御説明をありがとうございました。
必要な予算を計上していただいているということで、地元自治体では今、様々な議論を進めておりますので、是非とも、国としても引き続き必要な支援をしていただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。ありがとうございます。
今お話がございましたように、実際に被爆された方、あるいは戦争を経験された方は非常に高齢化をしているということで。
私の曽祖父も、当時、広島に幼い子供三人を含む家族を残して日本を旅立ちました。当時二十九歳でしたけれども、メレヨン島で戦死をいたしました。食料の配給もままならない中での餓死でございました。その結果、曽祖母は三人の小さな子供を一人で育てなければいけない、それはもう大変な環境で、本当に今では想像できないような辛苦をして生活をしておりました。戦争は、残された家族の生活をも大きく変えてしまうことでございます。そして、その三人兄弟の長女として育った私の祖母、今、八十八歳になっておりますけれども、当時は小学二年生でありましたが、小学校の校庭で朝の朝礼をしていたときに、広島市内の方向が突然明るくなった、そこを見ていると、高く空に伸びていくキノコ雲を見たというふうに教えてくれております。
そういった意味でも、そういった話を私は子供の頃から祖母から教えてもらっていたんですけれども、そのように、広島の子供たちは平和学習の一環で、実際に被爆した方々のお話を学校で聞く機会がございます。そして、被爆者の皆様の被爆体験を聞くことで、原爆投下はもう二度と繰り返してはいけないことであるというふうに学びます。
恐らく、今日この委員会室にいらっしゃる皆様のお父様やお母様、またおじい様やおばあ様も戦争を経験され、大変な思いをしてこられておられると思います。実際にこの戦争を直接経験された方々の平均年齢は九十歳から百歳に達しており、戦時中に小学校の低学年だった世代が戦争の記憶を持つ最後の世代であるというふうに聞いております。そういった経験を語って教えてくださる方々の記憶を私たちが直接聞くことができるのも今しかありませんし、次世代につないでいかなければいけないと考えております。
今、広島県内は、各自治体が平和に向けた取組を様々進めております。私の地元の東広島市では、今、外国人市民の方が日本人の割合の中でも五・一二%を占めるという意味では、かなり海外の市民の方の割合が高い、こういった町ではありますけれども、昨年、この東広島市議会で、被爆体験の証言の記録、そして平和関連の資料について、海外の方もその内容を簡単に理解することができるように、平和の担い手として国内外へ情報発信をしていただけるような環境を整備することを含めた決議案を昨年の六月に決議をいたしました。
こういった、日本人の方だけではなくて、海外の方も平和の担い手として認識をして、一緒に発信をしていく、そういった取組をしている自治体があるわけなんですけれども、政府として、日本政府として発信することはもちろんなんですけれども、国内で暮らしておられる海外の方、外国人市民の方から国内外へ発信していただくこと、これも同じかそれ以上に意義があることであるというふうに考えておりますが、そちらについての認識を伺います。
82松松本恭典外務省大臣官房審議官
お答え申し上げます。
広島平和記念資料館におきます、原爆投下がもたらした被害の実態を伝える展示や被爆者の皆様の証言を通じて、世界に被爆の実相への正確な理解を広めていくということは、核軍縮に向けたあらゆる取組の原点でありまして、極めて重要だと考えております。
こうした考え方に基づきまして、政府としては、例えば、国連総会に毎年我々は核廃絶決議案を提出しておりますけれども、この中でも世界中の指導者や若者等の被爆地訪問を呼びかけておりまして、様々な取組を通じて被爆地訪問を促進しているところでございます。
引き続き、被爆者の方々や、その体験を継承する若者の皆…
この発言のページ
83鍋鍋島勢理(国民)
ありがとうございます。
このように、入館者数が過去最高を毎年更新するほど多くの方が来場してくださっているということは、被爆の実相を伝えるという点で非常に歓迎すべきことである。その一方で、こちら、混雑の緩和が、今、現地では大きな課題となっております。
特に、先ほど御紹介もありましたけれども、平和学習を行う地域の子供たち、そして修学旅行生などが落ち着いて学ぶことができる環境を整えていくことが大切です。
二〇二四年度の修学旅行生は約三十三万人に上っており、修学旅行で資料館を訪れた学校にアンケートを実施したところ、一番見たい展示場所でも止まることが許されな…
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84
栗原渉(自民)厚生労働大臣政務官
お答えいたします。
原子爆弾の投下からもう既に八十年以上が経過しております。被爆者の方々の高齢化、現在、平均年齢がもう八十六歳も超えておりまして、高齢化が進んでおります。被爆の実相を次世代に引き継いでいくことは重要な課題であるというふうに考えております。
このため、広島市、そして長崎市におきましては、被爆の実相に係る情報の発信拠点であります広島、長崎原爆資料館の展示改修を行い、子供向け展示の充実、あるいはデジタル技術を活用した展示の導入など、発信機能の強化を行うこととしており、政府としても、こうした取組を支援するため、令和八年度予算において、必要な予…
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- (上の発言)
85鍋鍋島勢理(国民)
御説明をありがとうございました。
