池田公博京都大学大学院法学研究科教授

2026年5月29日・第221回国会 衆議院 法務委員会 第15号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 2 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 281 発言)

皆様、おはようございます。京都大学の池田と申します。

本日は、このように参考人として意見を述べる機会を与えてくださり、大変光栄に存じております。

私は、大学では刑事訴訟法の研究、教育に携わっております。そして、今回の法律案につきましては、法制審議会刑事法部会において委員として調査審議に加わりました。

そこでは、誤って有罪判決を受けた者を一日も早く救済するという観点から、これを妨げてきた再審手続における不透明な運用や、検察官による証拠の出し渋りを正す必要を痛感する一方で、そのような思いの実現に直結する手続に改めることが、確定判決の意義のみならず、救済手続の機能そのものを損ない得る、思わぬ反作用をもたらし得ることも認識いたしました。そして、それらのいずれも重要な要請の間でどのようにその両立を図るかは必ずしも自明ではなく、非常に重い課題として悩みながら、制度設計に係る意見を述べてまいりました。

とはいえ、今も、一部の事案に限らず、全ての無罪となるべき者が公平かつ迅速な救済を受けられるようにすることが最優先の課題であるという認識に変わりはありません。そして、そのためには、検察官や裁判所の裁量に依存する属人的な運用から客観的なシステムへの移行を図る必要があります。

今回の内閣提出法案は、そうした目的の達成に向けられたものであり、積極的に評価できます。そこで、以下では、内閣提出法案の内容に賛成する立場から、証拠提出命令制度の整備、開始決定に対する検察官抗告に及ぼすべき規律の在り方、そして、そのほかの手続的規律の整備等の順で意見を述べます。

まず、現行制度の最大の問題は、審理の進捗も証拠の入手も担当裁判官の裁量次第という運用の不透明性にありました。つまり、現行制度では、裁判所ごとに審理に必要な証拠の提出を命じる権限の有無や範囲についての解釈が異なり、必要な証拠が得られないまま、例えば袴田巌さんの事件でいえば、第一次請求の第一審だけで十三年四か月もの時間が経過する事態が生じました。

内閣提出法案は、この状況を改めるため、裁判所は、再審の請求の理由に関連すると認められる証拠について、提出を受けることの必要性の程度並びに生じるおそれのある弊害を考慮し、相当と認めるときは、検察官に対し当該証拠の提出を命じなければならないとしています。

このうち、再審の請求の理由に関連すると認められる証拠を提出するよう命じることは、再審請求理由の存否を判断することを目的とする再審請求審の役割から導かれるものです。その上で、要件を満たす限り裁判所は提出を命じなければならないとすることで審理の迅速が確保されるとともに、明確な範囲で検察官に証拠提出を義務づけることにより、証拠を管理する検察官の裁量を排除し、隠蔽を防ぐ規律として機能します。

さらに、その前提として、裁判官が非公開の場で、裁判所が判断に必要とする証拠やその指定する範囲の証拠の一覧表を確認するインカメラ審理を設けています。これにより、検察官の恣意的な証拠の取捨選択を許さず、裁判所が提出を命じるべき証拠の所在を迅速に特定することが可能となります。

なお、この一覧表の提示に関しては、請求人等が裁判所に対して証拠提出命令等を請求する際の手がかりとなるものとして、検察官の保管する全ての証拠の一覧表等を請求人等に交付するよう求める意見もあります。

もっとも、再審請求審は、請求理由と新証拠に関連する証拠を裁判所が自らの責任で取り調べるべきもので、請求人等によるその対象の選別を前提とするものではありませんので、そもそも提出命令に先立ち請求人等が一覧表を見られるようにする理由はありません。また、仮にそうするとしても、主張に関連する証拠の存否や所在を知るために必要となる証拠の範囲はおのずと限られるのであり、全証拠の一覧を知らせることは過剰であるばかりでなく、請求人からの多くの提出命令請求を誘発することとなり、これに対応する裁判所の審理の遅延ももたらしかねません。

このほか、発せられた提出命令に不服があれば、即時抗告の申立てを通じて、提出すべき証拠の範囲が関係人の主張を踏まえて迅速に定まる規律も設けられ、これらの規律の整備を通じて、現在生じている根本的な問題への対処が図られています。

もっとも、検察官が審理に必要と見られる証拠の開示に必ずしも前向きに応じてこなかったというこれまでの経緯に鑑みれば、検察官の保管する全ての記録の提出を義務づけるべきであるとの考えもあり得るところです。

しかし、そのような義務づけは、請求理由の存否を判断するという請求審の構造にそぐわないだけでなく、審理の迅速を損なうおそれもあります。というのも、全記録が提出されれば、情報が多いがゆえに、かえって重要証拠が埋もれてしまい、あるいは審理の争点が拡散することともなるからです。

その結果、先ほど一覧表に関して述べたのと同じように、当該事件の審理、判断を一層遅らせるばかりでなく、さらには、裁判制度の運営そのものを停滞させ、これから救済を受けようとする人の審理を後回しにさせることともなります。これは、全記録を扱おうとすることが構造的にもたらす弊害です。

また、法制審では、裁判所が必要と考える証拠の提出を裁量的に命じられるようにすべきとの意見も示されました。これは、何が関連する証拠か判断がつきかねる際にも、裁判所が必要な証拠を得るための仕組みと理解されます。

しかし、さきにも述べたように、再審請求審は請求人の主張に理由があるかどうかを判断する手続であって、裁判所が請求人の主張や新証拠の内容を離れて証拠の提出を命じることは、その趣旨に沿うものではありません。のみならず、こうした裁判所の全面的な裁量に依存する規定を設けることは、裁判所ごとの解釈の幅をもたらし、冒頭で指摘した運用の不透明性を再燃させることにつながります。

