秋田県湯沢市から参りました株式会社やまだアグリサービスを経営しております柴田為英といいます。どうかひとつよろしくお願いしたいと思います。
私のような者がこういうような場で発言するのがいいのかどうか迷いましたけれども、せっかくの機会でしたので、日頃私が農業で取り組んでいることを御報告しながら、今般の食糧法の改正、大きく三つにまとめられるのかと思いまして、それについての若干のコメントをして、私の意見陳述とさせていただきますので、よろしくお願いします。
まず、私たちやまだアグリサービスは、秋田県湯沢市の山田地区というところで、大体農地面積は八百二十ヘクタールほどですが、今現在、それの二百十五ヘクタールぐらい、四分の一近くをうちの会社で農家から委託を受けて管理しているというところでございます。
作っている作物は、秋田の主力品種あきたこまち、これは主食用です。あと、業務用としまして、今、乾田直まきで、今年は三十三ヘクタールほど、種類は四種類を試験栽培的に三十三ヘクタール、四種類ぐらいやれば、そのうちどれか一品種ぐらいは当たるかなと。というのは、要は、多収になって低コストで米が作れるということで、外食向けでいくのかなと。今、それは若手中心に、うちの後継者なんですが、中心に頑張ってもらっているので、三年、五年で一つの成果が出ればいいのかなとそれは考えています。あと、輸出もやっていますし、加工用米もやっておりますし、一応、販売チャンネルは持っているつもりで、あと、その時々の状況に応じて、どういうふうに回していくかというふうなことでやっておるところです。
そもそも、うちの方の会社がなぜできたかというと、今年二十四期ですので、二十四年前に、私も農業の世界に入って五十三年目になりますけれども、やはり減反が増えてきて、農家が、どうしようかなというところまで来て、平成十五年に農事組合法人で、地域の仲間、若手四人で立ち上げたのがそもそもの出発で、そのときは、減反で困っている面積を何とかやらいねがということが農協、行政の方から相談を受けて、幾度となく話合いをする中で、じゃ、まずうちらでやってみようかということがそもそもの出発でした。そのときは九・五ヘクタールから作業を始めたわけなんですけれども、それが今、二十四年目に入っていますけれども、二百十五ヘクタールぐらいまでに拡大しているのかな、地域の農地面積の四分の一ぐらいをうちの方で管理、委託を受けてやっているというようなところでございます。
当初は減反の受皿としてやりましたけれども、十年目ぐらいあたりになってから米の方にも少しずつ力を入れて、元は大豆主体であったんですけれども、十年目でたしか売上げが一億を突破しましたので、これはやれるかなということで、ただ、農事組合法人として見ると、組織的には合議制で全会一致が原則ですので、なかなか機動的に対応できないというようなことで、私の発案で、株式会社に組織変更できないかということで理事会に諮りまして、それで了解をもらって、二十五年の四月の六日に組織変更して株式会社になって、私が二代目の代表ということで今までやっております。
今度は、うちの方で一番問題となっているのは、食糧法のこの改正云々とも関係するというか、リンクするかと思っていますが、まず、自分たちのところ、八百二十ヘクタールで、二十代、三十代で農業をやっているというのは三人、五人かな、現状はそういうことなんですよ。まあ、うちの後継者も、昨年、大学卒業して戻ってきて、後を継ぐということで今勉強させていただいておるんですが、若い人たちが夢を持って、農業で自立してやっていこうという気力を持つためにも、そういう、法人成り、経営力を持って自立できた経営をしていくというのが必要だと思いますので、そのための食糧法改正であれば私は大賛成なんですが、見てみると、必ずしもそうなっていないのかなと。どこがどうだとは、これだというのは発言はできませんけれども。何か、やっているのがその場しのぎのやり方で法律を変えて、変えればよくなるのかと。
