高沢一基 (国民民主党)

2026年3月5日・第221回国会 衆議院 総務委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 164 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 232 発言)

どうもありがとうございます。

私は、東京都板橋区の区議会議員を四期やらせていただきまして、都区制度改革も、区議会の立場でありますけれども、いろいろ取り上げて勉強させていただいてまいりました。

特別区は、昭和十八年に東京都ができまして、そこで特別区が誕生したというふうに教えていただいているところではあるんですけれども、その後、戦後については、特別区としては基礎的自治体としてしっかり責任を持ってやっていきたいということで、東京都に対して、下部組織や補完的な組織ではなくて、あくまでも主体の組織であるということを東京都に言いながらいろいろ動いてきた。

戦後の都区制度改革というところですと、まず、昭和三十九年に行われた地方自治法の改正で、特別区税や都区協議会の法定化というのが示されたりとか、あるいは東京都が担っていました福祉事務所の移管というのが特別区にされたり、それから十年後の昭和四十九年には、区長の公選制、区長の選挙も行われておりませんでしたので、区長の公選制が昭和四十九年復活、保健所の移管も東京都からされたということがございました。

平成十年、ちょっと時間がたちましたが、平成十年には、特別区は基礎的な地方公共団体であるというふうに地方自治法の改正で明記をされまして、あと、事務については清掃事務を移管をされて、特別区も、一般市といいましょうか、基礎自治体としての役割を担わせていただいて、責任も担っているところであります。

そういった中で、平成十一年には地方分権一括法が施行されて、基礎自治体優先の原則というのが明確になったというふうに理解をさせていただいているんですけれども、その中で、大阪におきまして大阪都構想というのが表明をされて、いろいろ議論をされたり動きが出ているかと思うんですけれども、私が承知している限り、大阪都構想というのは、大都市地域特別区設置法が成立した以降、これを基に大阪府が大阪市を吸収するような形で大阪都というのをつくっていくというようなお話も伺っております。東京都は逆に、昭和十八年に東京市が東京府に吸収をされて行った。それは戦時下という特別な事情があったので権限を集中しようという意図があったんだろうと思いますが、戦後はそれとは逆方向に、基礎自治体としての責任を果たしたいということで、都区制度の改革が進んできたというところであります。

そういった中で、先ほど申し上げた平成十一年の地方分権一括法では、基礎自治体、市町村が優先であるという原則と、都道府県は広域調整機能を持つということが明記をされております。

そういった中で、いわゆる大阪都構想と言われているものと地方分権一括法によります都道府県と市町村の事務分担の関係について、どのような見解を総務省としてお持ちか、お聞かせいただきたいと思います。

前後のやりとり

160の発言を見る

168の発言を見る