川名晋史大東文化大学法学部政治学科教授

2026年7月3日・第221回国会 参議院 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 9 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 83 発言)

川名でございます。

アメリカの海外基地政策について研究している研究者でございます。本日は、お招きいただきまして、ありがとうございます。

私の方からは、アメリカの海外基地政策における在沖米軍基地の位置付けと、それから普天間返還が進まない理由、そして今後の課題についてお話をする予定でおりますけれども、前泊参考人の陳述と一部重なるところがありますので、時間も限られておりますので、一部割愛しながら、お手元の事前に配付させていただいたレジュメに沿ってお話しさせていただきたいと思います。

私の話のポイントは、先に申し上げておきますと、アメリカはこれまでも、これ世界中でもそうですけれども日本で特に、日本本土でですね、彼らの基地を日本に返還してきているわけでありますが、共通する重要な特徴として、彼らは不利益変更は認めないと、これは徹底しているわけであります。

したがいまして、今の普天間返還に関しても、普天間の現有機能を十分に代替することと、これが最初から条件なわけであります。じゃ、我々は、この十分な明細といいますか、具体的な中身についてどこまで理解しているだろうかと、見落としはないだろうかと、この三十年目に改めてその点について確認する必要があるだろうというのが私の今回の話の趣旨でございます。

その前に、一番最初に、少し俯瞰的に、この普天間基地というのはアメリカの海兵隊の基地でございます。アメリカの海兵隊がどこにどれだけ基地を持っていて、その中で沖縄、日本がどういう位置付けにあるのかというところからまずは確認してまいりたいと思います。

最新のアメリカの国防総省のデータによりますと、アメリカの海外基地は世界に、四十五か国に散らばっております。計五百四十九あるということになっていますが、これは少なく見積もってだというふうに私としては考えております。研究者によってはその倍の数を示す者もおりますので、あくまでも参考値だというふうに思います。いずれにしましても、世界の二二%の国がアメリカの海外基地を受け入れているという世界が今日であります。

大事なのは、この軍種別というところですけれども、陸軍が最多で、海、空と続きます。海兵隊というのは、世界に三十しか基地がないと。彼らはぐるぐるぐるぐるいろんなところを回って歩いていますので、常設の基地というのがそれほど重要ではないというのが理由ですけれども、彼らは三十の基地を持っていますが、このうち七割が、ごめんなさい、沖縄の、ちなみに沖縄の米軍基地面積の七割、これを占めているのが海兵隊です。それを踏まえてですけれども、海兵隊は世界に三十基地を持っていますけれども、そのうち二十六が日本にあります。その大部分が沖縄です。日本以外には韓国ですね。浦項というところがある、韓国の韓国海軍の基地がありますけれども、そこに一部海兵隊がいるぐらいで、基本的には日本、沖縄にいるということなわけであります。

そういう意味において、海兵隊にとってその沖縄の基地というのは非常に手放し難いと、貴重なものであるということで、例えば一九六〇年代には、一旦、国防総省は沖縄の海兵隊をほとんど全てアメリカ本国に撤退するという計画を立案したこともありましたが、海兵隊あるいは海軍省の徹底的な抵抗に遭いまして、これ頓挫するわけであります。それは、海兵隊にとっては、繰り返しますが、沖縄におけるこの基地というのが彼らにとっての非常に重要な戦略的な資産であり、また、政治的には既得権にもなっているということで、その他の軍種に比べると、その海兵隊の基地というのは非常に粘着性が高いんだということを押さえておく必要があると思います。

それから、二番目です。普天間返還が進まない理由と今後の課題と。

括弧一につきましては割愛いたします。

先ほど、冒頭申し上げました、十分な代替施設とは一体何を意味するのかということです。この十分な代替施設というのは、一九九六年のSACOの中間発表のときから一貫してアメリカが言っていることなんですけれども、我々は、これを辺野古に新たな滑走路を建設することをもって十分だというふうに早とちりしてきたところがあるのではないかということであります。

