野田佳彦 (中道改革連合)

2026年6月3日・第221回国会 衆議院 決算行政監視委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 23 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 103 発言)

私どもも、リーマン・ショックの後に、経済緊急対応予備費という形の特定目的の予備費で、その運用で助けられたこともありますので、助けられることはよくあるんですけれども、常態化しちゃいけないということを申し上げています。正常化に向けた努力を是非していただきたいということを申し上げさせていただきたいというふうに思います。

次に、令和六年度の一般会計予備費は、一兆円の枠組みの中で六千九百五十八億円使われることになりましたけれども、これは元々一兆円の枠ではなくて、令和五年の十二月二十二日には五千億円で閣議決定をしていました。それが、令和六年の一月一日に能登半島で大きな地震が発生をしたことによって、一月十六日に五千億円の増額をして計一兆円で、令和六年度の一般会計予備費は一兆円になったという経緯だったというふうに思います。

今日も、大雨が降って、そして河川の氾濫等、心配な状況であります。自然災害が起こって、それに対する対応で、大きな被害が出た場合にはまずは予備費を充てるということはいつもやってきた対応だと思いますけれども、それだけではなくて、被災地の皆さんに見通しを持って、そして希望を持ってもらうためには、やはり早急に補正予算を組むというのが今までの一般的なパターンだったと思うんです。

令和六年度に関しては、補正予算はなかなか組まなくて、ずっと予備費で数次にわたって対応する。最初に発生するのは予見できないから、予備費対応はいいと思いますよ。でも、何度も何度も閣議決定で予備費で対応するというやり方は、これは異例というか異常だったと私は思うんです。

例えば阪神・淡路大震災のときは、私は衆議院の一年生でありましたけれども、一九九五年の一月十七日に発災をして、二月二十四日、一月後に一兆二百二十四億円の補正予算を組んで、そして二月二十八日に国会成立であります。同じように、東日本大震災のときは、財務大臣でありましたけれども、二〇一一年三月十一日に発災をして、四月二十二日には四兆一千五百億の補正を組み、そして五月に成立をしています。熊本地震も、十年前でありましたけれども、発災してほぼ一か月後に補正予算を組んでいる。

なぜ能登については予備費だけで小刻みに対応しようとしたのか、その背景を御説明いただきたいというふうに思います。

前後のやりとり

19の発言を見る

27の発言を見る

顔写真の出典(Wikimedia Commons、4件)