金額の多寡によって影響力も違うし、アメリカの例を出されましたけれども、アメリカではお金の力で政策を買うというのは言論の自由の一部であるということを主張される方が大分力を持っていますので、状況は大分違うと思うんですけれども。
日本国民の皆様に是非問うていただきたいんですね。お金の力によって政策が、ゆがめられると言うと悪い方向に向かってしまっているというふうなニュアンスがありますので、自分たちの政治で政策がゆがめられたということはどの党も認めないと思いますので、ゆがめられるという言葉はちょっと使わずに申し上げたいんですけれども、お金の力によって政策が変わるということが認められていいのか悪いのかというところをちょっと次は聞いていきたいんですけれども。
個人が寄附をして、例えば個人の方が、有権者の方がもっと減税をしてほしいから減税を訴えている政党に寄附をしようというのは別に誰が聞いても変だなと思われないと思うんですけれども、例えば日本最大の企業、経済団体が法人税減税をしてほしいからといって大量のお金を特定の政党に入れまくるといったら、それはちょっとやめてほしいというふうに思われる方が国民の中ではほとんどではないかなと。統計データがあるわけではないんですけれども、私の、一人の有権者の代表としての、国会議員としての意見ですけれども、明らかに、個人が献金をすることに対する国民の感覚と企業、団体が献金をすることの国民の感覚は、昔はどうだったのか分かりませんけれども、今は大分変わってきているんじゃないかなというふうに思います。
今回の国会でも、一九七〇年の八幡製鉄献金事件によって、その判決の中で、企業であっても自然人と同様、政治的な発言、活動をする権利はあるんだから、寄附に関してもそれを特段禁止するということは憲法上では求められていないというような判決が出ていますけれども、一方で、金権政治、企業・団体献金で政策がゆがめられることの問題点については同様にその判決文の中でも指摘をされているわけですから、ではそれをどうしようかというのはやはり国会の中で改めて考えていく必要があるというふうに考えております。
政策が政治献金によってゆがめられてはいけないというのは当然ですけれども、では、企業・団体献金によって政策判断が変わるということは、自民党さんとしてはあってもいいことだと思っているのか、それとも悪いことなのか。いい、悪い、政策の方向性というのは人の見方によっていい、悪いはありますから、それを別として、政治献金によって政策の方向性あるいは最終的な結果が変わることがあってもいいか悪いか、その点についてはどうお考えでしょうか。
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小泉進次郎(自民)
まず、今回の政治資金の問題は、派閥によるパーティーの問題があった、これがやはり端緒でありました。それと企業・団体献金の禁止というのは直接の関係ではない、そういうふうに考えております。
我々としては、その問題が起きた派閥によるパーティーは禁止、これを明確にしています。そして、その派閥は解消。そういったことをした上で、今回の法案の中には企業・団体献金の禁止が入っていないことについては、企業・団体献金が全て悪で、個人の献金だったら全ていい、そういう考え方を持っていないので、禁止という立場は取っておりません。
その上で、政治資金規正法においては、まずは政治資…
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斎藤アレックス(維新)
透明性を高めるということは異論はないと思いますけれども、もう一方の御発言でありました、全ての企業・団体献金が悪ではなくて、全ての個人献金がいいものではないという部分について少し議論させていただきたいというふうに思います。
石破総理の今国会での答弁でも、問題なのは献金によって政策がゆがめられることで、これには個人献金も企業・団体献金も違いはないという御説明を繰り返されています。これは野党側からすると、単純化し過ぎた乱暴過ぎる説明ではないかなというふうに感じている方が、私も含めてですけれども、多数だと思います。
献金によって、お金の力によって政策がゆがめ…
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小泉進次郎(自民)
石破総理と同じかというお尋ねですけれども、例えば企業献金と個人献金の違いで、いずれにしても政策をゆがめてはならないという点は、これは私と石破総理ということだけではなく、皆さんと共通している点だと思います。
