菅原茂気仙沼市長

2025年3月13日・第217回国会 参議院 予算委員会公聴会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 131 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 231 発言)

気仙沼の人は遠洋漁業を主体とする産業が基軸でこの町をつくってきていますので、進取の気性があるとか外に顔が向いているとかよく言われますが、それは私は判断ができません、そこに生まれて育っているので。

しかしながら、起こったことがあります。それは、東日本大震災でもう全国からNGOだNPOだ、いろんな人が来ました。最初はNGOの人っていろんなことをやってくれるんですけど、疑っていたんですよ、市民は。何でこの人、今まで、ふだん何して暮らしている人なの、何でこんなに仕事できるの、いつまでいてくれるの。しかしながら、実は彼らはちゃんとボードがある仕組みの中で、国際的にも活躍している立派な人たちだったんですよ。

その人たちと触れ合うことが何年間も続いた中で、外の人と交流をすることをすごく楽しく、我々は物すごいいろんなものを失いましたが、一方でそういう縁のようなものは大事なものとしていただいたと思っています。宝だったんですね。そういう人との交流、外からの人たちを受け入れて一緒に仕事をしていくということに東日本大震災の被災地はどこも気付いて、そのことを活用させていただいているというのが今の状況じゃないかなと思います。

前後のやりとり

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