この十分な代替施設が意味するものの中で、この三十年、我々が十分に認識してこなかった二つの論点を今からお話しいたします。

一つが、国連軍の問題です。

国連軍は余り日本社会でこれ議論されてこなかったものですので、議員の皆様方も必ずしも十分に御理解なさっていないところもあるかもしれません。これ簡単に申しますと、朝鮮戦争、一九五〇年の六月に生じた朝鮮戦争の際に結成されたアメリカの有志連合軍のことです。正規の国連軍のつくり方は国連憲章にそのレシピが明示されていますけれども、そのレシピどおりにつくれなかったので、即席で国連軍風のものをこのときつくりました。このときの根拠になった安保理決議、総会決議はまだ失効していません。したがって、これを有効だというふうにアメリカ側は考えていますので、この国連軍あるいは韓国にある国連軍司令部、日本にある国連軍の後方司令部は、今なお有効性を持っております。この国連軍、このときつくられた国連軍の基地が日本に七か所あり、普天間基地はその国連軍の基地の一つになります。

ですから、我々は、普天間基地の問題をアメリカ軍基地としてフレーミングして、その限りにおいて検討してきたわけでありますが、この国連軍というフレームあるいは補助線を引くと、全く違う形が、意味が見えてくるということになります。

さて、この国連軍の問題というのは、まさに十分な代替施設が意味するものの筆頭要件です。なぜそのように断言するかといいますと、一九九六年の三月です。日米で普天間返還に合意し、それを発表するのはその翌月の九六年四月です。その直前のことです。アメリカ側で、このSACO、普天間返還、アメリカはリロケーションといいますので、返還ではなくて移設という言い方をしますが、いずれにしても、アメリカのチームを率いていたのはカート・キャンベルさんです。当時、国防省の国防次官補代理ですね。彼が作成した文書の中に、アメリカが普天間をリロケーションするのであれば、かくかくしかじかの条件を満たさなければいけないということがあります。その最初に出てくるのが、普天間は国連軍の基地なので、したがって、代替施設は当然ながら国連軍の機能を充足させなければいけないというものでありました。これはもう一次資料で出てきております。

それからもう一つは、普天間というのは嘉手納とセットで使われています。別々の軍種が使っていますが、元々は空軍が使っていました。嘉手納基地の補助飛行場として普天間というのがあったんですが、空軍が六〇年代に手放したので、海兵隊が後を引き継ぎました。ということで、空軍と海兵隊が使っていますけれども、相補的です。例えば、嘉手納に降りられなくなったら普天間に降ります、横にありますからね。逆もしかりです。普天間に降りられなくなったら嘉手納に降ります。これダイバートという表現です。ダイバートフィールドといいますけれども、緊急時に降りる飛行場のことをダイバートフィールドといいますが、これが海兵隊にとっては非常に重要な機能で、じゃ、普天間をどこかに移すとなったら、嘉手納に降りようとしていた航空機、軍用機が仮に降りられなくなったときにどこに逃がすのかと。当然、降りられるダイバートフィールドが必要であるということで、アレスティングギアが付いた長い滑走路が必要だということが、九六年の三月の段階からアメリカは想定していたことです。

非常に重要なこの二点が、日本国内では十分に認識されて議論されてこなかったというふうに私は考えております。

普天間基地は、沖縄が施政権返還された一九七二年の五月十五日以降、一貫して国連軍の基地です。当然ながら、普天間基地が返還されて、仮に辺野古に新基地が完成した暁には、当然ですけれども、普天間が持っている現有機能がそのままそちらに行きますから、辺野古の新基地は国連軍の基地に指定される必要があるんだろうというふうに思います。

国連軍というのは過去のものであると、過去の遺物であって、もはや関係ないのではないかというふうにお考えの方もたくさんおられますが、そうではありません。特に、二〇一八年以降、北朝鮮の瀬取りですね、瀬取りを警戒監視するために、この国連軍のフレームワークでもって、本土でも当然横須賀が使われていますけれども、沖縄では嘉手納とか普天間とか、あるいはホワイト・ビーチ、これ国連軍の基地ですけれども、ここが使われて、東シナ海とか台湾海峡に国連軍の枠組みで彼らは活動を行っています。ですから、フランス軍であるとかイギリス軍であるとかオーストラリア軍なんかが普天間や嘉手納に入ってこれているのはなぜかというと、国連軍のフレームワークがあるからです。そうでないと、彼らはどうして、日本の自衛隊の基地ならまだしもですよ、米軍基地を彼らが使えるんですか。その根拠は国連軍の地位協定にあります。

