お答えいたします。
戦後の連合国による占領期は、日本の政治、社会にとって重要な転換点に当たるということから、NHKでは、憲法ですとか教育制度ですとか、そういった様々なテーマにつきまして、例えば「映像の世紀バタフライエフェクト」ですとか「NHKスペシャル」といった定時番組や特集番組の中でこの時期の動きを取り上げてきております。
2025年12月2日・第219回国会 参議院 総務委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 159 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 219 発言)
お答えいたします。
戦後の連合国による占領期は、日本の政治、社会にとって重要な転換点に当たるということから、NHKでは、憲法ですとか教育制度ですとか、そういった様々なテーマにつきまして、例えば「映像の世紀バタフライエフェクト」ですとか「NHKスペシャル」といった定時番組や特集番組の中でこの時期の動きを取り上げてきております。
参政党の松田学でございます。 私から、今我が党の初鹿野委員から、公共放送としての公共的な役割ということと関連しまして、歴史の問題について少し幾つかの御質問をしてみたいと思います。 まず、NHKは、広告収入を財源とする営利として営まれる民放でもありませんし、あるいは国から予算を得ている国営放送とも異なる、受信料で賄われている公共放送としての認識について伺おうと思ったんですが、もう既にこの委員会、本日のですね、健全な民主主義の発展であるとか、あるいは国民生活を豊かにする、今も御答弁で、幅広い層の関心に応えるバランスの取れた内容というふうに御答弁いただいて…
NHKは、公共放送として日本の歴史を視聴者・国民の皆様に広くお伝えするということは大変大事なことだ、重要なことだというふうに認識してございまして、ドキュメンタリーやドラマ、あるいは教養・教育番組など様々な番組を制作して放送してございます。
NHKは、全ての番組において、放送法や番組基準、放送ガイドラインにのっとりまして、公平公正、不偏不党、自主自律の立場を堅持しつつ放送に当たっており、こうした基本姿勢は今後も変わらずやってまいりたいというふうに思っております。
ここからは、かつて終戦直後のGHQの占領下のことに少し絞ってお話を進めていきたいと思いますが、GHQの占領下においては、戦前戦中の日本よりもはるかに厳しい検閲というものが、検閲を伴った徹底的な言論統制が実施されていたということなんですね。例えば七千冊を優に超える本が禁書に指定されたりと。そこには歴史の真実が書かれているにもかかわらず、歴史的事実の重要な部分が多くの人々の目に触れることなく長らく葬り去られてきたということにもなったと言われております。 NHKがこれまで制作、放映してきた番組の中に終戦直後のこうしたGHQの統治に焦点を当てた番組はあるんでし…
お答えいたします。
戦後の連合国による占領期は、日本の政治、社会にとって重要な転換点に当たるということから、NHKでは、憲法ですとか教育制度ですとか、そういった様々なテーマにつきまして、例えば「映像の世紀バタフライエフェクト」ですとか「NHKスペシャル」といった定時番組や特集番組の中でこの時期の動きを取り上げてきております。
終戦直後のNHKの、統治下におきまして、終戦した年の一九四五年十二月九日の日曜日の夜八時からのゴールデンアワーに、NHKのラジオで、太平洋戦争史と劇仕立てにした毎週一回の三十分番組、「真相はこうだ」というのが放送されて、夜だけでなくて昼間でも再放送もなされていたと、繰り返し放送されていたという話があります。 このラジオ放送とは、当時、NHKがGHQの指令に従ってなされたもので、日本軍がいかに残虐だったかなど、その後の日本国民のいわゆる過度な自虐史観というか、その形成にもつながるような内容だったんではないかということで、本年一月に、日本の真の独立を目指す…
御紹介いただきました団体からは、今年一月以降、複数回書簡をいただきました。これに対して、私、会長名で四月に回答をお送りしてございます。 この中で、敗戦後のGHQによる占領期という現在とは大きく異なる特殊な政治体制下において、当時の日本の報道機関やメディアがGHQからどのような統制を受けていたのかという点につきましては、歴史的な問題として専門家による検証が進むこと自体、私は大変意義のあることだというふうに認識しているというふうにお答えいたしました。ただ、その一方で、そうした過去の特殊な政治体制下における経緯をもって、現在のNHKにざんげが必要であるとの御…
今年は戦後八十年に当たる年でありますが、昨今、いろいろな歴史研究の進展によりまして、この近現代史についても様々な新たな知見が得られているところであります。 例えば、これは大分我々が聞かされてきた通説と違うことも明らかになっているんですが、開戦直前の一九四一年、この年には、日本の近衛文麿政権が、日米戦争を何とか回避したいということで、当時のルーズベルト政権と何十回も会談して涙ぐましい努力を続けたという事実も判明しています。しかし、相手にされなかったと、ルーズベルト政権からですね。また、ルーズベルト政権が、日本の資産の凍結とか対日石油輸出の全面的な禁止、そ…