百地章日本大学名誉教授

2026年6月25日・第221回国会 衆議院 内閣委員会 第23号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 46 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 88 発言)

御質問ありがとうございます。

この国旗損壊罪が表現の自由の侵害に当たらないか、あるいは内心の自由の侵害に当たらないかといった問題、これは重大な問題であります。

このうち、表現の自由の侵害に当たらないかということは、これまでもいろいろとお話しされてきましたし、私も、ここで対象となっているのは、そもそも表現の自由を超える、いわば犯罪的な、実際に器物損壊罪として処罰されるようなそういう行為を対象として制限しているだけですから、規制しているだけですから、表現の自由の問題については問題ないと思います。

それから、内心の自由の質問、今日は余り出てきませんでしたけれども、実は、内心の自由についてもいろいろ誤解というのがありまして、内心の自由というのは、要するに侵害と制約は違うということがまず第一点であります。

侵害という場合には、憲法上、定義というのが出てきまして、一つは、内心の自由、特定の思想等を強制してはいけない、これが内心の自由の侵害に当たる行為である、つまり、特定の思想の強制は禁止する。それから、特定の思想の持ち主であるかどうかということでもって差別を行う、これが二番目の定義であります。それから、三番目の定義は、個人に対してその思想を表明させない、無理やり告白させない。これが内心の自由の侵害に当たると思います。

一方、制約ということを考えますと、例えば、国民にとって、例えば納税の義務とありますけれども、それは喜んで納税する人もいるかもしれませんが、やはり渋々出す人もいると思います。いろいろあると思いますけれども、でも、法律でもって納税の義務が課せられている、それが自分の信条と反するとしても、これはやはりその義務を果たさなくちゃいけない。それは制約であって、ある人にとっては、侵害ではないということですね。

そういう限定をして考えていきますと、思想、良心の自由の侵害と表現の自由の侵害に当たるということではない、内容的に見て。

それからまた、この法律も本当に丁寧に丁寧に説明しておりまして、その定義とか構成要件、それから運用上の注意まで詳しく規定しておりますから、繰り返し申し上げておりますように、これが正しく運用されるならば、私は、違憲訴訟が起きたとしても別に問題ないというふうに考えております。

以上でございます。

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