水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授

2026年5月27日・第221回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 60 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 69 発言)

スリナムの件、注目していただき、誠にありがとうございます。

これは、御承知のとおり、特に二〇二〇年代に入って、南北アメリカを中心に、黒人差別、そしてそこにつながる形での奴隷制、奴隷貿易といった過去の遺産に対する注目が非常に高まってまいります。もちろんそれ以前からも高まりはあったんですけれども、特に二〇二〇年代、いろんな事件起きた後ですね。

その中で、過去をどう捉え直すかということがオランダでもかなり議論になり、その中で、やはり最終的には国王が謝罪しなければならないだろうという形で、何といいますか、世論が、世論といいますか、関係者の意識がつくられていったということだったんですね。

ただ、謝罪そのものは明確な法的な効果を伴うものではないです。むしろそれは一種のモラルオブリゲーションといいますか、要するにこれまでは謝罪していなかったわけですので、一体その奴隷制、奴隷問題に関してオランダという国はどう考えているかというときに、やっぱり謝罪がなければこれはもう過去の清算どころもへったくれもないわけですね。

ですので、やっぱりその出発点にあるのは謝罪であり、それは元首である国王からということになるわけです。実際、これと併せて、今回ちょっと申しませんでしたが、経済的なその他の様々な、何といいますか、協力関係をつくっていくといった形でも、具体的な物の動きなどもあったりするんですけれども、それはあくまで付随的なもので、いわゆる賠償ではないです。

実は賠償問題は、これはまたちょっと別の問題で、例えば奴隷制に対して賠償を約束したというものではこれはないです。ないんですが、かといって、じゃ、賠償などがないんだから謝罪もしなくていいというふうにはやはりいかないだろうし、まずは出発点としては謝罪をする必要がある。

ただ、謝罪というのも、何といいますか、抽象的に国王がオランダ国内で謝罪文を、慰霊碑、慰霊碑といいますか、記念碑の前ででしたが、読み上げるだけではなくて、やっぱりそれは現場で行う必要があるということで、謝罪を行った後しばらくたって現地のスリナムに行って、そこで現地のコミュニティーの人々と対話を行い、その間にその現地の人々の間でも国王の謝罪をどう見るかという議論を、ディスカッションをやってきたんですね。その結果、国王が公式訪問されて、そこで現地の伝統文化に従った儀式に参加してもらい、そこで和解を具体的にやってもらう、そういう形で話がまとまっていき、その枠組みの中で今回公式訪問、国賓訪問されて儀式に加わったということなんですね。

ですので、そういう意味では、一方的に何か上から謝罪してオーケーではなくて、やっぱりそれは当事者の、コミュニティーの対話と、そしてまた、何というか、同意があってこその謝罪だと思います。やはり、何といいますか、許しなき謝罪はむなしいという言葉がありますけど、今回その点ではそのプロセスをきちんと踏んでいったと思うんですね。

何といいますか、私の個人的な印象としても、そういった意味では何かヨーロッパの外交のうまさというのか、すごくしっかり準備した上で、ちゃんと、何というか、当事者の同意、同意といいますか、参画を経て物事を積み上げていって、お互いが納得できるような形にしていったというところはやっぱりヨーロッパらしいなと思います。

ただ、賠償を求めるべきだという見方はもちろんあって、それに応えるものではないです。そこはちょっと御理解いただきたいと。済みません。

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