静岡県中東遠地域出身の小山展弘です。
まずは、鈴木憲和大臣、大臣御就任おめでとうございます。
最初に、ちょっと質問というか、感想のようなことをお尋ねしたいと思っているんですが、その前に、今、神谷裕議員からの質疑のやり取りの中で、ちょっと私は違和感を感じたことがあるんですね。それは、大臣が所得補償制度のところで、農家の方々が作ったものを高く評価されて、それで売れて、自分たちの所得が得られる、これが理想だ、所得補償というのはそれと違うんじゃないかというお話だったんですけれども、私も、そこ自体は決して発言が間違っているとは思わないんですね。
でも、だとすれば、江藤大臣の備蓄米放出はともかく、小泉大臣のときの備蓄米放出の際には、あたかも価格が高いかのような、あるいはそれを下げようとするかのような政府のメッセージ、少なくとも多くの農家の方々がそう受け取るようなメッセージがあったと思うんです。価格を市場に任せたというのであれば、私は、そこに価格を安くさせようみたいな意図が少なくとも感じられるような政策を行うべきじゃなかったんじゃないかと思うんですね。だけれども、一方で、消費者の方々は非常にこの価格高騰に困っておられた。
ここで、私は例えでお話ししたいんですけれども、例えば、人気の車種の車があります、注文すると一年待ちだそうです、だけれども、だからといって、政府が、経産省が、もっと増産をせよ、需要に見合っていないなんということはやりませんよね。スーパーの棚に米が一年間ないのと僕は一緒だと思うんです、ある意味。あるいは、かつて軽自動車は四十万円でした。今、二百万円ぐらいします。五倍ぐらいに上がったけれども、とても多くの国民の手に届かない、だから、政府が保有している軽自動車を例えば中古車市場に放出して、中古車の値段を下げろということもしないですよね。だけれども、お米や食料品の場合にはそれがあったわけですね。
なぜかといえば、やはり製造業の製品と食料というのは違うんだ。だから、消費者にとっても、余りに手が届かない高い値段では困る。だけれども、生産者にとっては、再生産可能な価格でなければいけない。そして、できればそれが評価されて、価格は市場に任せたんだったら、やはりそこは市場に任せ切ってほしい。だから、せっかく値が高くなったのに、高いときにはたたくのか、安いときには何もしてくれなかったじゃないか、こういうような農家の方々の大変な失望感というものを与えてしまったんじゃないかと思うんです。
でも、私は、消費者の方々が求める価格と再生産可能な価格がどうしてもギャップが生じる、だからこそ、そのギャップを埋めるのが所得補償制度じゃないかと思います。白井聡さんという社会学者、政治学者、私の大学の後輩なんですけれども、彼も、所得補償制度というのは農政だけのことではなくて、国民全体にとっての、ある意味、格差是正策、そういうような視点も持ってやっていくべきではないか、こういうようなコメントもあって、ちょっと私も先ほどの大臣のお話に、決して間違ったことをおっしゃったというふうには思っていないんですけれども、一言申し上げさせていただきました。
その上で、私の地元に、遠江国一宮に小國神社という神社様があります。先々週、この小國神社の宮司である打田文博さんが、祈りと実りの食文化と題した御講演をされて、私も拝聴いたしました。打田さんは、神道政治連盟の会長もなさっておられて、多分、私たちよりも自民党の皆様方に、なじみが深い先生も多いんじゃないかなと思います。
打田さんは、こういうことをおっしゃっていたんです。お米並びに稲作は、日本人の主食であるばかりでなく、神事、芸能の基であり、また、農作業はコミュニティーの場であり、日本文化と切っても切れない関係にある、中山間地域の日本の食料生産を維持していくためにも、大規模農家だけではなく、中小規模の農家の存在が必要であり、そのためにも所得補償制度を検討すべきだ、お米を食べることは文化を食することとの視点が必要であると大変示唆に富んだお話をなさっておられました。
私は、この文化を食するという観点が先ほどの大臣のお話にも、ある意味符合するところで、お米の価値というものに付加されて、価格への消費者の理解が深まることも私は一つのきっかけになってもらいたいと思います。
そういう打田宮司さんから、大臣並びに今日この場にいらっしゃる、あるいは全ての国会議員の皆様方にお話をしてほしいということがございました。それは、お米を食べるということは文化を食するという観点から、また多くの感謝の意を込める観点から、国会審議の場では米と言わずにお米と発言してほしい、そういうお話でございました。
私も、時々お米と言わないときもあったかなとも思って、振り返っておりますけれども、大臣、お米と言うことで議論をしていくこと、審議をしていくことについて、一言、御感想や思いがあれば、いただきたいと思います。