特に、例えば米の流通実態の把握強化ということ、これが一つの大きな柱かと思っていますけれども、民間でやっている事業者は、何で国が口を挟んでくるのかなと私は甚だ疑問に思っております。民間は民間のところに任せて、民間は民間のやり方であるんだろうから、それを尊重し、著しく不都合があれば法的に何たらかんたらでやるというのが基本であればいいのでないのかな。そういう多様な、多彩な流通経路なり販売戦略でそれぞれが仕事をしていると思いますので、それを尊重しなければ産業は伸びないと思いますので、これはそういうことも含めて検討してもらえれば、私から見れば大変ありがたいのかなと思っております。
それと、二つ目が備蓄なんですけれども、先ほども参考人の方からも出ましたけれども、百万トンの備蓄が備蓄として機能するのかという形で考えています。
大体、一日二万トンぐらいが食べられるということで、一年食べるとすれば七百二十万トンぐらいですか、一年間食べるとすればそれだけ必要なものを一年間ぐらい蓄えてもいいんじゃないか、それを回転備蓄で回していくという形、それが食料安保の一つの基本じゃないのかなと思っています。
今のところ、唯一、日本でできるのは米だけじゃないですか、やってやれないことがないというのは。何か、百万トンなんという、取ってつけたような、まして、棚上げ備蓄をやって何の意味があるのか。一生懸命作った米が五年後には齋藤さんの豚の餌になるなんて、とてもじゃないが、私は耐えられませんよ、頑張ってこれだけやってきたものが。まあ、餌になるのが全て悪いと言っているわけじゃないけれども、やり方としてどうなのかと。
生産にお金をつぎ込むのに対しては、国民は、一億二千万の国民が食べる主食である米であるとすれば、それは皆、納得できるんじゃないのかなと私は思いますので、何かそういうような政策を打ってほしいなと。平たく言えば、本当に、農水は、食料安保を含めて、国民の食料を遅滞なく、おなかが満足するように、三食食べられるようにやっているのかと言いたいんですよ。まあ、ちょっと言い過ぎかもしれませんけれども。
そういう、実際に現場でやっている、生産している方から見ると、やりがいがある、あるいはやってよかったなと言えるような農業者、経営者を育てていくのが我々の使命だと思って、今、若手には頑張ってもらっているわけなんですけれども、何か小手先のことだけでやっているような感じで、大変、まあ、こういう発言は不適切だと思えば削除して構いませんけれども、何かもうちょっと、大所高所から見て、国民の食料、主食たる米の位置づけというのは見直しする必要があるのではないのかなと思っています。
さっき言った備蓄米もそうなんですけれども、一年ぐらいの備蓄を持って回転備蓄で回していく、そういうような形になっていかないと、一朝有事のときどうしますか。
まして、今でも油が入ってこない。これから、肥料から何から全て今上がって、上の方に連絡をすると、肥料、農薬、袋の果てまで、今のところは油は値段が上がっていても何とか手に入るけれども、秋の乾燥調製をやるときに灯油、軽油は大丈夫なのかと。高市さんから見ると、大丈夫だと恐らく言うだろうと思うけれども、その当てがあるのかどうか、これも大きい問題だと思います。
それとまた、国がやってほしいのは、私の方から見ると、後方支援の方をやってほしいなと。一つには、基盤整備です。先ほど八百二十ヘクタールと、うちの方の地区であったけれども、私が入ったときですから、今から五十二、三年前に大規模な基盤整備事業で三十アール区画にやって、大体それが八百二十の九割程度ぐらいやっています。残りの一割程度はまだそのままなんです。
それは恐らく、終戦後の食糧難のときに、水が来れば、そこを開墾しながら田んぼ、畑にしたというところが大部分なので、逆に、うちの方はそこの面積を借りて、そういうところはほとんど大豆の栽培ですけれども、大体四十七、八ヘクタールぐらいあるんですよ。うちの方が基盤整備外で、大体七十ヘクタールあるうちの五十弱、四十七、八ぐらいたしかあったと思っています。そこは、これも今管理が、普通の基盤整備でやったところよりも倍ぐらいの手間暇かかるもので、まして、これだけ少ない人数で対応するとすれば、その面積はうちの方で地主さんにお返しするしかないのかなというふうな、今まで地主さんに借りて、お世話になって、間に合わないから返すというのは甚だ失礼なことも含めて、それは重々承知の上だけれども、我々やまだアグリサービスとしても、もっとそれ以外の農地も管理しておりますので、少ない人数で幾ら低コストでやるとしても限度がありますので、やはりそういうところは残念ながら手を引く以外にないのかなとじくじたる思いをしているわけなんですが、これはいずれ、ここ三年、五年で片づけなければならない私の課題なのかな、あるいは地域の課題なのかなと思っています。
