竹詰仁 (国民民主党)

2026年7月16日・第221回国会 参議院 経済産業委員会 第14号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 135 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 250 発言)

繰り返しますけど、全面自由化が二〇一六年の四月に始まりましたので、もう十年たっているんですね。で、経過措置料金なんですよ。その経過措置料金がずっと残っていること自体が、その本来の趣旨とは私は違うと思っているんですね。それが、皆様が、これは国会の議論じゃなくて、先ほどおっしゃったような審議会でしょうか、ちょっと私も正式な名前がすぐに思い付きませんが、経産省さんの内部のところでその条件を決めてきて、それが変わらない、今状況が違うから変わらないということであれば、じゃ、経過措置料金っていつまでたっても変えられないじゃないですか。

私は、全面自由化を志向したいのであれば、その全面自由化になるべく、皆様がその条件を変えるなりするべきだと思っているんです。ですから、私は自由化論者じゃないんですよ。だけど、そういうふうにするんであれば、ずっと全面自由化と言いながら、もう十年以上も規制料金、経過措置料金を残していることの方が異例だということで、是非御認識をいただきたいと思っております。

私は、この内外無差別というのは、繰り返しですけれども、非常に矛盾があるというふうに思っております。なぜかというと、先ほど来、この発電所を造るのに大変苦労があるというふうに申しました。これは、発電事業者、あるいはこれから発電しようとする会社であれば、このことはすぐに分かります。ということは、新規参入にする人が、大手の電力会社が無差別で電気を卸す、あるいは電気を買わしてくれるということであれば、リスクを背負ってまで発電所を持ちますかということになります。本当にその用地交渉をして、そこから、先ほど言いましたが、漁業補償するとか、発電所を造るというのはもういろんなステップがあって、何年もあるいは何十年も掛けてそういう発電所ってようやく造れると。それはもう皆さんが一番知っていると思うんですけれども、その電気を無差別に誰でも自由に買えますといったら、その買える側からすると、じゃ、自分が発電所を造ろうと思わないじゃないですか。何十年も掛けて苦労して発電した、苦労して造った発電所がみんなのものですと言われたら、本当にそこで発電する設備を持とうとするんでしょうか。

今回、この電気事業法の改正で、これから電力の需要が増えていくので供給力を十分に確保していきましょうと、先ほど森本さんの質問にもありました。このことで、じゃ、発電事業者に発電設備を持たせようと、持ってみようと、あるいは持つことが自分たちのメリットになるんだというふうに仕掛けない限り、この発電設備って持たないと思うんですよ。せっかく苦労した発電はみんなのものですといって、そんなみんな喜んで発電所を造りますかね。

私は、この内外無差別というのは実はブレーキ役になっている。競争を促進するという観点ではおっしゃることは理解しますけど、これから電気が足りなくなると、だから多くの発電所を持ってもらいたい、あるいは送電線を増強してもらいたいといったときに、この内外無差別が果たしてアクセル側に働くのかと、むしろブレーキ側に働くんじゃないかと私は思っております。

繰り返しですけど、この電力のシステム改革というのは、発電事業には誰でも参加できると、発電は自由にしましたと、でも協議がありますとか、これもいろんな矛盾があるんですけれども、発電設備の建設、運転、燃料確保は相応にリスクを伴う事業でありまして、事実上は誰でも気軽に参入できる事業とは言い難いと思っております。

加えて、二〇五〇年のカーボンニュートラルを達成するということで、更にハードル高いんですよ。環境に、あるいは脱炭素、そういったことも発電事業者に求められるということで、発電事業をやるというのは非常にリスクが伴う事業だと思っております。

この内外無差別が、この卸売が実施されれば、新電力の立場からすれば、電源を保有しなくても、旧一般電気事業会社が保有する電気、電源を持ち主と同等の条件で契約できることになりますので、あえてリスクを背負って電源を新設しようとは思わないのではないかというのが私の問題点です。

この内外無差別、発電設備を持つインセンティブにブレーキを掛けることになるため、内外無差別、是非やめるべきではないかと考えていますけれども、赤澤大臣の見解をお伺いいたします。

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