さて、この国連軍の問題、後で御質問があれば更にお答えいたします。

二番目、長い滑走路の方です。

こちらが今日急速に沖縄において論点化していると私は思っています。この長い滑走路は、先んじて私が考えている飛行場を申し上げますが、これは那覇空港だというふうに言って差し支えないと思います。つまり、那覇空港を米軍ないし国連軍に使用させるかどうかというのが大事な論点に浮上しているというふうに私は考えております。

さて、これもそんな話は聞いていないということではなくて、アメリカは最初から、これ実は三十年前からこのことは言っているんだろうと思います。我々は、このSACOの中間報告とか最終報告とか、あるいはロードマップとか統合計画とか、いろいろな節目節目で重要な日米合意取り交わされています。それに関する合意の文書も出てきています。

通常は日本語に訳されたものを読むわけですけれども、英語のものと突き合わせてみると、少し不自然なところがございます。それが、英語には出てくるコンティンジェンシーという言葉です。コンティンジェンシー、それは何かというと、コンティンジェンシーというのは、どういうわけか日本語では緊急時と訳されています。しかし、これは正確に訳すと有事です。コンティンジェンシーというのは、軍事的には有事のことを意味します。緊急時というのはエマージェンシーです。米側はしっかりエマージェンシーとコンティンジェンシー両方の概念を文書に書いていますが、日本側の文書はなぜか緊急時の一語でくくられています。つまり、コンティンジェンシーが意味するところの有事の意味が消失しているということです。

したがって、我々はこの普天間の、普天間、辺野古に移します。辺野古は千二百メートルの滑走路、オーバーラン六百メートルで、計千八百メートルです。この短い滑走路では実行できないような国連軍のファンクションあるいは米軍のファンクションをどこかでこれ穴埋めしなきゃいけないわけですけれども、そのために民間の飛行場が想定されていますが、これがいわゆる那覇空港です。那覇空港は二本の滑走路があって、それぞれ二千七百メートルと三千メートルです。これはまさに、嘉手納に降りられなくなった軍用機がダイバートフィールドとしてそちらに降りられる十分な長さを持った滑走路、飛行場ということになります。

さらに、アレスティングギアという聞き慣れない言葉もアメリカ側は最初から出しています。アレスティングギアというのは、戦闘機が何かの整備不良、機体不良で、例えば胴体着陸しなければいけないような形で飛行場に突っ込んでくるときに、機体にフックがありまして、それを、地上の滑走路に付いている鉄のワイヤがあるんですけれども、それにぐっと引っかけて、そして制動して止まるものなんですけれども、これは戦闘機を運用する滑走路には絶対に必要なんです。これがないと彼らは降りられません、危なくて。アレスティングワイヤ、那覇空港に設置されています。ですから、那覇空港以外にないです。

例えば、伊江島とかあるじゃないかという話が、下地島空港なんかも長い滑走路あるのでよく名前が出てきますけれども、アレスティングギアありません。支援施設もありません。仮に突っ込んできたときに、そこで整備したり修理したりするためには、そこに修理の施設も必要なんです。そうしないとそこに半年も一年も機体をずっと置きっ放しにしなければいけなくなるので、そのようなロジ施設を含めてしっかりと支援施設がなければ、彼らはそれを代替施設というふうにはみなさないということであります。

ということでありますので、これは私のこの参考資料のところに、「「長い滑走路」のミッシング・リンク」という、「世界」の論考に書いています。これはウィキリークスの文章なんかも出てきていますので、かなりの確度でアメリカは当初から那覇空港を使用するつもりであった、そして日本側も恐らくそのことについては一部の人々は認識していたのではないかということを示唆する文書とともに紹介しておりますので、御関心のある方はそちらを御覧いただければというふうに思っております。

あと一分で終わります。

仮に那覇空港を国連軍が使うということになりますと、──では、ここまでといたします。

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