鍋島勢理 (国民民主党)

2026年4月15日・第221回国会 衆議院 外務委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 85 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 119 発言)

御説明をありがとうございました。

必要な予算を計上していただいているということで、地元自治体では今、様々な議論を進めておりますので、是非とも、国としても引き続き必要な支援をしていただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

今お話がございましたように、実際に被爆された方、あるいは戦争を経験された方は非常に高齢化をしているということで。

私の曽祖父も、当時、広島に幼い子供三人を含む家族を残して日本を旅立ちました。当時二十九歳でしたけれども、メレヨン島で戦死をいたしました。食料の配給もままならない中での餓死でございました。その結果、曽祖母は三人の小さな子供を一人で育てなければいけない、それはもう大変な環境で、本当に今では想像できないような辛苦をして生活をしておりました。戦争は、残された家族の生活をも大きく変えてしまうことでございます。そして、その三人兄弟の長女として育った私の祖母、今、八十八歳になっておりますけれども、当時は小学二年生でありましたが、小学校の校庭で朝の朝礼をしていたときに、広島市内の方向が突然明るくなった、そこを見ていると、高く空に伸びていくキノコ雲を見たというふうに教えてくれております。

そういった意味でも、そういった話を私は子供の頃から祖母から教えてもらっていたんですけれども、そのように、広島の子供たちは平和学習の一環で、実際に被爆した方々のお話を学校で聞く機会がございます。そして、被爆者の皆様の被爆体験を聞くことで、原爆投下はもう二度と繰り返してはいけないことであるというふうに学びます。

恐らく、今日この委員会室にいらっしゃる皆様のお父様やお母様、またおじい様やおばあ様も戦争を経験され、大変な思いをしてこられておられると思います。実際にこの戦争を直接経験された方々の平均年齢は九十歳から百歳に達しており、戦時中に小学校の低学年だった世代が戦争の記憶を持つ最後の世代であるというふうに聞いております。そういった経験を語って教えてくださる方々の記憶を私たちが直接聞くことができるのも今しかありませんし、次世代につないでいかなければいけないと考えております。

今、広島県内は、各自治体が平和に向けた取組を様々進めております。私の地元の東広島市では、今、外国人市民の方が日本人の割合の中でも五・一二%を占めるという意味では、かなり海外の市民の方の割合が高い、こういった町ではありますけれども、昨年、この東広島市議会で、被爆体験の証言の記録、そして平和関連の資料について、海外の方もその内容を簡単に理解することができるように、平和の担い手として国内外へ情報発信をしていただけるような環境を整備することを含めた決議案を昨年の六月に決議をいたしました。

こういった、日本人の方だけではなくて、海外の方も平和の担い手として認識をして、一緒に発信をしていく、そういった取組をしている自治体があるわけなんですけれども、政府として、日本政府として発信することはもちろんなんですけれども、国内で暮らしておられる海外の方、外国人市民の方から国内外へ発信していただくこと、これも同じかそれ以上に意義があることであるというふうに考えておりますが、そちらについての認識を伺います。

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