中道改革連合の國重徹です。
本日は、地方自治について意見を申し上げます。
地方自治を考える上で確認すべき転換点、それは、国と自治体の関係性を大きく変えた二〇〇〇年の第一次地方分権改革です。一九八〇年代の行政改革、一九九〇年代の政治改革の流れを受け、地方分権は国政の重要課題となりました。一九九五年には地方分権推進法が制定され、この議論が第一次地方分権改革として結実しました。
この改革の核心となったのは、機関委任事務の廃止です。国の事務を知事や市町村長に処理させるこの仕組みにおいて、国と知事、市町村長は上下の関係に位置づけられていました。機関委任事務は自治体の事務ではなく国の事務と整理されていたことから、その事務について、自治体が条例で独自に定めることもできませんでした。この機関委任事務は、都道府県の事務の七、八割、市町村の事務の三、四割を占めていたと言われています。
そこで、第一次地方分権改革によってこの仕組みを廃止し、国と地方の関係を、上意下達から対等協力へと位置づけ直しました。これは国の形に係る大きな改革で、諸外国であれば憲法改正により実施されたであろう内容です。しかし、地方自治について定める憲法第八章は、規律密度がとりわけ低く、僅か四か条しかありません。そのため、憲法改正ではなく、憲法附属法とされる地方自治法の改正によって改革が実現されました。
なお、この地方自治法は、規律密度の低い憲法に対し、自治体の箸の上げ下ろしまで縛っていると評されるほどに詳細な規定を置く法律となっています。
このような制度上の大転換が実現した二〇〇〇年当時、これからは地方の時代だと言われ、改革派知事も相次ぎ誕生し、地方自治の現場には大きな希望が満ちあふれていました。
他方で、地方は財政上の課題を抱えていました。当時、我が国の地方財政は三割自治と呼ばれ、地方税は自治体の歳入の三割ほどしかないほど脆弱でした。国と自治体の事務事業の割合が四対六であるのに対し、その財源となる国税と地方税の配分割合は六対四と逆転。自治体は、多くの仕事を担いながら、常に財源が不足し、国の補助金や地方交付税に頼らざるを得ない状況でした。権限だけを移しても、財源と人材が伴わなければ現実の改革は成し遂げられません。
そこで、二〇〇一年に地方分権推進委員会が取りまとめた最終報告で課題の一つとされていた地方財政秩序の再構築について、小泉政権の下、補助金、地方交付税、税源移譲を一体で見直す三位一体改革が行われました。
ところが、この改革の結果、二〇〇四年の予算における地方交付税等は約三兆円もの大幅な削減がなされ、予算が組めなくなるとの衝撃が自治体関係者に広がりました。
その後、第二次地方分権改革を経て、法令による義務づけ、枠づけの見直しや、事務、権限の移譲は進められていますが、人口減少、地方の過疎化、担い手不足も重なり、現在の自治体にはもはや二〇〇〇年当時のような熱気はなく、疲弊を極めている地方自治の現場は少なくありません。
そのような地方の現状を踏まえ、憲法の地方自治に関する規定は十分に対応できているのか、こうした観点から、次のような憲法上の論点が指摘されています。
まず第一に、地方自治の指導理念である地方自治の本旨についてです。
地方自治の本旨から導かれる住民自治と団体自治については、その具体的な内容が憲法に明記されているわけではなく、多くが解釈や法律に委ねられてきました。そこで、これらの内容をどの程度憲法上明確化する必要があるかという論点があります。
第二に、国と自治体の役割分担についてです。
地方自治の本旨の三つ目の内容ともされる補完性の原則、すなわち、公的な役割は原則として住民に最も身近な市町村などの自治体が優先的に担い、それだけでは対応が難しいものや広域的、全国的に処理すべきものを都道府県や国が補うという考え方を憲法上規定する必要があるのかどうかが論点になります。
第三に、自治体の組織の在り方です。
首長と議会議員の双方を住民が選ぶ二元代表制、また基礎自治体と広域自治体の二層制という在り方を、人口減少や都市集中といった現代の課題を踏まえてどう考えるか。これは特別区や特別市の議論とも関わる問題です。
第四に、自治体の権能、すなわち条例制定権の在り方を再検討する必要があるか、また課税自主権を明記する必要があるかという論点です。
課税自主権については、基本的な行政需要を満たすための財政基盤を確保するため、自治体間の財政調整制度や国による財政上の措置の在り方なども検討する必要があります。
これらの憲法上の論点について考える上で、前提として重要になるのは、地方自治はどうあるべきか、国と地方の関係をどう設計するのかという視点です。
一方では、国の関与をできるだけ少なくし、自治体の多様性や独自性を発揮する基盤の強化を目指すという方向が考えられます。他方で、どこに住んでいても一定水準の行政サービスを受けられるよう、地方自治を毀損しない範囲で一定程度国が関与し、平等性を確保するという方向性もあり得ます。地方の多様性と全国的な平等性のバランスをどのように考えるのか。これは国の形に係る大きな議論になります。
