斎藤アレックス (日本維新の会)

2024年12月12日・第216回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 296 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 323 発言)

金額の多寡によって影響力も違うし、アメリカの例を出されましたけれども、アメリカではお金の力で政策を買うというのは言論の自由の一部であるということを主張される方が大分力を持っていますので、状況は大分違うと思うんですけれども。

日本国民の皆様に是非問うていただきたいんですね。お金の力によって政策が、ゆがめられると言うと悪い方向に向かってしまっているというふうなニュアンスがありますので、自分たちの政治で政策がゆがめられたということはどの党も認めないと思いますので、ゆがめられるという言葉はちょっと使わずに申し上げたいんですけれども、お金の力によって政策が変わるということが認められていいのか悪いのかというところをちょっと次は聞いていきたいんですけれども。

個人が寄附をして、例えば個人の方が、有権者の方がもっと減税をしてほしいから減税を訴えている政党に寄附をしようというのは別に誰が聞いても変だなと思われないと思うんですけれども、例えば日本最大の企業、経済団体が法人税減税をしてほしいからといって大量のお金を特定の政党に入れまくるといったら、それはちょっとやめてほしいというふうに思われる方が国民の中ではほとんどではないかなと。統計データがあるわけではないんですけれども、私の、一人の有権者の代表としての、国会議員としての意見ですけれども、明らかに、個人が献金をすることに対する国民の感覚と企業、団体が献金をすることの国民の感覚は、昔はどうだったのか分かりませんけれども、今は大分変わってきているんじゃないかなというふうに思います。

今回の国会でも、一九七〇年の八幡製鉄献金事件によって、その判決の中で、企業であっても自然人と同様、政治的な発言、活動をする権利はあるんだから、寄附に関してもそれを特段禁止するということは憲法上では求められていないというような判決が出ていますけれども、一方で、金権政治、企業・団体献金で政策がゆがめられることの問題点については同様にその判決文の中でも指摘をされているわけですから、ではそれをどうしようかというのはやはり国会の中で改めて考えていく必要があるというふうに考えております。

政策が政治献金によってゆがめられてはいけないというのは当然ですけれども、では、企業・団体献金によって政策判断が変わるということは、自民党さんとしてはあってもいいことだと思っているのか、それとも悪いことなのか。いい、悪い、政策の方向性というのは人の見方によっていい、悪いはありますから、それを別として、政治献金によって政策の方向性あるいは最終的な結果が変わることがあってもいいか悪いか、その点についてはどうお考えでしょうか。

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