お答え申し上げます。
産油国共同備蓄とは、日本国内の原油タンクにつきまして、タンク代等については政府から支援を提供するという形で、産油国の国営石油会社にそういったタンクを貸与して、当該タンクに産油国の国営石油会社が、産油国国営石油会社に原油の所有権を残した上で原油を貯蔵していただく、そういった形態の備蓄であります。
平時には、産油国国営石油会社側が東アジアや国内向けの供給拠点として当該備蓄原油を商業的に活用することを認めている一方で、緊急時には我が国が優先的に購入できるようにしてある、そういった仕組みでございます。
59
河野義博(中道)
現時点で政府としては必要性を把握していないということでありますが、今後、必要だったらあらゆる選択肢を排除しないということでございました。
質問はもう少し、一問ありますが、時間が参りましたので終わります。ありがとうございました。
この発言のページ
60
工藤彰三(自民)
次に、吉田宣弘君。
この発言のページ
61
吉田宣弘(中道)
皆さん、こんにちは。中道の吉田宣弘でございます。
本日も質疑の機会を賜りましたことに、心から感謝を申し上げたいと思います。
それから、赤澤大臣、今日も朝七時からこの対応を準備されたということで、六十二問でございます。今、ちょっと通告なしの質問があれば六十三問ということで、本当に御苦労をおかけいたしますが、私は大臣に質問をお願いしているのは一問だけでございますので、その点、政府参考人とのやり取りを聞いていただきながら、現場の窮状について少しお感じいただければというふうに思います。
それでは、早速ですが、質問に入らせていただきます。
資源エネルギー庁…
この発言のページ
- (上の発言)
62佐佐々木雅人経済産業省大臣官房エネルギー・地域政策統括調整官
お答え申し上げます。
産油国共同備蓄とは、日本国内の原油タンクにつきまして、タンク代等については政府から支援を提供するという形で、産油国の国営石油会社にそういったタンクを貸与して、当該タンクに産油国の国営石油会社が、産油国国営石油会社に原油の所有権を残した上で原油を貯蔵していただく、そういった形態の備蓄であります。
平時には、産油国国営石油会社側が東アジアや国内向けの供給拠点として当該備蓄原油を商業的に活用することを認めている一方で、緊急時には我が国が優先的に購入できるようにしてある、そういった仕組みでございます。
63
吉田宣弘(中道)
ありがとうございます。
当然、日本の制度の下でやっているわけですから、急時というか、事態が緊迫したときには日本が優先的に購入できるということでございます。
それで、この備蓄の放出ですけれども、歴史的な経緯があることを少し学ばせていただきました。それについて少し質問させていただきますけれども、この備蓄制度は歴史的にどういう事情に基づいて始まったのか。加えて、これまでの放出の歴史について、その時々の放出に至った歴史的事情と併せて御説明いただければと思います。
この発言のページ
64佐佐々木雅人経済産業省大臣官房エネルギー・地域政策統括調整官
お答え申し上げます。
我が国においては、一九七三年のオイルショックを契機にいたしまして、一九七五年に石油備蓄法を制定し、民間備蓄を法的に義務化するとともに、一九七八年から国家備蓄を開始するなど、石油の供給が不足する事態に備えて、半世紀にわたって備蓄量の確保に着実に取り組んできたところでございます。
これまで、IEA、国際エネルギー機関でございますが、ここを始めとする国際協調の観点も踏まえながら、今回も含めると、石油備蓄制度構築以来七回、備蓄石油の放出を行ってきたところであります。
具体的には、一九七九年の第二次石油危機、一九九一年の湾岸戦争、二〇〇…
この発言のページ
65
吉田宣弘(中道)
ありがとうございます。
私も事前に調べてはおりましたけれども、七回の備蓄が放出をされているということ。それから、最初から四回までは民間の備蓄で対応できたということ。五回目以降、いわゆる国家備蓄というものに関して放出が行われたと。その後、ロシアによる、今御説明ありましたが、ウクライナ侵略等々、また今回のイラン情勢の緊迫化というふうなものを受けて、国家備蓄も放出をされている現状であるということなんです。
その上で、一九七八年から最初の備蓄が行われ始めて、一番最初に国家備蓄が放出されたのは二〇二一年ということなんですけれども、とすれば、備蓄されていた原油と…
この発言のページ