本法案第二条一項の人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法とは、一般通常人から見て、ひどく快くないと感じさせ、又は不快に感じさせるような方法をいいます。
これに該当するかどうかについては、行為者自身やこれを見た者が現実に不快感や嫌悪感を覚えたか否かではなくて、あくまで一般通常人を基準として、国旗を大切に思う感情を害するに足ると認められるか否かによって判断されるものと思います。
そして、二条二項は、こうした判断に当たって、損壊行為がどのような一連の行為の過程で行われたのか、周囲の状況はどうであったか等の客観的事情を総合的に勘案して判断されることを明確にしたものでございます。
したがいまして、仮に私人逮捕があるとしても、その行為を見ている人の個人的な感情といったものが判断基準になるわけではございません。
147小小島とも子(立憲)
二条に著しく不快、嫌悪という言葉があります。これはあくまでもやっぱり人が感じるものですので、法的安定性には大変疑義があるというふうに感じざるを得ません。極めて内心的感覚の問題であろうかというふうに指摘をしておきたいというふうに思います。
再度申し上げます。
方法だけを問う、そんなことが本当に可能なのかどうか。行為と考え方、そしてその本当に根底にある内心というのは不可分である、そのように考えますが、いかがでしょう。
では、次に進みます。
第二条、先ほどから出ていますけれども、人という言葉が出てきます。この人について確認をさせていただきたい。人とは具…
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148高高木啓(自民)
本法案は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法で公然と国旗を損壊等した者を罰するものでありますが、これに該当するかどうかについては、行為者自身やこれを見た者が現実に不快感や嫌悪感を覚えたか否かではなく、あくまで一般通常人を基準として、損壊行為がどのような一連の行為の過程で行われたのか、周囲の状況はどうであったのか等の客観的事情を総合的に勘案して判断されることになるということでございます。
したがいまして、特定の人というものを想定しているものではないということを申し上げたいと存じます。
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149小小島とも子(立憲)
少し八番飛ばして、九番に行きます。
それでは、この件で私人逮捕が起こる場合、誰の判断によって私人逮捕が行われるか、お答えください。
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- (上の発言)
150高高木啓(自民)
本法案第二条一項の人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法とは、一般通常人から見て、ひどく快くないと感じさせ、又は不快に感じさせるような方法をいいます。
これに該当するかどうかについては、行為者自身やこれを見た者が現実に不快感や嫌悪感を覚えたか否かではなくて、あくまで一般通常人を基準として、国旗を大切に思う感情を害するに足ると認められるか否かによって判断されるものと思います。
そして、二条二項は、こうした判断に当たって、損壊行為がどのような一連の行為の過程で行われたのか、周囲の状況はどうであったか等の客観的事情を総合的に勘案して判断されることを明確にしたものでございます。
したがいまして、仮に私人逮捕があるとしても、その行為を見ている人の個人的な感情といったものが判断基準になるわけではございません。
151小小島とも子(立憲)
個人的感情でなかったら私人逮捕起こり得ないように思うんですけどね。皆さん、どんなふうにお考えでしょうか。
どこまで行っても、例えば私人逮捕の場合、あるいは通報でもそうです、一般に人というのは、先ほどもありました、通常判断能力を持つ一般人というふうにおっしゃっていますけれども、どこまで行っても判断をするのは私あるいは誰かの集まりにすぎないのではないかと。私が不快に思い、嫌悪の情を抱くから、通報や私人逮捕といった行動に結び付くのではないか。結局のところ、個人の捉え方やその際湧き起こる感情、内心の感情に左右される構成要件ではないのか。極めて抽象的であり、不明…
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152高高木啓(自民)
大変恐縮です、繰り返しになりますけれども、本法案は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法で公然と国旗を損壊等した者を罰するものでございますが、この方法に該当するかどうかについては、これを見た者が現実に不快感や嫌悪感を覚えたか否かではなくて、あくまで一般通常人を基準として、損壊行為がどのような一連の行為の過程で行われたのか、周囲の状況はどうであったか等の客観的事情を総合的に勘案して判断されることになります。
このため、構成要件に該当するかどうかを判断するに当たり、主観に左右されるのではないかとの御懸念は当たらないと考えております。
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153小小島とも子(立憲)
構成要件はっきりしないんですよね。杉尾委員にもありましたけれども、本当に分からない例がいっぱい挙げられている。国民がどうやって、これをやったら駄目だ、これはこういうことで駄目なんだなというふうに分かるのか、本当に甚だ不安であります。
参考人、先ほどから出ていらっしゃいますけれども、橋本基弘中央大学法学部教授は、こんなふうにおっしゃっていました。感じ方や感覚だけで人を結局処罰するわけですから、犯罪者にする怖さは人々に表現を萎縮させ、結果的に憲法二十一条二項が禁止する検閲の効果を持つ、極めて主観性の強い要素を構成要件に組むこと自体、意図があろうとなかろうと…
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