お答えいたします。
先生御紹介ございました答弁を当時してございます。昭和四十五年に三千丁、四十六年に九千丁、四十七年に八千丁、鋭和3Bの輸入をしているという答弁をしてございます。
2024年12月18日・第216回国会 衆議院 法務委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 158 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 337 発言)
お答えいたします。
先生御紹介ございました答弁を当時してございます。昭和四十五年に三千丁、四十六年に九千丁、四十七年に八千丁、鋭和3Bの輸入をしているという答弁をしてございます。
後藤田正晴、当時警察庁長官の答弁のポイントを教えてほしいんです。
お答えいたします。
先ほど申し上げた内容が、後藤田当時長官の答弁の趣旨でございます。
国際勝共連合、統一教会の関連団体と幸世物産との関係についても後藤田長官は触れられておりまして、非常にこの問題は、ゆゆしきという表現じゃなかったんだけれども、注目しなければいけないということを当時語っていらっしゃるんです。
警察庁に更にお聞きをしたいんですけれども、結果的に、散弾銃が輸入できなくなったら空気銃を一万五千七百丁輸入しているんですが、それは、経産省、間違っていないですね。国会答弁にも当時出ていますから。
お答えいたします。
先生御紹介ございました答弁を当時してございます。昭和四十五年に三千丁、四十六年に九千丁、四十七年に八千丁、鋭和3Bの輸入をしているという答弁をしてございます。
つまり、統一教会関連組織は、韓国の統一教会関連軍事産業から散弾銃を日本に輸入した。だけれども、それは、更に一万五千丁輸入したかったんだけれども、入れることができなくなって、法律が変わって、その代わり、散弾銃じゃなくて空気銃を作り出して、それが一万五千七百丁輸入できたんですよ、当時。
そして、警察庁にお聞きをしたいんだけれども、当時、全国各地に統一教会の信者さんたちがやっている銃砲店が幾つもありましたけれども、確認されていますか。
お答えいたします。
警察庁におきまして、そうした記録は存在いたしませんので、御指摘の事実は確認できなかったところでございます。
残っていないということですね。いや、いいです、時間がなくなってきたので。 とにかく、一九七〇年代には、北海道札幌から九州鹿児島まで日本全国に、私が確認しただけでも二十四の銃砲店があったんですよ。それがどんどん潰れていったんだが、今でも東京とか名古屋には存在するんです、信者さんがやっている銃砲店が。 文鮮明教祖は三十八か所あると言うんだけれども、それはちょっと盛り過ぎの話で、一体何をしようとしていたのかということを、実は、警察当局はずっと関心を持っていたんですよ。 もう時間が来てしまいますから最後に行きますけれども、一一六号事件、未解決事件というのは…