残念ながら、今、これで頑張って幾ら募集しても、農業に、私やりますと手を挙げてくる若い人がおりませんで、待遇の問題なのか、福利厚生が少ないのか、仮にやったとしても何か若い人たちが農業に魅力を感じない、まあ、それは私たちの責任もあろうかと思いますけれども、何か農業が一つ職業としての位置づけが弱いのかなといった感じはしています。
私もそろそろ後期高齢者の身ですので、退く前に何か一つ、若い人たちに、希望を持てるような体制で農業経営ができるようにしたいなということで、まあ、雑駁な意見で、まとまりのない意見になりますけれども、何かもうちょっとやりようがあるんじゃないのかなと思っています。
それからもう一つ、これもそうなんですけれども、全国の学校給食に、小中高でもいいですから御飯給食をやってもらえないかなと私は思うんですけれども、これは何ができない問題か。日本の主食である米を十八歳まで全部提供して食べさせてもいいんじゃないかなと思うんだけれども、何で、アメリカとは言わないけれども、小麦を食べさせてやるのか、さっぱり分かりません。まあ、私は米で育ってきた人間ですので余計そう思うのかもしれませんが。
日本の食、イコール主食として米だという位置づけであるのであれば、やり方がもうちょっとあるのかなと思ってはいるんですけれども、そこら辺は、先生方がちょっと知恵を絞って、農水の方にもハッパをかけながら、もう少し日本の農業が元気で頑張れるような仕組みをつくってもらえればありがたいのかなと。
今回の食糧法の改正についての意見陳述から見れば的が外れているかもしれませんけれども、言いたいのはそういうことで、何とか若い人に元気な農業を続けてもらいたい、そして、それを一つの手本として日本全国に広まって、よし、じゃ、私もやってみたいというような農業経営をつくっていきたいと私は思っておりますので、何かそういう面で、様々、先生方のお力で、日本の農業を元気にするようにひとつお願いしたいなと。中身的には専門家の先生方と思いますので、何とか日本の農業、若い人たちが農業を継げるような政策をつくってもらえれば大変ありがたいと思います。
雑駁な意見になりましたけれども、よろしくお願いします。ありがとうさんでした。(拍手)
7
藤井比早之(自民)
山口参考人、ありがとうございました。
次に、齋藤参考人、お願いいたします。
この発言のページ
8齋齋藤一志公益社団法人日本農業法人協会会長
ただいま紹介いただきました公益社団法人日本農業法人協会の会長の齋藤でございます。本日はよろしくお願いいたします。
協会の会員数は二千五十社程度でございますが、稲作を主業にしております会員は六百五十社、一社当たりの売上げは一億七千万、そういうメンバーの売上げになっておりまして、まず、うちの会員の約三〇%が主業を稲作にしているということでございます。平均の面積が七十ヘクタールということで大変面積も広うございますので、今の米価とかはストレートに経営に影響が出ております。
私も山形県庄内平野で農場をやっておりまして、一つが、養豚と小麦をやっている有限会社いず…
この発言のページ
9
藤井比早之(自民)
齋藤参考人、ありがとうございました。
次に、柴田参考人、お願いいたします。
この発言のページ
- (上の発言)
10柴柴田為英株式会社やまだアグリサービス代表取締役
秋田県湯沢市から参りました株式会社やまだアグリサービスを経営しております柴田為英といいます。どうかひとつよろしくお願いしたいと思います。
