伊勢崎賢治 (れいわ新選組)

2026年5月14日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 174 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 188 発言)

木原長官御案内のように、内閣府のPKO局本部、あそこには国際平和協力研究員制度というのがありまして、日本のJPOを終わった人たちを次のキャリアアップさせる止まり木制度というの、これ、明石康さんなんかと十年以上前に僕、立ち上げに関わったんですね。先細りです。頑張ってください、これ、戦略として、お手伝いします、これ。

次に、大学です。大学の教育です。

インテリジェンスとは、相手国の言語で発信される膨大な情報から価値ある情報を読み解き、その歴史、文化の背景を踏まえて将来を分析する極めて知的な作業でございます。

私は長年、東京外国語大学という小さな国立大学で教鞭を執りましたが、そこで痛感したのは、政府による運営費交付金の削減と、選択と集中の名の下に、これ本当聞き飽きました、本当にもう。特に、人文社会科学系には再編、縮小を迫る近年のこれずっと続いた政策によって、これ本当に真綿で首を絞められるような拷問です、これ本当に。これ、こんなことをやっていると、習得に長期間を要する難言語、難しい言葉ですよね、それとか、地域研究といった知の泉が意図的に痩せ細らされている深刻な現実、これが現実なんですね。

昨今、AI翻訳の発達により、言語学習は不要になるとの議論もありますけれども、それは誤りです。AIが進化しても、現実社会の非公式な権力関係や地域固有の慣行、それと政治的機微を織り込んだこの難言語の情報を解釈し、AIの誤訳やバイアスを検証できるのは、やっぱり高度な生身の人間、専門家のみであります。AI時代だからこそ、その限界を補完する人間による専門知、これがインテリジェンスの最終的な防波堤になると僕は思います。どうでしょう。

そこで伺います。

国家情報局の設立に当たり、AI活用を前提としつつも、AIが代替できない、人間による解釈と検証の領域をどう担保するのか。その上で、文科省と連携して、不可欠な難言語や、それと地域専門家を一体何人規模で何人掛けて育成するのかという具体的なビジョンがあったら、是非お伺いしたいと思います。

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