黒田知宏京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授

2026年6月19日・第221回国会 参議院 デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 9 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 123 発言)

京都大学の黒田でございます。

今日は、このような意見を聞いていただける場を設けていただきまして、ありがとうございます。

私は、データサイエンス研究やAI開発を自分で行う研究者ではありませんが、四半世紀にわたって、主に京大病院の医療データ基盤整備に微力を尽くしてまいりました。

長年この仕事に携わってまいりますと、いろんなことを経験いたします。例えば、ある研究所の方が京大病院の医療情報を自由に使って新しい産業を創出しますと発表をどこかでなさったんだそうです。これを聞いた患者さんが、自分の個人情報を使って企業にもうけさせるなんて許せぬという電話を京都大学にお掛けになりまして、それがきっかけで、二年掛けて二次利用のデータを作るという体験をいたしました。このように、たった一つの無邪気な発言がデータ利活用をしばらく停滞させるというのは、医療機関でデータ利活用に関わっている者は必ず体験するものです。

資料一を御覧ください。

次世代法ができた直後、国際医療情報学会、MEDINFO、ごめんなさい、これ二〇一七です、二〇一七で、なぜ日本は民間事業者に勝手に医療データを売り渡させるような仕組みをつくったのだと、同一性認証を失うぞというふうに研究者の方々から迫られました。

私は、お手元の資料の一のスライドの左下のところにあります赤い矢印を書き加えまして、残念ながら日本というのは政府に対する信頼が欧州ほど高くない国なので、政府が自分でやるよりもチェックに回った方が制度の信頼性が上がるんですよという御説明をして納得をしてもらったという経験をしました。

欧州というのはルールに厳しくて、学術分野でも、資料二にお示ししていますとおり、学術例外の範囲を狭めて研究者にデータの安全管理義務を負わせるように改正することにより、やっと日本と欧州がデータ交換を行う学術研究ができるようになったという経緯がございます。欧州というのは特に医療情報分野では学者と官僚の距離が極めて近い地域ですので、このとき私が説明に失敗していたら何が起こったんだろうというのを非常にぞっとする思いです。

資料の三を御覧ください。

認定作成事業者、LDIの理事を私はしてございますが、ここの立場では、資料三にお示しする情報漏えい事案を経験いたしました。次世代法では、認定作成事業者が通知済み患者のデータの抽出作業を医療機関から受託しているのが普通です。ですが、LDIはこのとき抽出プログラムにバグを持ちまして、約十万人分のデータを誤って抽出するという事故を起こしました。ただし、次世代医療基盤法では匿名加工情報した情報しか提供できませんので、幸い個人情報が市中に漏えいするということはございませんでした。

とはいえ、委託先から認定事業者への個人情報の漏えいでございますので、個人情報を漏えいさせたと名前を公表された医療機関の中には、こんなレピュテーションリスクがあるんであれば、もう次世代法から離脱したいというお話をたくさんいただきまして、内閣府の方々と一緒に日本中を飛び回るということを経験しました。

これらの経験から言えることは、病院にも患者さんにも自分に危害が及ばないように守られていると感じてもらえる、シンプルで分かりやすい仕組みを整えることが大切だということです。ですので、私は、資料四にお示ししているように、国が安全性を認めた機関だけがデータを集め、一か所で全ての利活用提案が審査されて、その結果が公表される欧州EHDS型の医療情報基盤をつくるべきだと考えています。

今回の個情法改正においては、決してデータの安全性を確保する手段にならない同意に頼ることをやめ、リスクベースアプローチで考えるというのは画期的なアプローチだと思います。一方で、同意という安全装置を取り除くというのであれば、守ってもらえているという、感じてもらえる安全装置を立て付ける必要があります。最も効果的な安全装置は、違反者からあらゆるデータに触る権利を剥奪することです。これはデータを扱う者にとっては死刑宣告に等しい宣告ですから、高い抑止効果が期待できます。

実際、資料五に示しておりますとおり、厚生労働省が運用しているNDBでは、二〇二〇年に、データを目的外利用した研究者の名前を公表して、情報提供の無期限停止措置をとっています。こういった抑止効果を最大化するためには、例外なく全ての利活用を一か所で審査するということが必要になります。EHDSはそうなっています。例外はありません。

北欧各国では、オプトアウト率が国民の制度に対する信頼度を表すパラメーターなのだというふうに言います。今、北欧各国のオプトアウト率は〇・五%を切っています。次世代医療基盤法の事業者であるLDIのオプトアウト率は今〇・二%です。

さて、逆に、丁寧な制度設計をすることなく利活用法制の理念を優先した制度を引いたために国民の制度を失ったという例は枚挙にいとまがございません。

資料六を御覧ください。

左上にございます豪州のマイ・ヘルス・レコードの場合、国民の一〇%近くがオプトアウトしました。英国NHSでの事例もよく知られています。下にありますけれども、英国では最近でも特定の企業にデータを提供したという疑いが飛び出しまして、ノット・ウイズ・マイ・NHSデータ、みんなでオプトアウトしようという反対運動が起きておりまして、この六月三日にナショナル・データ・ガーディアンが声明を出すなど、政府は対応に追われています。データ利活用制度の整備においては、確実に、せいては事をし損じるんです。

さて、資料七の上段にお示ししているのは、統計例外を定めている今回の第三十条の二第五項の条文です。本質的に条文の意味を変えない紫の部分を取り除いて、下線部分を意訳しつつ条件として外に出して、残った文をつなぎ合わせると下のようになります。