私のような者がこういうような場で発言するのがいいのかどうか迷いましたけれども、せっかくの機会でしたので、日頃私が農業で取り組んでいることを御報告しながら、今般の食糧法の改正、大きく三つにまとめられるのかと思いまして、それについての若干のコメントをして、私の意見陳述とさせていただきますので、よろしくお願いします。
まず、私たちやまだアグリサービスは、秋田県湯沢市の山田地区というところで、大体農地面積は八百二十ヘクタールほどですが、今現在、それの二百十五ヘクタールぐらい、四分の一近くをうちの会社で農家から委託を受けて管理しているというところでございます。
作っている作物は、秋田の主力品種あきたこまち、これは主食用です。あと、業務用としまして、今、乾田直まきで、今年は三十三ヘクタールほど、種類は四種類を試験栽培的に三十三ヘクタール、四種類ぐらいやれば、そのうちどれか一品種ぐらいは当たるかなと。というのは、要は、多収になって低コストで米が作れるということで、外食向けでいくのかなと。今、それは若手中心に、うちの後継者なんですが、中心に頑張ってもらっているので、三年、五年で一つの成果が出ればいいのかなとそれは考えています。あと、輸出もやっていますし、加工用米もやっておりますし、一応、販売チャンネルは持っているつもりで、あと、その時々の状況に応じて、どういうふうに回していくかというふうなことでやっておるところです。
そもそも、うちの方の会社がなぜできたかというと、今年二十四期ですので、二十四年前に、私も農業の世界に入って五十三年目になりますけれども、やはり減反が増えてきて、農家が、どうしようかなというところまで来て、平成十五年に農事組合法人で、地域の仲間、若手四人で立ち上げたのがそもそもの出発で、そのときは、減反で困っている面積を何とかやらいねがということが農協、行政の方から相談を受けて、幾度となく話合いをする中で、じゃ、まずうちらでやってみようかということがそもそもの出発でした。そのときは九・五ヘクタールから作業を始めたわけなんですけれども、それが今、二十四年目に入っていますけれども、二百十五ヘクタールぐらいまでに拡大しているのかな、地域の農地面積の四分の一ぐらいをうちの方で管理、委託を受けてやっているというようなところでございます。
当初は減反の受皿としてやりましたけれども、十年目ぐらいあたりになってから米の方にも少しずつ力を入れて、元は大豆主体であったんですけれども、十年目でたしか売上げが一億を突破しましたので、これはやれるかなということで、ただ、農事組合法人として見ると、組織的には合議制で全会一致が原則ですので、なかなか機動的に対応できないというようなことで、私の発案で、株式会社に組織変更できないかということで理事会に諮りまして、それで了解をもらって、二十五年の四月の六日に組織変更して株式会社になって、私が二代目の代表ということで今までやっております。
今度は、うちの方で一番問題となっているのは、食糧法のこの改正云々とも関係するというか、リンクするかと思っていますが、まず、自分たちのところ、八百二十ヘクタールで、二十代、三十代で農業をやっているというのは三人、五人かな、現状はそういうことなんですよ。まあ、うちの後継者も、昨年、大学卒業して戻ってきて、後を継ぐということで今勉強させていただいておるんですが、若い人たちが夢を持って、農業で自立してやっていこうという気力を持つためにも、そういう、法人成り、経営力を持って自立できた経営をしていくというのが必要だと思いますので、そのための食糧法改正であれば私は大賛成なんですが、見てみると、必ずしもそうなっていないのかなと。どこがどうだとは、これだというのは発言はできませんけれども。何か、やっているのがその場しのぎのやり方で法律を変えて、変えればよくなるのかと。
