水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授

2026年5月27日・第221回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 40 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 69 発言)

ありがとうございます。

その点では、本日、鏡としてのヨーロッパと申しましたが、やっぱりヨーロッパの、何といいますか、やらなかったことをやっぱりちょっと見ていかないといけない。

元々、御承知のとおり、日本で外国人人口がかなりヨーロッパに比べて少なかったのは、高度経済成長期に必要となる労働力がヨーロッパはもう国外から入れるしかなかった。でも、日本の場合は国内、特に農村部からの流入、大都市圏に流入する人々が担い手となることで移民に頼る必要はなかったという面もあるわけですね。

ヨーロッパの場合は、ただ、そこで、何といいますか、欠けていたのは、ゲストアルバイター、ガストアルバイター、ゲストワーカーとして彼らを最初位置付けていたわけなんですが、必要がなくなれば彼らは帰っていくだろうと思っていたわけです。ただ、実際その多くの人は帰るという状況にはならなかったわけですね。いつか母国に帰るというのは、それは、何といいますか、一方的な思い込みだったわけであります。

やはり、特に仕事を持ってしっかりとその国で外国人が働くということは、そこで定住する人も当然ながらかなりの部分出てくるだろう。とすると、その定住先でどういうふうな形でその生活を保障していくのかということをきちんと取られるか、あるいはもう最初から入れないかという方式もあるかもしれませんが、少なくとも、いつかは帰っていくだろうという希望的観測のみで移民を入れていくということはヨーロッパが恐らくちょっと欠けていたことかなと思います。

そういう意味では、日本はこれから多くの外国人が入っていくかどうかというところでどういう形で入れていくのか。やっぱり、多くの外国人労働者はそのまま日本に住みたい人も多いと思います。どう扱うのか、どういう日本を構想するかということは、国民的合意を可能な限りつくっていくべきだと思います。

以上です。

前後のやりとり

36の発言を見る

44の発言を見る