個人情報取扱事業者は、第三者が個人情報を統計作成等目的で扱う必要がある場合、当該個人情報を本人の同意を得ないで当該第三者に提供することができる、これだけです。下段に各項の参照関係を示しましたが、スクレーピングを定めている柱書きは第五項を参照しています。ですが、第五項はどこかを参照していませんので、これは独立して存在しています。ですので、他項の影響はございません。第六項では、この第三者を特例個人情報受領者と名付けておりますが、データ管理に関する特段の安全管理措置は求められていませんし、受け取るデータの範囲に関する制限も設けられていません。

資料八を御覧ください。

GDPRにも統計例外に該当する条文がございます。それがGDPR第八十九条です。資料八は、個情委さんの同条文の訳、資料九が原文です。下線は私が引いています。

第八十九条二項では、科学調査若しくは歴史調査の目的又は統計の目的で取り扱われる場合、EU法又は加盟国の国内法はオプトアウトを受け付けない法律を作ってもよいと書かれています。ただし、第一項で書かれているデータの最小化の原則の尊重が条件です。そのレベル感は、仮名化を含むことができる、メイ・インクルードです。GDPR八十九条と改正個情法の統計例外との間では、このデータの考え方に対して全く平仄が取られておりません。

一方、次世代法は、今度は資料十ですけれども、十にありますように、異なる医療機関のデータを名寄せして分析用医療データを作るためにできました。ある人の一生分のデータを管理する認定作成事業者は、主に情報セキュリティー面の審査を毎年受けねばなりません。同様に、仮名加工医療情報を手元に保存する事業者Ⅰ型、手元にデータを置かないけれども仮名加工医療情報に触る事業者もⅡ型認定利用事業者として認定を受けることが求められています。

ここで、統計例外と次世代法のデータの流れを下の方にまとめてみました。複数医療機関の医療データをつなぎ合わせて、安全性確保のために仮名化処理を施し、AIの学習データとして適用するという三つの丸がそこにございます。御覧いただいて分かるように、できることは全く同じです。特定個人情報受領者は、特定作成事業者と特定利用事業者の両方の役割を果たします。

しかし、特定個人情報受領者には認定事業者に求められているような安全管理措置すら義務付けられていません。二つの法律の平仄が全く取られていないわけです。平仄を取るならば、大臣認定を入れる必要がございます。最低限、特定個人情報受領者に安全管理や出力物の確認義務を法で求めておかなければ、最も楽な方法が最も安全な方法ではなくなります。そうすると、日本のデータ利活用システム全体が壊れます。ソフトローであるガイドラインで定めるべきだという御意見もあるのは理解しておりますけれども、ソフトローは達成すべき目標をハードローで示したときにのみ効力を発揮します。ですので、ソフトローだけ書けばいいというものではございません。

資料十一を御覧ください。

資料十一は、厚生労働科研木村班の資料です。この研究では、中段に示しておりますように、開発中のAIを認定作成事業者に預けて学習してもらうというアプローチを取りました。ちょうどAIという籠をお預かりをして、個人情報の液の中に認定作成事業者がぽちゃんとつけるというイメージです。しばらく学習した後引き揚げて、籠の中に残った学習のAIパラメーターを個人情報が入っていないなと確認してお渡しをすると。そうすると、AIパラメーターは統計情報ですから、認定を取らなくともAI開発者は受け取れます。このアプローチを使えば、実はゲノムを対象としたAIですら手続を取らずに作れます。

しかし、一般的なAI開発では、生涯にわたるデータであったりゲノム情報のような個人情報を必要とすることはまれです。名寄せを必要としないのであれば、現行個情法の仮名加工情報の共同利用の枠組みを使えば十分です。

資料十二を御覧ください。

資料十二の上段にはQアンドAがありますが、今回の統計例外と同様に、必要な事項を開示して共同利用の契約を結べばよいということが書かれています。仮名加工にもちろんPETsなどの製品を使うことも可能でしょうし、仮名加工そのものをAI開発企業に委託することもできます。無論、受託時には、個情法に従って安全管理措置が盛り込まれることになります。統計例外のように、あらゆる個人情報を特段の安全管理義務を課されずに受け取れるという状況にはなっていません。

以上、お話ししてまいりましたように、統計例外を導入することによって初めて実現できることというのは実は何にもないんです。全く何もありません。なのに、こうやって特定個人情報受領者というものができ上がることによって、しかもそれに安全管理措置が法で義務付けられていないということであれば、現行制度よりも確実に安全性は下がります。次世代法やGDPRとの平仄も取れません。そうすると、十分性認定の喪失の可能性すらあります。何よりも、データを提供してくださる国民の皆様やデータの収集、提供主体である医療機関、さらには共同研究開発の相手先になるべき諸外国の不信感を招きかねません。私は病院の責任者でございますけれども、この制度でデータ出したいとはこれっぽっちも思いません。怖くてできないです。

結果として、我が国の医療データ利活用は停滞し、AI開発等の点でかえって諸外国に大きく後れを取ってしまう結果になるだろうということが予想されます。せいては事をし損じるんです。

折しも、医療等情報の利活用の推進に関する検討会が内閣府で進められていて、この夏に結論をまとめるべく急ピッチで進められているところです。丁寧な議論を経て、病院にも患者さんにも自分に危害が及ばないように守られていると感じてもらえる制度をつくるというのに、私も一構成員の立場で微力を尽くしているところです。ですので、政府や国会議員の皆様には、性急に必要のない例外の穴を空けることは避けていただきたいと心からお願いを申し上げます。

私の話は以上です。ありがとうございました。

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