その上で、地方自治のあるべき姿を実現するために、これまで同様、憲法附属法などの法律改正で対応するのか、それとも憲法改正まで必要なのか、順序立てて検討すべきです。
この点、憲法改正の必要性については、法律改正では足りない場合に限って憲法改正を行うべきだという考え方もあれば、地方の厳しい現状を踏まえ、法律の規定を憲法に格上げし、地方自治のあるべき姿を憲法に明記すべきだという考え方もあります。いずれにしても、結論ありきではなく、国民生活に直結する問題として真摯に議論することが重要です。
人口減少社会において、地方自治をどう持続可能なものにするのか。自治体の疲弊を踏まえればこれは喫緊の課題であることを申し上げ、私の発言といたします。
1
古屋圭司(自民)
これより会議を開きます。
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件について調査を進めます。
本日は、合区・地方公共団体を中心とした、論点深掘りのための討議を行います。
この討議につきましては、幹事会の協議に基づき、まず、各会派一名ずつ大会派順に発言していただき、その後、各委員が自由に発言を行うことといたします。
それでは、まず、各会派一名ずつによる発言に入ります。
発言時間は七分以内といたします。
質問を行う場合、発言時間は答弁時間を含めて七分以内といたしますので、御留意願います。
発言時間の経過につきましては、おおむね七…
この発言のページ
2
新藤義孝(自民)
自由民主党の新藤義孝です。
まず、前回の合区に関する意見につきまして、本日は、地方公共団体の位置づけについて私から意見を述べたいというふうに思います。
私たちが提案している、地方公共団体の位置づけを明確にするための憲法改正は、未完とされている憲法第八章、地方自治の章を完成させるための作業というふうに位置づけております。
大日本帝国憲法には地方自治に関する規定がございませんでした。明治憲法においては、法律以下の下位法令で地方自治は定められていたわけであります。
まず、国家行政を処理するための地方制度として、知事の官選、大臣による知事に対する指揮命令…
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3
古屋圭司(自民)
次に、國重徹君。
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- (上の発言)
4
國重徹(中道)
中道改革連合の國重徹です。
本日は、地方自治について意見を申し上げます。
地方自治を考える上で確認すべき転換点、それは、国と自治体の関係性を大きく変えた二〇〇〇年の第一次地方分権改革です。一九八〇年代の行政改革、一九九〇年代の政治改革の流れを受け、地方分権は国政の重要課題となりました。一九九五年には地方分権推進法が制定され、この議論が第一次地方分権改革として結実しました。
この改革の核心となったのは、機関委任事務の廃止です。国の事務を知事や市町村長に処理させるこの仕組みにおいて、国と知事、市町村長は上下の関係に位置づけられていました。機関委任事務は自治体の事務ではなく国の事務と整理されていたことから、その事務について、自治体が条例で独自に定めることもできませんでした。この機関委任事務は、都道府県の事務の七、八割、市町村の事務の三、四割を占めていたと言われています。
そこで、第一次地方分権改革によってこの仕組みを廃止し、国と地方の関係を、上意下達から対等協力へと位置づけ直しました。これは国の形に係る大きな改革で、諸外国であれば憲法改正により実施されたであろう内容です。しかし、地方自治について定める憲法第八章は、規律密度がとりわけ低く、僅か四か条しかありません。そのため、憲法改正ではなく、憲法附属法とされる地方自治法の改正によって改革が実現されました。
なお、この地方自治法は、規律密度の低い憲法に対し、自治体の箸の上げ下ろしまで縛っていると評されるほどに詳細な規定を置く法律となっています。
このような制度上の大転換が実現した二〇〇〇年当時、これからは地方の時代だと言われ、改革派知事も相次ぎ誕生し、地方自治の現場には大きな希望が満ちあふれていました。
他方で、地方は財政上の課題を抱えていました。当時、我が国の地方財政は三割自治と呼ばれ、地方税は自治体の歳入の三割ほどしかないほど脆弱でした。国と自治体の事務事業の割合が四対六であるのに対し、その財源となる国税と地方税の配分割合は六対四と逆転。自治体は、多くの仕事を担いながら、常に財源が不足し、国の補助金や地方交付税に頼らざるを得ない状況でした。権限だけを移しても、財源と人材が伴わなければ現実の改革は成し遂げられません。