一例を挙げれば、アメリカの大統領選挙においてイーロン・マスク氏がトランプ当時の候補者に、個人としてPACなども通じて約四百億円近く寄附をしています。これはテスラじゃなくて、スペースXでもなく、個人です。その後にトランプ大統領が勝ち、組織の長として任命を受けているわけですよね。これは、個人の献金によって、アメリカだとそれがかち取ったというふうにむしろ評…
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- (上の発言)
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斎藤アレックス(維新)
金額の多寡によって影響力も違うし、アメリカの例を出されましたけれども、アメリカではお金の力で政策を買うというのは言論の自由の一部であるということを主張される方が大分力を持っていますので、状況は大分違うと思うんですけれども。
日本国民の皆様に是非問うていただきたいんですね。お金の力によって政策が、ゆがめられると言うと悪い方向に向かってしまっているというふうなニュアンスがありますので、自分たちの政治で政策がゆがめられたということはどの党も認めないと思いますので、ゆがめられるという言葉はちょっと使わずに申し上げたいんですけれども、お金の力によって政策が変わるということが認められていいのか悪いのかというところをちょっと次は聞いていきたいんですけれども。
個人が寄附をして、例えば個人の方が、有権者の方がもっと減税をしてほしいから減税を訴えている政党に寄附をしようというのは別に誰が聞いても変だなと思われないと思うんですけれども、例えば日本最大の企業、経済団体が法人税減税をしてほしいからといって大量のお金を特定の政党に入れまくるといったら、それはちょっとやめてほしいというふうに思われる方が国民の中ではほとんどではないかなと。統計データがあるわけではないんですけれども、私の、一人の有権者の代表としての、国会議員としての意見ですけれども、明らかに、個人が献金をすることに対する国民の感覚と企業、団体が献金をすることの国民の感覚は、昔はどうだったのか分かりませんけれども、今は大分変わってきているんじゃないかなというふうに思います。
今回の国会でも、一九七〇年の八幡製鉄献金事件によって、その判決の中で、企業であっても自然人と同様、政治的な発言、活動をする権利はあるんだから、寄附に関してもそれを特段禁止するということは憲法上では求められていないというような判決が出ていますけれども、一方で、金権政治、企業・団体献金で政策がゆがめられることの問題点については同様にその判決文の中でも指摘をされているわけですから、ではそれをどうしようかというのはやはり国会の中で改めて考えていく必要があるというふうに考えております。
政策が政治献金によってゆがめられてはいけないというのは当然ですけれども、では、企業・団体献金によって政策判断が変わるということは、自民党さんとしてはあってもいいことだと思っているのか、それとも悪いことなのか。いい、悪い、政策の方向性というのは人の見方によっていい、悪いはありますから、それを別として、政治献金によって政策の方向性あるいは最終的な結果が変わることがあってもいいか悪いか、その点についてはどうお考えでしょうか。
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小泉進次郎(自民)
個人の献金であっても、企業の献金であっても、その献金がストレートに政策をゆがめるということがあってはならないというのは、私は、これは自民党だけに限らず、ここにいらっしゃる全ての皆さんの共通認識なのではないかなと思います。
その上で、なので何を大事にしているかというと、我々としては、政党助成金という税金だけに依存するのでもないし、企業・団体献金だけに依存するでもないし、個人の献金だけに依存するのでもない、バランスの取れた出し手によって支えていただく、それが我々が言う国民政党であるということの一つだろうと思っています。
なので、今回、例えば企業・団体献金…
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斎藤アレックス(維新)
今、前段部分で聞きたかったところが端的に答えられていなかったので、もう一度ちょっと言い方を変えて言いますけれども、これまで、今でもいいですけれども、小泉さんが当選されてからでいいでしょう、自民党の政治は企業・団体献金によって影響されていない、左右されていないと言えますか、言えないですか、どちらでしょうか。
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小泉進次郎(自民)
この献金によってこの政策ができたというものは、私は承知をしておりません。
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