庭田幸恵 (国民民主党)

2025年11月20日・第219回国会 参議院 厚生労働委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 114 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 296 発言)

ちょっと御答弁が明快ではなかったというふうに私は感じたんですけれども、是非、これだけ最低賃金が上がっているわけですから、私たち国民民主党が訴えております年収の壁、前政権にはなりますけれども、自民党、公明党さん、そして私たち国民民主党で約束をしたこの合意、守っていただきたいと強く強くお訴えしたいと思っております。

いろいろお話をしてまいりましたけれども、働くことは生きることそのものだと私は思っています。

富山には、テレビ局を辞めて、漁師さん、シロエビ漁師、今はカニを捕っていらっしゃる時期だと思うんですけれども、漁師とフリーアナウンサー、二刀流で生きていく道を選んだ青年がいます。彼にとっては、この働くということはもう挑戦そのもの、その挑戦の先には幸せがある、そんな生き方を自ら選んでいらっしゃいます。

また、一方で、私の父は四十九歳で脳内出血に倒れ、体に障害を抱えながらも、がんで亡くなるまで掃除夫として、本当に数年前まで、亡くなる数年前まで足を引きずりながら仕事に行っていました。ほとんど誰にも気付かれないようなお仕事ではございましたが、今思えば、父にとっては、それは生きているあかし、尊厳だった、そんなふうに私は娘として感じております。

政治が本来光を当てるべきなのは、労働時間の数字の管理というようなものではなく、一人一人の人生のリズム、これに寄り添う働き方改革ではないでしょうか。

私自身も、学生時代は生活のために、家が裕福ではなかったので、アルバイトをしました。そして、学生時代を過ぎてバブルの時代に社会に出ましたので、正社員という本当に福利厚生の整った会社でCAを行いました。そして、結婚、出産、そして育児をしながら、契約制のアナウンサー、一年ごとの契約で十年近く地元のテレビ局で働いてまいりました。そして、その後、今度は再雇用のCAプラスフリーアナウンサーというダブルジョブを経験しています。そして、二十年前に、いろんな思いがあって自分で起業したという経験があります。人生のライフステージに合わせて様々な働き方をしてまいりました。

こういった、時間管理ではなくて、人の人生というのは直線ではないと思います。ジェットコースターのように私も生きてまいりましたけれども、やっぱり斜めに登ったり、ちょっと休憩をしたり、いろんな生き方を多くの女性、男性がされていると思うんです。

こういったところに、今のこの労働基準法、これ戦後間もなく作られたものだと思うんですけれども、例えば、最近ではテレワークが増えました。そして、ダブルジョブ、ギグワーカーと言われる人たち、スポットワークをされている方々、また、お仕事を終えて定年が過ぎてもまだ働くという方々も多くいらっしゃいます。この今の令和の働き方がこの労働基準法に合っているのかどうか、ここを、私はこの議員活動を通して皆さんとともに議論をしていきたいと思っております。

これからも、本当に、富山県から送っていただいた皆様の地方の声、現場の声、命の叫びを届ける、そんな活動をしていくことをお誓い申し上げまして、私からの質問とさせていただきたいと思います。

ありがとうございました。

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