藤井克徳特定非営利活動法人日本障害者協議会代表

2025年2月19日・第217回国会 参議院 国民生活・経済及び地方に関する調査会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 68 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 104 発言)

この優生思想というのは、これもなかなか容易じゃないテーマで、よく言われているように、私たち個人個人の中にも内なる差別とか、内なる優生思想というのはよく言われることでもあって、非常にこれは深い深い問題であると。

ただ、私は一つ言いたいことは、例えばあの高い精神科病院を見て、あるいは、今少し減りましたけれども、鉄格子を見て、誰がまともな障害者観を抱くでしょう。あるいは、学校教育でずっと分離されたままということで、誰がまともな障害児観を抱くのか。

先ほども言いましたけれども、やはり、人間の意識というのは、目に見える部分から始まってきているものは少なくないと思います。そうすると、優生思想という問題は、それだけをいじるんじゃなくて、置かれている環境を変えていこうと、そこにどれくらい知恵とお金を使えるかということ。このことは、いずれ誰もが住みやすい社会だという国民的な合意や共感。

ですから、私は、単純にこの法律を作って、そしてどうこうというのはいかぬだろうと。ただ、それにしてもですね、それにしてもやはり法の規範というのは威力が大きいです。そうすると、今の障害者差別法だけではカバーできません。もう少し全省庁にまたがるような、あるいは社会全体にまたがるような、そういう、優生思想や、あるいは優生思想までいかないけれども、優生思考だとか差別、偏見ということを払拭するような、そういう基本法、理念法というのは是非国会でも検討に入っていただきたい。と同時に、補償法を作っていただきました。私たちは、補償につながって何ぼというものだと思うんです。作ったことをもってゴールにしちゃいけない。是非、この点も一緒に考えてもらえればというふうに思います。

以上です。

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