ありがとうございます。思いが共有できたと思っています。
私は、沖縄振興で欠かせないのが、大臣もおっしゃった、やはり基地の返還だと思います。
これまで様々な基地の返還が行われてきたことは、外交を始めとして、政府の努力のたまものだと思っています。そして、その返還された土地が利用されて、新たな産業を生み出しています。だからこそ、急ぐべきは普天間基地の返還だと私は思っています。その後の開発が沖縄の飛躍的な発展につながると私は信じています。
そして、その観点から、移設先である辺野古新基地についてお伺いします。
本田副大臣に単刀直入に質問します。辺野古新基地はいつ完成するんですか。実現可能な時期をはっきりとお示しください。
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宮路拓馬(自民)外務副大臣
外務省としての沖縄政策への思いを外務副大臣として答弁させていただきます。
本年は、戦後八十年の節目の年になります。さきの大戦中、沖縄では国内最大の地上戦が行われ、多くの県民が犠牲になられたこと、そして、戦後二十七年間、沖縄が米国の施政下に置かれたことは、決して忘れてはならないというふうに考えております。
私の地元選挙区においても、十島村というところがあります。悪石島の沖において、対馬丸、沖縄からの避難民の方が乗った船が沈没し、多くの命が犠牲になりました。また、その十島村についても、沖縄と同様、戦後、占領下に置かれ、日本復帰したという経緯がございます。…
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100許許斐亮太郎(国民)
ありがとうございます。
伊東大臣、更なる質問で恐縮ですが、沖縄振興についてのお考えをお聞かせください。
沖縄戦を戦った海軍司令官、大田実中将が、昭和二十年六月六日、自らの命を絶つ前に、海軍次官に送った電報があります。御存じと思いますが、内容は、地上戦の惨状と県民の献身ぶりを訴えたものです。そして、その最後には、「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」、つまり、県民はこのように戦いました、県民に対して後世特別の御配慮をと結ばれています。我々が引き継ぐべきことではないかと私は思っています。
戦後八十年、改めてこの言葉についての伊…
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伊東良孝(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・地方創生・アイヌ施策)
私も、沖縄に二十年以上前に初めて来たんですけれども、そのときに大田中将の送った電文の文面を読んで、これも涙なしには読めないような話でありますし、また、知覧を始めとする、ここから旅立った特攻隊の皆さんの遺書なども、全く同様の思いで読ませていただいたところでありまして、後世に、沖縄に対する特別な配慮という言葉がありますけれども、それも、聞いていて、今の我々にとってはこれは当たり前の話だな、当たり前にこれはその義務を果たさなきゃならぬなという、そんな思いをしたところであります。
それだけに、沖縄戦の悲惨さから立ち直ろうとする沖縄でありますので、我々としても、…
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- (上の発言)
102許許斐亮太郎(国民)
ありがとうございます。思いが共有できたと思っています。
私は、沖縄振興で欠かせないのが、大臣もおっしゃった、やはり基地の返還だと思います。
これまで様々な基地の返還が行われてきたことは、外交を始めとして、政府の努力のたまものだと思っています。そして、その返還された土地が利用されて、新たな産業を生み出しています。だからこそ、急ぐべきは普天間基地の返還だと私は思っています。その後の開発が沖縄の飛躍的な発展につながると私は信じています。
そして、その観点から、移設先である辺野古新基地についてお伺いします。
本田副大臣に単刀直入に質問します。辺野古新基地はいつ完成するんですか。実現可能な時期をはっきりとお示しください。
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本田太郎(自民)防衛副大臣・内閣府副大臣
お答えいたします。
普天間飛行場代替施設建設事業の工期につきましては、計画変更後の令和六年一月から数えまして、つまり工事に着手してからですが、埋立工事に要する期間として八年、工事完了までに九年三か月、提供手続の完了までに十二年を要する旨、これまでも御説明をしてまいったところでございます。
引き続き、防衛省としては、普天間飛行場の一日も早い全面返還を実現して、そして基地負担の軽減を図るために、辺野古移設に向けた工事を着実に進めてまいる所存でございます。
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104許許斐亮太郎(国民)
本当にできるんですか。そう言って、ずっとずっと遅れてきている、私はそう思っています。
私がNHK放送局でカメラマンとして勤務していたときに、まさに辺野古でのボーリング調査の開始がありました。およそ十年半前、二〇一四年八月十八日午前十一時のことです。私は、辺野古の海にボーリングの機材がまさに水面に入る瞬間を大浦湾がよく見える瀬嵩の高台から撮影していました。
その時点で、工事完了の予定のアナウンスは二〇二〇年、普天間基地の返還は何と二〇二二年の予定でした。本来なら、もう返還されていてもおかしくないですよね。しかし、その時点でも、実は、二〇二〇年度若しくは…
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105中中村晃之防衛省大臣官房審議官
お答えいたします。
普天間飛行場代替施設建設事業におきましては、サンド・コンパクション・パイル工法又はサンドドレーン工法に用いる地盤改良船を最大六隻使用することとしております。
地盤改良船の高さにつきましては、最大のもので海面下七十メートルまで貫入するケーシングパイプを収納できるということを承知をいたしております。
それから、砂ぐいの打設作業につきましては、地盤の状況や気象、海象状況などを踏まえながら行っていくものであり、一日当たりの施工本数というのは一概に出ないということは御理解いただければというふうに考えてございます。
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