必要な予算を計上していただいているということで、地元自治体では今、様々な議論を進めておりますので、是非とも、国としても引き続き必要な支援をしていただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。ありがとうございます。
今お話がございましたように、実際に被爆された方、あるいは戦争を経験された方は非常に高齢化をしているということで。
私の曽祖父も、当時、広島に幼い子供三人を含む家族を残して日本を旅立ちました。当時二十九歳でしたけれども、メレヨン島で戦死をいたしました。食料の配給もままならない中での餓死でございました。その結果、曽祖母は三人の小さな子供を一人で育てなければいけない、それはもう大変な環境で、本当に今では想像できないような辛苦をして生活をしておりました。戦争は、残された家族の生活をも大きく変えてしまうことでございます。そして、その三人兄弟の長女として育った私の祖母、今、八十八歳になっておりますけれども、当時は小学二年生でありましたが、小学校の校庭で朝の朝礼をしていたときに、広島市内の方向が突然明るくなった、そこを見ていると、高く空に伸びていくキノコ雲を見たというふうに教えてくれております。
そういった意味でも、そういった話を私は子供の頃から祖母から教えてもらっていたんですけれども、そのように、広島の子供たちは平和学習の一環で、実際に被爆した方々のお話を学校で聞く機会がございます。そして、被爆者の皆様の被爆体験を聞くことで、原爆投下はもう二度と繰り返してはいけないことであるというふうに学びます。
恐らく、今日この委員会室にいらっしゃる皆様のお父様やお母様、またおじい様やおばあ様も戦争を経験され、大変な思いをしてこられておられると思います。実際にこの戦争を直接経験された方々の平均年齢は九十歳から百歳に達しており、戦時中に小学校の低学年だった世代が戦争の記憶を持つ最後の世代であるというふうに聞いております。そういった経験を語って教えてくださる方々の記憶を私たちが直接聞くことができるのも今しかありませんし、次世代につないでいかなければいけないと考えております。
今、広島県内は、各自治体が平和に向けた取組を様々進めております。私の地元の東広島市では、今、外国人市民の方が日本人の割合の中でも五・一二%を占めるという意味では、かなり海外の市民の方の割合が高い、こういった町ではありますけれども、昨年、この東広島市議会で、被爆体験の証言の記録、そして平和関連の資料について、海外の方もその内容を簡単に理解することができるように、平和の担い手として国内外へ情報発信をしていただけるような環境を整備することを含めた決議案を昨年の六月に決議をいたしました。
こういった、日本人の方だけではなくて、海外の方も平和の担い手として認識をして、一緒に発信をしていく、そういった取組をしている自治体があるわけなんですけれども、政府として、日本政府として発信することはもちろんなんですけれども、国内で暮らしておられる海外の方、外国人市民の方から国内外へ発信していただくこと、これも同じかそれ以上に意義があることであるというふうに考えておりますが、そちらについての認識を伺います。
86
茂木敏充(自民)外務大臣
政府として、被爆者の方々や被爆地自治体と協働しながら、被爆の実相の正確な理解を世代と国境を越えて促進をしてまいりました。
特に、昨年は被爆八十年に当たりまして、また関西・大阪万博の機会でありましたので、外務省から各国に広島、長崎への訪問を改めて呼びかけました。実際に、各国の首脳、閣僚を含みます多くの海外の方々が被爆地を訪問し、被爆の実相に触れていただきました。
同様に、国内で暮らす外国人市民の皆さんに被爆地を訪問していただいて、資料館の展示や被爆者の証言に直接触れる機会を持ち、そこで得た感想等を国内外に発信していただくことも、被爆の実相の普及という観…
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87鍋鍋島勢理(国民)
ありがとうございます。
今後も自治体としっかり力を合わせて、政府としても取り組んでいただきたいというふうに思っております。また、スペインの例も教えていただきまして、ありがとうございます。
続いて、最後の質問に移ります。
少しテーマが変わりますけれども、広島県の呉市の日本製鉄株式会社瀬戸内製鉄所の、呉の跡地におきまして、現在、防衛省による大規模な複合防衛拠点の整備計画が進められております。
呉市は、歴史的にも、海軍、そして海上自衛隊とともに歩んできた町でございまして、特に今回の計画には、艦艇の補給整備機能のみならず、高度な情報通信施設や研究開発機能…
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吉田真次(自民)防衛大臣政務官・内閣府大臣政務官
お答えを申し上げます。
日本製鉄呉地区の跡地における多機能な複合防衛拠点につきましては、装備品の維持整備、製造、訓練、補給等を一体的に機能させ、部隊運用の持続性を高めるために整備をするものであります。
この拠点においては、民間の誘致を含む装備品などの維持整備、製造基盤、防災拠点及び部隊の活動基盤、岸壁などを活用した港湾機能、この三つの機能を整備する考えであります。呉地区において多機能な複合防衛拠点を整備することは、防衛力整備計画等に基づく防衛力の抜本的強化を具体化する取組でありまして、安全保障上重要な意義を有するものであると認識をしております。
こ…
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