田中均株式会社日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問

2026年3月4日・第221回国会 参議院 国際問題に関する調査会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 18 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 75 発言)

その話を聞かれるとは思いませんでしたけど、あえて、まさに御関心事であるということで、できるだけ事実関係に正確にお答えをしておきたいというふうに思います。

当然のことですが、あのときに、拉致被害者の人々をできるだけ早く帰ってもらわなきゃいけないという折衝をしていたわけです。そのときに、私が個人でやったというよりも、当時、小泉総理大臣、それから福田官房長官、それから安倍官房副長官、それから外務大臣、それから私ということで、必ずそういう関係者全て集まる席でその条件をどうするかという議論をした。

そのときに、私が以前から聞いていた話は、そういう被害者の人たちは子供がいる、子供に対して自分たちが日本人で拉致被害者であるということは言っていない。したがって、子供たちのことを考えると直ちに荷物をまとめて日本に帰る、帰すわけにはいかない。したがって、取りあえず一旦一時帰国ということにしてくださいということを言われて、その期間として一週間ということを言ってきたので、再びまた総理のところで御前会議をやって、一週間は短過ぎると、二週間ということで提案をしてくれということで、彼らに二週間の予定で帰国させたいということを言った。結果的には一、二週間ということで日本に帰ってこられたわけですね。

確かに、北朝鮮は、結果的に何が起こったかというと、彼らが故郷に帰られて、やっぱり家族、国内におられる拉致被害者の家族の人たちはもう絶対北朝鮮に返したくないということを言われて、ついては北朝鮮に返すことをやめたいという話が、中山さんですかね、当時の拉致担当だった中山さんを通じてもたらされた。これまた総理の下で御前会議をやって、確かに、故郷のお父さん、お母さんが子供たちを北朝鮮に返したくないということを言っておられるわけだから、これを無視するわけにはいかないよねと。だけど、家族の反対で帰らなかったということになるとやっぱり子供たちの身が危ないので、したがって政府が決めたことにしようということで、政府としてこれは永住帰国にするという結論を出したんですね。

そのときに総理が、田中さんもそれでいいかと言われたので、僕は、もちろん、政治家が決める話だから私がとやかく言う話ではありませんと、だけど、官僚として申し上げれば、その結果として子供を取り返すのに時間が掛かりますよということを申し上げたんですが。

したがって、私は電話で北朝鮮と交渉した。そのときに、彼らは、約束違反だと言う、約束違反だと。で、私は、ちょっと待ってくれと、日本人だよ、これは、日本人の拉致された人たちを返す返さないという話をあなたに言われたくないと。したがって、日本の政府の決定として永住帰国にするということを一方的に言い放って交渉は終わったということですね。その結果としていろんなリパーカッションがあったと思いますが、結果として、それから一年半たって再び小泉さんに行ってもらって子供を取り返したということなんですね。

だから、一連のことというのは、少なくともみんなで協議して、みんなで決めたことで、世の中には、いや、私が返せと主張したということが言われているし、いまだにそういうコメントがありますけど、そんなことあり得ないですよね。こういう大事な話を私の一存で決めるなんということはそもそも考えられない。

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