仮に、審理の過程で、裁判所が必要性を認めるものの請求人の主張との関連が明らかでない証拠が存在する可能性に気づいたとすれば、関連性を要求する規定の下でも、請求人に主張の補充を促して関連性を認められるようにすることも可能ですから、あえて弊害をもたらすおそれのある規定を設ける必要はありません。

さらに、提出命令制度の創設は、裁判所による開示勧告やこれに応じた検察官による任意開示といった、運用を通じた幅広い提出や開示を否定する意味を持ちませんので、改正により、現在より開示の範囲が狭まることにもなりません。

このほか、提出された証拠の複製等の目的外使用を一律に禁止する規定を設けることは、プライバシー等の侵害への懸念に対応するものですが、同時に、検察官から、プライバシー侵害のおそれがあるといった弊害を盾とした開示を拒む口実を奪うものでもあります。

つまり、この規律は、請求人側から見れば、請求人が必要な証拠を迅速に入手するためのてことして機能する、迅速な救済にとって不可欠の規律です。他方で、これは証拠の生データの無秩序な公開、拡散を禁じるものであって、弁護団が内容を適切に分析、整理した上で社会に訴えかけることまで妨げるものではありませんので、妥当な規律と言えます。

以上の規律を通じて、第一審段階での迅速な紛争解決をもたらし得る内閣提出法案の方向性は適切なものと言えます。

次に、内閣提出法案では、再審開始決定が即時抗告の一般規定から除外され、別に、当該決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、これを行い得るとされました。こうした規律となったのは、開始決定への検察官の抗告が不必要に救済を遅延させてきたとの批判に応えたものと思われます。

もっとも、迅速な救済を徹底するのであれば、全面的に禁止すべきであるとも主張されています。こうした抗告の一律禁止を求める声の根底にある、一日も早く確実な救済をという願いは痛切なものであり、私自身もその目的に一切の異論はありません。

しかし、再審開始の判断には、確定により社会がこれを前提として動いている判決を見直すという判断の内容自体に重大な意味があるほか、確定を待たずして刑罰の執行を裁量的に停止する契機となるなど、付随的にも重要な影響を伴うものであることなどに鑑みれば、その正しさに疑いの余地を残すものであってよいとも言えません。

のみならず、一律禁止には副作用があります。抗告で誤りを正せなくとも、検察官は公判で有罪立証ができるのだから問題はないと述べられることもあります。もっとも、無罪を言い渡すべき明らかな証拠の存在に検証の余地が残りながら公判に移行すれば、事実認定をめぐり、第一審を超えて上訴へと争いが継続する可能性も生じます。そうなれば、争いの場を公判に移すだけであり、救済の迅速化にはつながりません。

そうした事態を避け、開始決定が無罪の確定という本当の救済を迅速にもたらすものとなるためには、手続自体を迅速化させるとともに、請求審段階で開始決定の正しさについて多層的な確認を経た後に開始決定を確定させることも必要なのです。

このような観点から、今回の内閣提出法案の内容を見ると、これは検察官に抗告の機会を残す一方、それが、決定が覆されることに高度の蓋然性が認められる場合に限られることとしています。これは、多層的な検証の余地を残すことによって、開始判断の、ひいては最終的な無罪判断の確実性を高めるものです。

同時に、こうした規定があることによって、検察官が制度上は認められる抗告をその十分な根拠がないとして断念したということ自体が、開始決定の正当性を支えることにもなるのです。さらに、抗告した旨の事実及びその理由の公表義務を課すなど、他の抗告には見られない強い要請が示されたことは、実際に慎重な検討がなされることを強く促す意味を持ちます。

その上で、前項で述べた証拠提出命令制度を介して、一審段階で必要な証拠が全て明らかになることで、抗告審での争いが再審開始事由の存否という純粋な法的評価をめぐるものに絞り込まれること、加えて、附則三条や五条により迅速審理が強く要請されていることも併せ踏まえれば、例外的な場面で抗告がなされることとなっても、多層的な検証を迅速に可能とする手段として機能することとなります。

そのほか、内閣提出法案は、裁判官の除斥事由を拡大し、再審請求審については原判決に関与したこと、再審公判については開始決定をもたらした請求審に関与したことをそれぞれ新たに除斥事由としました。これは、一度事件の実体について判断を下した裁判官がその判断に固執してしまうことへの懸念に鑑みると、判断の公正らしさに対する信頼を守る観点から妥当な規律です。

また、手続の明確性に資する調査手続、いわゆるスクリーニング、審理終結等の通知制度などを始めとして、手続の明確性に資する規定が多く整備されました。これにより、請求を受けた裁判所の対応が明確になるとともに、関係人の手続的権利も明らかとなり、不透明な運用を改め、再審請求審の進行の迅速化が図られます。

さらに、附則の二条に運用状況の五年ごとの見直しを明記したことは、適正な運用を確実かつ継続的に促す仕組みとして適切であり、評価できます。

冒頭に述べたように、一部の事案に限らず、今も救済を待っている全ての者を想定した制度設計が必要です。

今次内閣提出法案は、対象を絞った証拠提出の義務づけ、そのほかの手続的規律によって審理の迅速性を担保しつつ、限定的な検証の余地を残すことで、全ての救済を待つ者の不利益と刑事司法制度の円滑の阻害を防ぎながら、無罪判断の確定という真の救済を迅速に実現しようとするものとして、評価すべきものです。

以上が私の意見です。御清聴ありがとうございました。(拍手)

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