特に、例えば米の流通実態の把握強化ということ、これが一つの大きな柱かと思っていますけれども、民間でやっている事業者は、何で国が口を挟んでくるのかなと私は甚だ疑問に思っております。民間は民間のところに任せて、民間は民間のやり方であるんだろうから、それを尊重し、著しく不都合があれば法的に何たらかんたらでやるというのが基本であればいいのでないのかな。そういう多様な、多彩な流通経路なり販売戦略でそれぞれが仕事をしていると思いますので、それを尊重しなければ産業は伸びないと思いますので、これはそういうことも含めて検討してもらえれば、私から見れば大変ありがたいのかなと思っております。
それと、二つ目が備蓄なんですけれども、先ほども参考人の方からも出ましたけれども、百万トンの備蓄が備蓄として機能するのかという形で考えています。
大体、一日二万トンぐらいが食べられるということで、一年食べるとすれば七百二十万トンぐらいですか、一年間食べるとすればそれだけ必要なものを一年間ぐらい蓄えてもいいんじゃないか、それを回転備蓄で回していくという形、それが食料安保の一つの基本じゃないのかなと思っています。
今のところ、唯一、日本でできるのは米だけじゃないですか、やってやれないことがないというのは。何か、百万トンなんという、取ってつけたような、まして、棚上げ備蓄をやって何の意味があるのか。一生懸命作った米が五年後には齋藤さんの豚の餌になるなんて、とてもじゃないが、私は耐えられませんよ、頑張ってこれだけやってきたものが。まあ、餌になるのが全て悪いと言っているわけじゃないけれども、やり方としてどうなのかと。
生産にお金をつぎ込むのに対しては、国民は、一億二千万の国民が食べる主食である米であるとすれば、それは皆、納得できるんじゃないのかなと私は思いますので、何かそういうような政策を打ってほしいなと。平たく言えば、本当に、農水は、食料安保を含めて、国民の食料を遅滞なく、おなかが満足するように、三食食べられるようにやっているのかと言いたいんですよ。まあ、ちょっと言い過ぎかもしれませんけれども。
そういう、実際に現場でやっている、生産している方から見ると、やりがいがある、あるいはやってよかったなと言えるような農業者、経営者を育てていくのが我々の使命だと思って、今、若手には頑張ってもらっているわけなんですけれども、何か小手先のことだけでやっているような感じで、大変、まあ、こういう発言は不適切だと思えば削除して構いませんけれども、何かもうちょっと、大所高所から見て、国民の食料、主食たる米の位置づけというのは見直しする必要があるのではないのかなと思っています。
さっき言った備蓄米もそうなんですけれども、一年ぐらいの備蓄を持って回転備蓄で回していく、そういうような形になっていかないと、一朝有事のときどうしますか。
まして、今でも油が入ってこない。これから、肥料から何から全て今上がって、上の方に連絡をすると、肥料、農薬、袋の果てまで、今のところは油は値段が上がっていても何とか手に入るけれども、秋の乾燥調製をやるときに灯油、軽油は大丈夫なのかと。高市さんから見ると、大丈夫だと恐らく言うだろうと思うけれども、その当てがあるのかどうか、これも大きい問題だと思います。
それとまた、国がやってほしいのは、私の方から見ると、後方支援の方をやってほしいなと。一つには、基盤整備です。先ほど八百二十ヘクタールと、うちの方の地区であったけれども、私が入ったときですから、今から五十二、三年前に大規模な基盤整備事業で三十アール区画にやって、大体それが八百二十の九割程度ぐらいやっています。残りの一割程度はまだそのままなんです。
それは恐らく、終戦後の食糧難のときに、水が来れば、そこを開墾しながら田んぼ、畑にしたというところが大部分なので、逆に、うちの方はそこの面積を借りて、そういうところはほとんど大豆の栽培ですけれども、大体四十七、八ヘクタールぐらいあるんですよ。うちの方が基盤整備外で、大体七十ヘクタールあるうちの五十弱、四十七、八ぐらいたしかあったと思っています。そこは、これも今管理が、普通の基盤整備でやったところよりも倍ぐらいの手間暇かかるもので、まして、これだけ少ない人数で対応するとすれば、その面積はうちの方で地主さんにお返しするしかないのかなというふうな、今まで地主さんに借りて、お世話になって、間に合わないから返すというのは甚だ失礼なことも含めて、それは重々承知の上だけれども、我々やまだアグリサービスとしても、もっとそれ以外の農地も管理しておりますので、少ない人数で幾ら低コストでやるとしても限度がありますので、やはりそういうところは残念ながら手を引く以外にないのかなとじくじたる思いをしているわけなんですが、これはいずれ、ここ三年、五年で片づけなければならない私の課題なのかな、あるいは地域の課題なのかなと思っています。
