地裁、再審開始と死刑及び拘置の執行停止決定が、二〇一四年になってやっと再審開始の決定が行われました。そして二〇一四年三月二十八日、東京高裁は、拘置の執行停止の取消しの検察官の抗告を棄却いたしました。二〇一四年九月十日、東京高検が、静岡地裁での再審請求審で存在しないとしていた五点の衣類が、やっとこの証拠が、発見直後のカラー写真のネガの約九十三枚が開示をされた。

その後、二〇一五年一月三十日、東京高検、昨年静岡県警で見つかったとされる袴田巌さんの取調べ録音テープ、オープンリール二十三巻、書証二十八点を開示いたしました。開示された証拠は、地裁分百三十プラスアルファということで、含めて六百点に及んでおります。

このように、事件から四十四年後、四十七年後、四十八年後、四十九年後に次々と重要な証拠が出てまいりましたけれども、証拠開示になぜこれほどまでに時間がかかったと考えているのか、これは法務大臣にお願いしたいと思います。

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