そこで、二〇〇一年に地方分権推進委員会が取りまとめた最終報告で課題の一つとされていた地方財政秩序の再構築について、小泉政権の下、補助金、地方交付税、税源移譲を一体で見直す三位一体改革が行われました。
ところが、この改革の結果、二〇〇四年の予算における地方交付税等は約三兆円もの大幅な削減がなされ、予算が組めなくなるとの衝撃が自治体関係者に広がりました。
その後、第二次地方分権改革を経て、法令による義務づけ、枠づけの見直しや、事務、権限の移譲は進められていますが、人口減少、地方の過疎化、担い手不足も重なり、現在の自治体にはもはや二〇〇〇年当時のような熱気はなく、疲弊を極めている地方自治の現場は少なくありません。
そのような地方の現状を踏まえ、憲法の地方自治に関する規定は十分に対応できているのか、こうした観点から、次のような憲法上の論点が指摘されています。
まず第一に、地方自治の指導理念である地方自治の本旨についてです。
地方自治の本旨から導かれる住民自治と団体自治については、その具体的な内容が憲法に明記されているわけではなく、多くが解釈や法律に委ねられてきました。そこで、これらの内容をどの程度憲法上明確化する必要があるかという論点があります。
第二に、国と自治体の役割分担についてです。
地方自治の本旨の三つ目の内容ともされる補完性の原則、すなわち、公的な役割は原則として住民に最も身近な市町村などの自治体が優先的に担い、それだけでは対応が難しいものや広域的、全国的に処理すべきものを都道府県や国が補うという考え方を憲法上規定する必要があるのかどうかが論点になります。
第三に、自治体の組織の在り方です。
首長と議会議員の双方を住民が選ぶ二元代表制、また基礎自治体と広域自治体の二層制という在り方を、人口減少や都市集中といった現代の課題を踏まえてどう考えるか。これは特別区や特別市の議論とも関わる問題です。
第四に、自治体の権能、すなわち条例制定権の在り方を再検討する必要があるか、また課税自主権を明記する必要があるかという論点です。
課税自主権については、基本的な行政需要を満たすための財政基盤を確保するため、自治体間の財政調整制度や国による財政上の措置の在り方なども検討する必要があります。
これらの憲法上の論点について考える上で、前提として重要になるのは、地方自治はどうあるべきか、国と地方の関係をどう設計するのかという視点です。
一方では、国の関与をできるだけ少なくし、自治体の多様性や独自性を発揮する基盤の強化を目指すという方向が考えられます。他方で、どこに住んでいても一定水準の行政サービスを受けられるよう、地方自治を毀損しない範囲で一定程度国が関与し、平等性を確保するという方向性もあり得ます。地方の多様性と全国的な平等性のバランスをどのように考えるのか。これは国の形に係る大きな議論になります。
その上で、地方自治のあるべき姿を実現するために、これまで同様、憲法附属法などの法律改正で対応するのか、それとも憲法改正まで必要なのか、順序立てて検討すべきです。
この点、憲法改正の必要性については、法律改正では足りない場合に限って憲法改正を行うべきだという考え方もあれば、地方の厳しい現状を踏まえ、法律の規定を憲法に格上げし、地方自治のあるべき姿を憲法に明記すべきだという考え方もあります。いずれにしても、結論ありきではなく、国民生活に直結する問題として真摯に議論することが重要です。
人口減少社会において、地方自治をどう持続可能なものにするのか。自治体の疲弊を踏まえればこれは喫緊の課題であることを申し上げ、私の発言といたします。
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古屋圭司(自民)
次に、西田薫君。
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6西西田薫(維新)
日本維新の会の西田薫でございます。
まず、前回、正式には前々回でありますが、国民民主党の玉木議員の方から、日本維新の会の九条に対する考え方が変わったのではないかという御質問がありましたので、維新としての経緯を説明させていただきます。
我が国を取り巻く安全保障環境が大きく変化する中で、御指摘のとおり、維新も憲法九条をめぐる考え方を見直してきました。
かつて維新は、現在の自民党案と同様に、九条一項、二項を維持したまま、新たに九条の二を設けて自衛隊を明記する案を示しておりました。政府の従来解釈の範囲内で自衛隊の存在を条文上はっきりさせるという発想でありま…
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古屋圭司(自民)
次に、飯泉嘉門君。
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