残念ながら、今、これで頑張って幾ら募集しても、農業に、私やりますと手を挙げてくる若い人がおりませんで、待遇の問題なのか、福利厚生が少ないのか、仮にやったとしても何か若い人たちが農業に魅力を感じない、まあ、それは私たちの責任もあろうかと思いますけれども、何か農業が一つ職業としての位置づけが弱いのかなといった感じはしています。
私もそろそろ後期高齢者の身ですので、退く前に何か一つ、若い人たちに、希望を持てるような体制で農業経営ができるようにしたいなということで、まあ、雑駁な意見で、まとまりのない意見になりますけれども、何かもうちょっとやりようがあるんじゃないのかなと思っています。
それからもう一つ、これもそうなんですけれども、全国の学校給食に、小中高でもいいですから御飯給食をやってもらえないかなと私は思うんですけれども、これは何ができない問題か。日本の主食である米を十八歳まで全部提供して食べさせてもいいんじゃないかなと思うんだけれども、何で、アメリカとは言わないけれども、小麦を食べさせてやるのか、さっぱり分かりません。まあ、私は米で育ってきた人間ですので余計そう思うのかもしれませんが。
日本の食、イコール主食として米だという位置づけであるのであれば、やり方がもうちょっとあるのかなと思ってはいるんですけれども、そこら辺は、先生方がちょっと知恵を絞って、農水の方にもハッパをかけながら、もう少し日本の農業が元気で頑張れるような仕組みをつくってもらえればありがたいのかなと。
今回の食糧法の改正についての意見陳述から見れば的が外れているかもしれませんけれども、言いたいのはそういうことで、何とか若い人に元気な農業を続けてもらいたい、そして、それを一つの手本として日本全国に広まって、よし、じゃ、私もやってみたいというような農業経営をつくっていきたいと私は思っておりますので、何かそういう面で、様々、先生方のお力で、日本の農業を元気にするようにひとつお願いしたいなと。中身的には専門家の先生方と思いますので、何とか日本の農業、若い人たちが農業を継げるような政策をつくってもらえれば大変ありがたいと思います。
雑駁な意見になりましたけれども、よろしくお願いします。ありがとうさんでした。(拍手)
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藤井比早之(自民)
柴田参考人、ありがとうございました。
以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。
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藤井比早之(自民)
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。西山尚利君。
この発言のページ
13西西山尚利(自民)
おはようございます。自由民主党の西山尚利と申します。
小川様、山口様、齋藤様、柴田様には、大変お忙しい中御出席を賜りまして、また、貴重な意見を頂戴いたしました。お話を聞いておりまして、大変お気持ちが伝わってまいりまして、ありがたく思っております。
本日は、食糧法の改正に関しまして、皆様それぞれのお立場から、ちょっと重複するところもございますが、御意見、御所見を賜りたい、そのように考えておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。
初めに、小川参考人にお伺いしたいと思います。
令和六年八月に出されました南海トラフ地震臨時情報等を受けて…
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