当時の状況、どのような役所からの報告等があったのか、ちょっと私自身は今時点で把握はできていないんですけれども、少なくとも、当時の経産省の事務方、また様々な事業者とのその事務方を通じての接触の中で、事業の実施についてはできる限りの手段を、徹底した事業性の評価、再評価等を行うだったり地元理解等を得られるようにということで、我々としては、経産省としては、当然、働きかけをしていたというふうに思っております。
そういった上で、当時の状況の中での判断だと思っておりますので、私が、じゃ、同様の立場に立ってどうだったのかと言われても、ちょっとこの場ですぐに返答することもできないし、それが不適切だったと言うこともできないとは思っております。
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谷田川元(立憲)
私は、萩生田大臣が、当時の中西常務を呼んで、大丈夫だって聞いたから、じゃ分かったと。そう聞いたから、これは非常に重要な事実なんですよ。その事実をしっかり確認しろと言っているんですよ。約束してください、この場で。
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井野俊郎(自民)経済産業副大臣・内閣府副大臣
当然、いろいろな資料を省として確認した上で、省として大臣が決定したと思っておりますので、そういったものを、必要な確認があれば、当然、それは確認をさせていただきます。
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谷田川元(立憲)
非常に重要な点ですよ。
やはり、会社のトップが、当時は常務だったけれども、世間では、さっきも言ったように、三つ総取りしたことが功績と認められて社長になった人だとみんな思っているわけですよ。その当時の責任者と経産大臣が会っているわけだから、それも経産大臣の要求で。これは非常に重要な事実ですよ。それさえ担当者が把握できないということはおかしい。猛省を促したいと思います。
それで、私、四月四日にこの場で質問したんです。二月の上旬に、三菱商事が、再評価をする、ゼロベースで見直すと言い出したから、こんなことはあり得ないと。だって、三菱商事って、皆さん、数年前の…
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- (上の発言)
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井野俊郎(自民)経済産業副大臣・内閣府副大臣
当時の状況、どのような役所からの報告等があったのか、ちょっと私自身は今時点で把握はできていないんですけれども、少なくとも、当時の経産省の事務方、また様々な事業者とのその事務方を通じての接触の中で、事業の実施についてはできる限りの手段を、徹底した事業性の評価、再評価等を行うだったり地元理解等を得られるようにということで、我々としては、経産省としては、当然、働きかけをしていたというふうに思っております。
そういった上で、当時の状況の中での判断だと思っておりますので、私が、じゃ、同様の立場に立ってどうだったのかと言われても、ちょっとこの場ですぐに返答することもできないし、それが不適切だったと言うこともできないとは思っております。
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金子恭之(自民)国土交通大臣
谷田川先生の四月の議事録も見せていただきました。これまでも状況をしっかり把握して、両省に対して御指導いただいたことも存じ上げております。
私が大臣だった場合の質問については、多分お叱りをいただくと思いますけれども、仮定の話となるためお答えは差し控えたいと思いますが、国土交通省においては、大臣の指示を受けた上で、事務方の責任者であり、それまでの選定経緯を最もよく把握している港湾局長が自ら、三菱商事から状況について説明を受けるとともに、事業の完遂に向けた努力を求めたほか、地域に寄り添った対応を求めていたと報告を受けているところでございます。
加えて、当時…
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谷田川元(立憲)
私は、お二人に、政治家として答弁してくれと言ったんですよ。駄目です、それじゃ。申し訳ないけれども、最近使われなくなってしまったけれども、昔よく伴食大臣といったんですよ。御存じですか。権限がなくて、役人の操り人形になっているような人のことって伴食大臣というんですよ。いや、残念ながら。
まあ、もちろん、役所の人間は優秀な方が多い。その人たちの顔を立てないといけない。だから、余り大臣が先行してやるのはいけないと言うけれども、この洋上風力発電の第一ラウンドは国家の命運が懸かっているプロジェクトなんですよ。その意識を持たないと駄目なんですよ。そこで、やはり政治家…
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金子恭之(自民)国土交通大臣
その当時は大臣という立場になくて、その切迫した状況とか、また交渉の経緯とか、そういったことが私の今の時点では分かりません。その当時、そういう状況を踏まえて判断をすべきこともあったのかもしれません。
しかし、今となって、このことについていろいろ言うことはできませんので、これから、このような重大な国家的な事業において、やはり大臣がリーダーシップを取らなければいけないということは、私自身も、今、谷田川委員とのお話を聞きながら、政治家としての判断というのも必要であるということを自覚をしたところでございます。
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