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鈴木憲和(自民)農林水産大臣
なかなか江藤大臣がいる前で御評価も難しいのでありますけれども、まず、御評価というか、令和六年産につきましては、需要量に見合う供給量を確保するため、流通段階での民間在庫の取崩しが通常以上に行われ、市場に不足感が生じていたという状況でありました。これは、完全に我々農林水産省の需要の見通しが誤ったことによって生じさせてしまったことでありますので、そこは大変反省をしております。
そうした中で、江藤大臣の下で、入札により三十一万トンの備蓄米の売渡しを行い、需給の改善を図ってきたところ、小売、中食、外食事業者までの流通が約一割にとどまっていた状況を受けて、小泉大臣…
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神谷裕(立憲)
ありがとうございます。
もう時間も来てしまいましたけれども、備蓄の本来の在り方というのは、三条の定義にあるように、量のところだけであって、価格の中で出していくというのはやはり邪道だと思います。あるいは、邪道であったとしてもそれが必要なのだとするならば、法改正が必要だと思います。今の状況はやはりおかしいと私どもは思います。
ですので、備蓄の在り方そのものについても、法律を立てていくなり、あるいは、どうしていくのかしっかり検討する必要があると思いますし、更に言えば、食糧法は改正していく必要があるのではないかということを申し述べさせていただいて、私の質疑と…
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藤井比早之(自民)
次に、小山展弘君。
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- (上の発言)
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小山展弘(立憲)
静岡県中東遠地域出身の小山展弘です。
まずは、鈴木憲和大臣、大臣御就任おめでとうございます。
最初に、ちょっと質問というか、感想のようなことをお尋ねしたいと思っているんですが、その前に、今、神谷裕議員からの質疑のやり取りの中で、ちょっと私は違和感を感じたことがあるんですね。それは、大臣が所得補償制度のところで、農家の方々が作ったものを高く評価されて、それで売れて、自分たちの所得が得られる、これが理想だ、所得補償というのはそれと違うんじゃないかというお話だったんですけれども、私も、そこ自体は決して発言が間違っているとは思わないんですね。
でも、だとすれば、江藤大臣の備蓄米放出はともかく、小泉大臣のときの備蓄米放出の際には、あたかも価格が高いかのような、あるいはそれを下げようとするかのような政府のメッセージ、少なくとも多くの農家の方々がそう受け取るようなメッセージがあったと思うんです。価格を市場に任せたというのであれば、私は、そこに価格を安くさせようみたいな意図が少なくとも感じられるような政策を行うべきじゃなかったんじゃないかと思うんですね。だけれども、一方で、消費者の方々は非常にこの価格高騰に困っておられた。
ここで、私は例えでお話ししたいんですけれども、例えば、人気の車種の車があります、注文すると一年待ちだそうです、だけれども、だからといって、政府が、経産省が、もっと増産をせよ、需要に見合っていないなんということはやりませんよね。スーパーの棚に米が一年間ないのと僕は一緒だと思うんです、ある意味。あるいは、かつて軽自動車は四十万円でした。今、二百万円ぐらいします。五倍ぐらいに上がったけれども、とても多くの国民の手に届かない、だから、政府が保有している軽自動車を例えば中古車市場に放出して、中古車の値段を下げろということもしないですよね。だけれども、お米や食料品の場合にはそれがあったわけですね。
なぜかといえば、やはり製造業の製品と食料というのは違うんだ。だから、消費者にとっても、余りに手が届かない高い値段では困る。だけれども、生産者にとっては、再生産可能な価格でなければいけない。そして、できればそれが評価されて、価格は市場に任せたんだったら、やはりそこは市場に任せ切ってほしい。だから、せっかく値が高くなったのに、高いときにはたたくのか、安いときには何もしてくれなかったじゃないか、こういうような農家の方々の大変な失望感というものを与えてしまったんじゃないかと思うんです。
