百地章日本大学名誉教授

2026年6月25日・第221回国会 衆議院 内閣委員会 第23号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 51 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 88 発言)

立法事実の定義については、先ほど申し上げました。現にそういう事実がなくても、将来そういう危険性があり得るということを想定して立法するということはあり得る、現にそういう法律も存在するということを申し上げました。

国旗損壊の場合には、むしろ、元々我が国にはなかったというのは、その理由はよく分かりませんが、まさか自国の国旗をそこまでする人間はいないだろうというような、そういった国民的な、何というか、そういう思いがあり、あるいは共通の信念みたいなのがあってできてこなかったんじゃないかなとも思うんですけれども、実際は分かりませんが。しかし、現に不備な状態にあるわけですから、当然、そういったことも将来考えられますし、規定するということについては問題ないというふうに思っております。

それから、最初にちょっと器物損壊罪との関係が出てきましたけれども、確かに器物損壊罪を適用すれば対処できるような事例もありますけれども、問題はその法益の問題なんですね。器物は、物を壊したということについて、それを問題にするわけでありますけれども、国旗損壊罪の場合には、まさに国旗というのは国家の尊厳の象徴であると私は考えておりますから、したがって、そういう国家の名誉とか威信というものを傷つけるものであるということから国旗損壊罪というものを考えている、私はそのように思っております。

その際、一つ混乱があると思いますのは、実は、我が国においては、国家とは何か、国とは何かということ、これが非常に混乱しておりまして、実は国家をもって政府と考える人もおれば、国民共同体としての国家を考える人もあります。

この点、しばしば、国旗を損壊する行為をもって政府を批判する、そういう人がいますけれども、私はこれは理論的には筋違いだと思っております。国旗というのは、国民共同体としての国、これを象徴するものであります。政府の象徴ではありません。したがって、たとえ政権に対していろいろ反感を持ったりして批判するとしても、それをもって国旗を損壊するというのは私は筋違いではないかなというふうに思っているところがあります。

以上でございます。

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