田中均株式会社日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問

2026年3月4日・第221回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 31 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 75 発言)

それは明らかなんですね。それは、二〇一六年、一七年頃、中国が変わっちゃったという。二〇一〇年に日本を追い越して世界で二番目の経済大国になって、最初の頃は中国は極めて低姿勢だったんですね。それが、例えばノルウェーにサーモンの関税を掛けるとか、それからフィリピンにバナナの関税を掛けるとか、いわゆる戦狼外交、相手に経済的な圧迫を加えて自分たちの外交目的を達成する、それから尖閣に対して、まさに民間の船、あるいはその公船も含めて圧迫を加える、そういうことによって中国という国が大きくなれば、まさにより小さな国々を圧迫するぞということを鮮明にしちゃったわけですね。

それに対してアメリカは、ピボット、すなわちアジアの海域だということで、中東からアジア。そのときに、私が普天間の返還をやったときのネゴシエーティングパートナーなんですが、カート・キャンベルなんかがつくり出したコンセプトがインド太平洋ということだったわけですね。彼の頭の中にあるのは、いかにしてアメリカが第一の競争相手と考える中国を抑止していくか、牽制していくか。そのときに、二〇一六年に安倍首相が出されたのが自由で開かれたインド太平洋ということだった。

中国に関する、実は日米というのは必ずしも戦略が一致していたわけじゃないんです、それまでね。ところが、そこでぴったり一致したんですよ、ぴったり一致した。要するに、中国は牽制する、同盟国として、中国をとにかくその外へ出ないように押しとどめると。その一環、だから、ちょうど十年間それが続いてきたんですね。この十年の間に、それまでアジア太平洋としてやってきたこと、例えばRCEPとか、それからもろもろの、東アジア・サミットだとかなんとかと、そういうのを、全部中国を入れたコンセプトだったんですね。それがもはや、そうではなくなったということ。だから、理由はある。理由は、中国の極めて強引かつ攻撃的な外交であり、攻撃的な海洋活動であった。だからといって、それをとどめるのは抑止力だけだというのは、僕は行き過ぎだというふうに申し上げている。

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