でも、私は、消費者の方々が求める価格と再生産可能な価格がどうしてもギャップが生じる、だからこそ、そのギャップを埋めるのが所得補償制度じゃないかと思います。白井聡さんという社会学者、政治学者、私の大学の後輩なんですけれども、彼も、所得補償制度というのは農政だけのことではなくて、国民全体にとっての、ある意味、格差是正策、そういうような視点も持ってやっていくべきではないか、こういうようなコメントもあって、ちょっと私も先ほどの大臣のお話に、決して間違ったことをおっしゃったというふうには思っていないんですけれども、一言申し上げさせていただきました。
その上で、私の地元に、遠江国一宮に小國神社という神社様があります。先々週、この小國神社の宮司である打田文博さんが、祈りと実りの食文化と題した御講演をされて、私も拝聴いたしました。打田さんは、神道政治連盟の会長もなさっておられて、多分、私たちよりも自民党の皆様方に、なじみが深い先生も多いんじゃないかなと思います。
打田さんは、こういうことをおっしゃっていたんです。お米並びに稲作は、日本人の主食であるばかりでなく、神事、芸能の基であり、また、農作業はコミュニティーの場であり、日本文化と切っても切れない関係にある、中山間地域の日本の食料生産を維持していくためにも、大規模農家だけではなく、中小規模の農家の存在が必要であり、そのためにも所得補償制度を検討すべきだ、お米を食べることは文化を食することとの視点が必要であると大変示唆に富んだお話をなさっておられました。
私は、この文化を食するという観点が先ほどの大臣のお話にも、ある意味符合するところで、お米の価値というものに付加されて、価格への消費者の理解が深まることも私は一つのきっかけになってもらいたいと思います。
そういう打田宮司さんから、大臣並びに今日この場にいらっしゃる、あるいは全ての国会議員の皆様方にお話をしてほしいということがございました。それは、お米を食べるということは文化を食するという観点から、また多くの感謝の意を込める観点から、国会審議の場では米と言わずにお米と発言してほしい、そういうお話でございました。
私も、時々お米と言わないときもあったかなとも思って、振り返っておりますけれども、大臣、お米と言うことで議論をしていくこと、審議をしていくことについて、一言、御感想や思いがあれば、いただきたいと思います。
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鈴木憲和(自民)農林水産大臣
御質問ありがとうございます。また、大変大切な御指摘だというふうに思っております。
私も、二十三日、二十四日の朝方まで皇居で新嘗祭がありました。小山先生からこの御質問をいただいたので、新嘗祭に参列しながらこのことについて、お米の日本における大切な位置づけについてずっと思いをはせたところであります。
天皇陛下が新嘗祭というものを大事な行事として古来からなさっていることも考えますと、やはりお米というのは我が国の文化そのものだというふうに思っておりますので、単に主食である、食べ物であるというだけ以上の価値というのがあるんだと思っております。
ですから、私も…
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小山展弘(立憲)
是非、私もお米と発言していきたいと思います。
また、こういった文化を食するという観点から、本当に、繰り返しになりますが、消費者の皆様方にも是非お米の価格についての、今は確かに、神谷議員のお話にもありましたとおり、ちょっと価格が高止まっているとは思いますけれども、それでも、平成の初めの頃に比べても、物価上昇分も加えれば、その当時もそのぐらいの高い値段のときもありまして、やはり再生産可能な価格ぐらいの価格を御理解いただける一助になっていってほしいとも思っております。
ところで、報道によれば、中華人民共和国は日本産水産物の輸入手続を停止し、また、日本産牛肉…
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鈴木憲和(自民)農林水産大臣
お答えを申し上げます。
まず、ちょっと本件について事実関係だけ申し上げさせていただきます。
中国による輸入再開の発表後、第一便となる輸出が実施をされたということを受けまして、中国側とは技術的なやり取りを継続しているという状況です。その逐一を明らかにすることは差し控えますが、まず、日本産水産物の輸入を停止するという内容を中国政府から連絡を受けたという事実はございません。
一方で、二〇二三年の中国による水産物輸入の一時停止措置以降、本年六月に中国政府が水産物の輸入再開を正式に発表するまで、中国に対しては水産物を輸出できない状況が続いておりました。
こ…
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