コロナ禍のときも思ったことですが、それぞれ多くの関係者がおられて、それぞれの御主張がございます。それが、お互いにそれを知っているかというと、それは決して十分ではないと思っております。ですので、それを国民会議というかどうかは別として、お互い自分のことしか見えていないというところを変えていかないと全体を語ることはできないと私は今回痛感をいたしておるところでございます。
引き続きの御教導を賜りますよう、お願い申し上げます。
2025年3月28日・第217回国会 参議院 予算委員会 第14号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 305 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 577 発言)
コロナ禍のときも思ったことですが、それぞれ多くの関係者がおられて、それぞれの御主張がございます。それが、お互いにそれを知っているかというと、それは決して十分ではないと思っております。ですので、それを国民会議というかどうかは別として、お互い自分のことしか見えていないというところを変えていかないと全体を語ることはできないと私は今回痛感をいたしておるところでございます。
引き続きの御教導を賜りますよう、お願い申し上げます。
将来世代の政策選択の幅を狭める権利は、今の我々にはございません。それは我が党の綱領にも明記をしてあることでございまして、その点はよく肝に銘じてやってまいりたいと考えております。
社会資本ストックを形成する建設公債は受益と負担の関係から後世代の負担について説明可能でございますが、特例公債に係る負担を後世代にどのように説明するのでしょうか。私は、我が国の生産性向上と国土強靱化に不可欠な道路、河川、港湾、鉄道、土地改良、森林、治山、水産基盤などの良質な社会資本ストックの形成に不可欠な予算をちゅうちょなく建設公債で賄い、後世代につないでいくべきと考えております。 さて、三月十三日の公聴会におきまして、公述人の首藤若菜立教大学教授は、国民会議のようなものを例えばつくって、社会保障全体を論じていくような場が重要になってくる旨を述べられまし…
社会保障制度改革につきましては、給付と負担の在り方に関わるものでございまして、国民生活に広範な影響を与え得るものでありますから、国民的な議論を喚起していくことは大変重要だと、御指摘のとおりでございます。 これまでも、社会保障制度改革の検討に当たりましては、例えば社会保障と税の一体改革の検討に当たって、平成二十四年の与野党三党合意に基づきまして、政府において有識者から構成される社会保障制度改革国民会議を設置し、幅広い議論を行ってきたりしてきていただいております。 現在も、この社会保障制度について国民の皆様に御理解をいただきながら議論を深めていくため、全…
コロナ禍のときも思ったことですが、それぞれ多くの関係者がおられて、それぞれの御主張がございます。それが、お互いにそれを知っているかというと、それは決して十分ではないと思っております。ですので、それを国民会議というかどうかは別として、お互い自分のことしか見えていないというところを変えていかないと全体を語ることはできないと私は今回痛感をいたしておるところでございます。
引き続きの御教導を賜りますよう、お願い申し上げます。
終わりたいと思います。ありがとうございました。
以上で進藤金日子君の質疑は終了いたしました。(拍手)
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次に、小沼巧君の質疑を行います。小沼巧君。