安達悠司 (参政党)

2026年6月10日・第221回国会 参議院 憲法審査会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 59 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 121 発言)

ちょっと分かりにくかったのかもしれないので補足しますと、要は、今、日本で問題が起きているのは、これは日本国憲法のとおりきちんと運用しない政府が悪いんだと、あるいは国会議員が悪いんだというふうな考え方が取られてきたかと思うんですけど、実はこれは日本国憲法にも原因があるんじゃないかと。

例えば、スポーツの試合で、選手がきちんと今まで決めた作戦のとおりにしないから悪いんだと、作戦のとおりにすれば勝っていたんだというのに対して、いや、実は作戦そのものが間違っていたんじゃないかと。戦争でも、例えば、いや、ちゃんと戦わなかったから悪いんだと、いや、でも、そもそも作戦やプラン自体が間違っていたんじゃないかと、こういった話でございます。

憲法も、GHQが草案を作り、今まで憲法学者の方が意見を述べてこられましたが、そもそも憲法のとおり執行しない政府が悪いのか、それとも憲法そのものに問題があるのかということです。

確かに、三十年前までは、今の憲法の下、高度経済成長したではないかと、日本も豊かになったじゃないかということで良かったんじゃないかと思われてきたんですけれども、ただ、それは日本国憲法の前の憲法の下で教育を受けた世代が政治を行ってきて、三十年ほど前からはそういった世代が退出して、日本国憲法の下、教育を受けた世代が政治を行い、今のような状況になったと言えるんではないか。

政権も、社民党もかつて政権を取りましたし、民主党も政権を取って、その今の憲法の下、いろんな手を尽くしてきたんですけれども、それでも日本は良くならない。そうしたら、最初は憲法を変えなくてよいと思っていた国民も、だんだん、実は何か憲法がおかしいんじゃないかと、憲法を変えないと駄目なんじゃないかというふうな国民が増えたんではないかと思っています。

そういう意味で、じゃ、なぜ、さらにどこが悪いのかというと、今の憲法ではやはり国の守り、こういったものが軽視されていることと、公益的な保護の規制というのが弱いんじゃないか。

例えば、公益に関して言いますと、個人の権利を最大限尊重していけば、それはいいことだと思われるんですが、それは言葉を換えて言えば私益、私益の追求であり、企業の最大価値の利益追求を是認することになります。

ここでいう私益は、裁判所でも例えば金銭で換算できる利益が重視されて、金銭で換算し難い利益は軽視されていきますね。例えば農業とか、生態系とか、確率の低い副作用とか、将来生まれたかもしれない子供、こういったものの利益というのは換算されにくい。その結果、輸入農作物や添加物が増加したり、安い森林が買収されて環境破壊が起きたり、現役世代の利益が優先されて将来世代が減ったり、そういった動きが起きてくるんではないか。

だから、そこに、公益的な規制、公共の福祉ってあるんですけれども、ただ、公共の福祉の規定は具体化されていないので、国が本来守るべき公共の福祉や公益を軽視して、結果的に、規制緩和とかいって様々な公益的な規制を次々と緩和して、若者の所得やいろんなものが低くなっていくと、で、外資が参入するというようなことを招いているんではないかということなんです。

そういう意味で、その国の守りも始め、公益的な規制も始め、今の憲法に限界があるんではないかと、こういった考え、参考人はどうお考えになりますか。

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